1 貴女は突然すぎる
まだ幼稚園に上がって間もない頃、私はその謎の物体Xを見つけた。
赤と紫の混じりあった親指程度の大きさのそれは、内側から滲み出すように光を発しながら宙に浮かんでいた。いまなら神秘的な雰囲気だったとかああだこうだ言えるけれど、あの時の私はただ綺麗だなーとしか思えなかった。人生経験が乏しいから、宙に浮いていることにもさほど疑問を覚えず受け入れた。
つるつるの脳みそで自分の立ち会っている現象と似ているものを検索すると、幼稚園児のお友達、絵本で得た知識が該当した。詳しくは覚えていないけれど、あれは確か魔法の飴玉が出てきたシーンだったと思う。同じように浮いてたし光ってた。
だから私は、なるほどこれは魔法の飴玉なんだなと納得した。
だから私は、絵本の中の女の子のようにそれをつまみあげ、眼前まで持ってくると――
「た、た……食べちゃったんですか?」
コクンと頷くと、金髪に緑の目の私と同じくらいの歳の少年は信じられないといった表情を浮かべて私を凝視する。いくら見たって意味ないよー。あれはとっくに私のお腹の中。それも食べたのは十年も昔の話なんだから、消化されちゃって栄養になっちゃって跡形もないんじゃないの?
「そんなあ……」
少年は今度は目にいっぱい涙をためてメソメソと泣き始めた。くるくる巻き毛に睫毛バッサバサで、そこらの女の子なんか目じゃないくらい可愛いから、泣かれると大変困る。まるで私が悪者みたいだ。
「で、さ。わかったならさっさと出て行ってくれない? いい加減警察呼ぶわよ」
そう言うと、少年は顔を上げて「警察?」 とかわいらしく首を傾げた。本当に可愛いな。絵本に出てくる天使にそっくりだ。惜しいのは育ちすぎてるってとこかな。私より頭一つ分大きいもの。まあ例え私よりちっちゃかろうが駄目なものは駄目だ。泥棒は。……泥棒にしちゃあやけに目立つ格好をしているけど。
ここは私の部屋。ファミリー用分譲マンションの最上階の一室。昔住んでいた賃貸で泥棒にはいられたこともあって、その教訓を生かして今時らしいセキュリティのしっかりしたマンションを購入したそうな。ローンの返済のために、夫婦共働きでせっせと働いております。
そんなお父さんお母さんの努力を嘲笑うかのように、コイツは私の部屋に突如として現れた。
私がたまたま寝坊して家にいたからよかったものの、普通は誰もいない時間帯だ。
いやあ本当によかった私がいて。
あーよかったよかった。
「よかったよかったさあ警察に電話しよっと」
わざとらしく言いながら携帯電話を手に取るが、可愛いお顔にコスプレみたいな服装という泥棒に向かないにもほどがあるナリをした少年は、私の言動に慌てるどころか興味津々に私の持っている携帯を見つめている。
「これ、なにかわかる?」
「え? えっと……箱ですか?」
うん、こんな薄っぺらいものの中に何が入るっていうんだろうね。……うーん……まいったなあ。
状況を整理しよう。
まず、寝坊した私はゆっくり身支度を整えて朝食を済ませると鞄を取りに部屋に戻った。
するとそこには金髪の美少年コスプレイヤーが。
なんて派手な泥棒だと目を丸くしている私に気がついた少年は、「クリスタルはどこですか!?」 と詰め寄ってきた。しかしそのクリスタルというものがよくわからない。
もしかしたらコイツは泥棒に入る家を間違ってしまったのかもしれないと思った私は、クリスタルとは何ぞやと説明を求めた。
するとコイツは、
「僕たちの一族が代々守っている宝石なのですが、悪しき者がそれを求めて一族の里を襲ってきたんです。
僕は里から宝石を持ち出し、追っ手から必死に逃れたんですが、その時の攻防で宝石が砕け散ってしまい……気がついたらここにいました」
とトンだ厨二設定を披露してくれたのだ。もちろん厨二病患者になんか構ってら会話れない。丁重にお帰り願おうと思ったところ、コイツは聞いてもいないのにクリスタルの特徴をベラベラしゃべり出した。
