五綴目 『十一歳』
大手IT企業の神崎から直々に依頼を受けたその流れで、大崎恵実を雇用することになった青山浩一。あっという間に四ヶ月が経った。
二六八四年九月、温暖化の影響で、未だに夏が終わらない。先週台風が来て北の地域を荒らして行ったと思ってたら、また台風が来ていて、今度は南の地域を荒らしそう、と、そんなニュースが飛び交っている中、地域の話題みたいなコーナーでは、『お彼岸』に関する情報を取り扱っていた。「お彼岸で食べるのは『ぼたもち』それとも『おはぎ』?」みたいな問答をやっている。
「そう言えば所長、小豆が好物でいらっしゃいましたね?」
大崎は青山のコトを『所長』と呼ぶことに落ち着いた。暫くの間、普段は『青山さん』、来客中は『所長』と呼んでいたのだが、何でも『青山さん』と云うと将来の自分の名前を呼んでいるような気がして変な気分、だそうで。大崎の妄想も大したモノだ。
それはさておき、大崎の云う通り、青山は大の小豆好きだ。冬に疲労した時は『おしるこ』の甘さを身体に染み渡らせる感覚に浸る楽しみをよく知っている。そう云う大崎も、実は大の小豆好き。と云うコトで、丁度外出しようと思っていたところだったので、近所のスーパーに寄る序でに『おはぎ』を買うことにした。
「ちょっとスーパーに買い出しに行ってきます。」
と、大崎に行き先を告げる。大崎も答えてくれる。
「承知しました。お気を付けて。」
と、深くお辞儀をして送り出してくれた。
暫くして、青山がパンパンになったエコバッグを抱えて事務所に戻ってきた。
「ただいま~」
「…」
いつもなら「お帰りなさいませ。」と出迎えてくれる大崎の反応がない。姿が見えない。ヤカンがしきりに汽笛を鳴らしている。
「あれ、居ないの?出かけちゃった?」
と云いながらキョロキョロ確認すると、どこから来たのか、髪の長い可憐な少女が近寄ってきた。
青山は驚きながら話しかける。
「君、どこの子?勝手に他人ん家に入っちゃダメでしょ。」
少女は首を傾げていたが、急に驚いた表情で云った。
「お兄さん!あ、あのお兄さんだ!夢に出てきたお兄さんだ!感激ぃ!」
何やら少女は大喜びしている。青山のコトを夢で見た?何の話だ?
青山が首を傾げる。少女は興奮気味に続ける。
「迎えにきてくれたんだね。ありがとう!大好き!」
そう云って、いきなり青山に抱きついた。
「ちょ、何?待っ!」
と、慌てる青山。知らない可憐な少女からいきなり抱きつかれて悪い気はしないが、何だか悪いコトをしてる気分になる。
「いや、単なるお子ちゃまの挨拶だからな。勘違いするなよ、オレ。」
と自分に云い聞かせ、軽く反省したつもりになる。
一方で、自分を「おじさん」じゃなくて「お兄さん」と言ってくれるこの娘は絶対いい娘に違いない。なので、保護者が現れるまでちゃんと面倒見てようと思った。
「君、名前は?」
「めぐみです。」
「め、めぐみちゃん、自分家の電話番号とか覚えてる?」
すると、少し膨れた感じで、
「いきなり女の子に電話番号聞くのはマナー違反だよ!」
…怒られちゃった。。。
「でもお兄さんなら教えてあげちゃおうかな?と思ったけど、全然覚えてないんだ。ごめんなさい。」
…健気だ。可愛い。
…気を取り直して尋ねる。
「お父さん、お母さんは?」
「いないよ。」
青山の心中は、
「なんと!身寄りの無いお子様だったか。このまま引き取ってあげたいなぁ。」
と思いつつ、
「おっと、いかんいかん、ちゃんと保護者を見つけねば。」
と自制する。下手したら誘拐犯にでっち上げられてしまう、と懸念した。
気を取り直しつつ青山は、
「それにしても、いやーどうしたものか。どうやって保護者を見つければいいのか。神崎に相談しようかなぁ。いや、もう少し調べてみよう。それにしても、大崎さんは何処に行ったのかなぁ。」
と、ブツブツ呪文の様な独り言を繰り返す
◇ ◇ ◇
警察に通報しようかとも思ったが、公僕であるコトを棄て去った組織では、国民や法よりも『上司』のが優先される人達なので、少しでも機嫌を損ねると、下手すれば反社に売り飛ばされてしまう恐れもある。とりあえず地道にめぐみと『お話』をしてちゃんと調べていくしかない。
ひとまず、さっき買い足したマスカットジュースをめぐみに出して、自分の分はいつものお茶を出した。
「どこに住んでいるの?覚えてるかな?」
「う~ん、大っきな森の中にいたよ。いっぱい人がいて楽しいよ。」
両手を横に広げて一所懸命に説明している姿が可愛い。いや、そんなコトは置いといて…
…全く分からない。「皆目見当もつかない」は、こう云う時に使う言葉なんだろうなぁと、他人事のように思ってしまう。現実逃避したくなる。
その場所が分かれば、『場念』をスキャンして何かしらの手掛かりを得られるかも、と思ったのだが、無理っぽい。
一人でココに居た、と云う点から考察すれば、徒歩圏内に住んでるものと思っていたが、この近辺に、そんな楽しい森はない。つか、森らしい森そのものが無い。
青山は質問を続ける。
「お兄さんがスーパーに買い物に出たのは四十五分程前だ。君がココに来たのはいつ?」
「…ずっと居るような気がする。分かんない。」
本格的に青山が頭を抱え始めた。
とは云え、子供相手に『取調べ』をするつもりは無い。めぐみの興味を惹くような話をしようと思った。
「そう云えば、さっき夢がどうこう云ってたけど、お兄さんにも教えてくれるかな?」
と、気になっていたので、ちょっと聞いてみた。
「夢というか、ちゃんと起きてるのに、夢を見ちゃうことがあるの。そして、その夢がホントのコトになるの。あと、行ったことない所なのに、夢で見ちゃうの。」
青山は「う〜ん、正夢…」と唸りながら、一つの結論に辿り着いた。
「逆に、それは『千里眼』かな?」
するとめぐみは首を傾げながら、
「分かんない。」
応える。一々可愛い。
であれば、青山と遭遇するコトもめぐみはお見通しだったのか、聞いてみた。
「へぇ~、さっき、お兄さんを夢で見た!って云ってたけど、どんな夢なの?」
自分の将来を知るコトに恐怖とか不安とか無いのか。青山は何の躊躇いもなく普通に聞いてしまう。
「うん、めぐみとお兄さんが同じお家に住んでるの。」
飲みかけたお茶を吹きそうになった。噎せながら、めぐみの話の続きを聞く。
「お兄さんが『大丈夫だよ。』って迎えに来てくれるの。」
「お兄さんがめぐみを助けたり、めぐみがお兄さんを助けたりして、いっしょにお仕事してて、毎日楽しいの。」
青山はこの『非現実的な話』に頭がクラクラしてる。青山はココで漸く「聞かなきゃよかった。」と別の意味でそう思った。
もう一つ、焼け石に水と思いつつ、聞いてみた。
「じゃあ、めぐみちゃんの一番の思い出の場所って、どこかな?」
コレが分かれば、『場念』をスキャン出来るかも?その最後の望みと思って聞いてみた。めぐみが応える。
「森の中にある、大きなお家。」
…もう、笑うしかない。「それ、最初に聞いたな、まぁ仕方ないな。お子様だから、そういう表現になるよね。」と思いながら、もう一つ大事なコトを聞いてみた。
「そう云えば、めぐみちゃんはいくつなの?」
するとめぐみは、
「十一歳。」
と応えた。
「ヤベぇなぁ。十一歳の可憐な少女と仲良くするオッサン。拘束されるわ。」
◇ ◇ ◇
めぐみはともかく、大崎が不在にしているコトに強い違和感を感じる。
神崎から大崎を護衛する為に預かっている。なので、何かあってはいけないので、大崎の居場所は、本人了解の上で、と云うか、「所長には、私の全てを差し上げますわぁ〜」と、乗り気を通り越して嬉しそうに喜んでいて、逆に引いてしまったが、まぁプライバシー権に配慮しつつ、青山が把握出来るようにしている。