するとまあなんということでしょう。それが、私の幼少時代に飴玉だと思って食べてしまった謎の物体Xの特徴とぴたりと合致するではありませんか。
いやはや不思議なこともあるものだとちょっと懐かしくなった私は、その思い出を語ってみた。すると少年は泣き出した。まるで私が悪者みたいじゃーんと思いつつまあとりあえずクリスタルなんてものはないのだと理解してくれたと思った私は、お帰りいただこうと携帯を見せつつ脅迫……もとい説得したのである。
しかし少年はまるで生まれて初めて携帯を見たんですーみたいな態度を取った。もう自分の作った設定にどっぷり浸かっちゃっているのね……。
警察を呼べば速やかに少年を引き取ってもらえるだろうけれど、何かが引っ掛かる。
さっきから何かが気になってしょうがないのだ。
もう一度じっくり少年を見つめる。
金色の巻き毛に長い睫毛に縁取られた緑色の目。
形のいい鼻にほのかに色付いた唇。
生成色のシャツはごわごわしていて私たちが普段着ているものより繊維が粗い。
その上から羽織っている丈の長い深緑色のベストは、100パーセント皮です! と見るからに主張している茶色の革紐を幾重にも腰に巻いて留められている。
革紐には粗布で作られた小袋がいくつかついていた。おそらくウエストポーチ的な役割を果たしているのだろう。背には短弓と矢筒を背負っている。ズボンは生成色のゆったりとしたもので、ロング丈の編み込みブーツを履いていた。
呆れるくらい完璧なRPB的エルフスタイルだ。そしてカーペットの上を土足だ。
ツッコミ所はいつくもあったけれど、私の目は少年の巻き毛に戻った。
――見つけた。
なにをかはわからない。けれど私は迷えず、抗えず、少年へと手を伸ばし。
「な、なんですか?」
何故か顔を赤らめてもじもじしている少年の頭を両手でガシッと掴んだ。
「わああっ!?」
ワシャワシャワシャーッと、巻き毛をおもいっきり掻き乱す。少年は必死で頭を持ち上げようとするが、上からグイグイ抑さえつけた。ほどなくして硬い感触に巡り会う。それを掴んで巻き毛の中から取り出した。ブチブチと何本か毛が抜けて少年が痛みのあまり情けない声をあげながらしゃがみ込む。最初からそうやってしゃがんでくれてたらよかったのに。理不尽な考えが頭をよぎる。
「あった」
そっと掌を開くと、ポウッと光が溢れる。
少年の巻き毛の中から見つけたそれは、小指程度の大きさだったけれども、確かに小さい頃見つけた謎の物体Xと同じものだった。
「ああーっ! クリスタル!」
つむじを押さえていた少年が私の手の平の上に浮いている謎の物体Xもといクリスタルに飛びつく。するとクリスタルはふわりと少年の手から逃れるように浮き上がり、ひゅんっと予想外の速さで飛び込んできた。
どこに? ――私の口の中に。
「ああーっ!?」
少年の絶叫むなしく、ゴクンと飲み下す。……うん、まあ、お約束だよね。
「吐いて! 吐いてくださいーっ!」
「ムリムリムリ、そんな器用なことできないって」
「そんなあ……」
『ORZ』の体勢でうなだれる少年。可哀相ではあるが、私だって今回は好きで食べたんじゃない。別に美味しくないし。ていうか味ないし。硬い感触が喉を通っていっただけだった。
なんとなく腹をさする。なんか、お腹ぽかぽかしてきた気がする。なぜ。
「おおっ?」
突然、視界が青白くなった。びっくりして後ろに下がろうとすると、「いけない!」 とかなんとか言って少年が羽交い締めにしてくる。ええーっ。下を見ると、複雑な模様が青白く浮かび上がっていた。
「魔法陣的な…」
「魔法陣ですよ!」
金髪碧眼に正しい日本語に修正されてしまった。そういえば日本語通じるよなぁなんてズレたことを考えながら、私はまばゆい光に耐え切れずにギュッと目をつむった。
そこからはなぜか、意識がフェードアウト。
「小説家になろう」の存在を知って数日、たまらなくなって書きだした初のオリジナルファンタジーの異世界トリップものです。
未熟者ですがよろしくおねがいいたします。