自室に戻るときは一声掛けるもしくはメッセージを入れる、とか、一人での外出は危険極まりないので、必ず青山もしくは神崎が付いている。そうしないと、反社に見つかりでもしたら洒落にならない。
そう思って、電話やメッセージ、メールに掲示板、大崎からの連絡がないか全て確認したが、何もない。次に、監視カメラを確認したが、大崎が外に出た様子も、この娘が入ってくる様子も、いずれも記録されていない。
「このシステム、壊れてるんじゃ?」
そう思って、提供元のあのお方に苦情を申し立てることにした。
◇ ◇ ◇
「おお、元気でしたか?お二人仲良くやってます?」
と、タブレットの向こうで矢鱈テンションの高い神崎が喜んでいる。
「ええ、まぁ。」
と、半笑いで返す。
「いや~そんなに照れなくてもいいんですよ。」
と、ニヤつきながら神崎がイジってくる。
ひとまず無視して、青山が本題に入ろうと切り出す。
「いえいえ、そんなコトよりも今、大問題が発生しておりまして。」
「え、お二人の恋の行方に何かあったんですか?」
と、神崎は色恋沙汰の問題だと勝手に解釈して応えていたら、
「何?大丈夫なの?ねぇ?ねぇ!」
と、背後から陽子が神崎のタブレットを取り上げて慌てている。
「ちょっと!落ち着いて下さい。システムの話です!」
と制止すると、陽子は「な〜んだ。良かった。」と云ってタブレットを神崎に返した。何故か残念そう。
改めて、青山は神崎に一部始終報告し、苦情を申し立てる。
「それで、このシステムが正常動作しているのか疑わしいのでご連絡差し上げました。」
すると、
「いや~それは災難ですねぇ。」
と、何故かニヤけ顔で返される。
「あの~、他人事だと思ってます?」
青山がちょっとイラッとしながら返す。
「いえ、ごめんなさい。ちょっと現実離れした話なので、つい。」
神崎は謝罪しつつも、少しニヤけてる。
「あ、それと、システムは正常に動作しておりますので、ご安心を。青山さんが外に出る姿、帰ってくる姿、いずれもちゃんと記録されてますよね。」
と、システムに異常はないコトを分かりやすい根拠を挙げて伝えた。
「確かにそうですね。」
と、システムについては納得出来たのだが、肝心な問題が解決しない。
「それにしてもこの娘、どうしたらいいでしょう?困ったなぁ~」
と、神崎ならではのアイデアに期待して言葉を投げる。
「それなら、赤飯とか用意したら便利ですよ。今の時期なら『おはぎ』でもいいですよ。」
…え、何を仰られているのか全く意味不明です。いや、その小豆シリーズ、今必要?
すると、
「あ〜、これから部会がありますので、ひとまず失礼しますね。またあとで。結果教えて下さいね。」
と、一方的に切られてしまった。
「ホウレンソウ」の「ソウ」の行使だったが、時間だけ浪費して疲労感が倍増した。つか、『結果』って何さ。
◇ ◇ ◇
めぐみが来て何時間経っただろうか。日が長いのでまだまだ周囲は明るいが、そろそろ夕暮れの時間、どうすれば保護者に繋がるか、未だ結論どころかキッカケさえも掴めない。
こうやって時間ばかりを消費していると、フッと思考が途絶えた瞬間に、
「あ〜コンビニで売ってねぇかなぁ〜」
とアホな発想が頭に浮かび、そして行き着くところは、
「いっそのこと、オレが…」
と脳裏に浮かぶ。
兎に角この娘は何か不思議な魅力があって、つい惹き込まれる。
「いかん、いかん。」
と自制する。
とりあえずこの娘を飽きさせないように、ゲームやTVで気を惹こうとしたが、然程興味を持ってもらえなかった。
困ったなぁと思ったのも束の間、意外にも、青山のレコードやCDには興味津々だった。聖飢魔IIに始まり、ヴァンヘイレンやRATT、LOUDNESS、人間椅子など、往年のヘヴィサウンドにすごく反応して喜んでいた。この娘の教養の質の高さ!こんな教育をした保護者と呑んでみたいと思った。早く保護者出てこい!と。
コンポから流れる曲が終わった時、めぐみが心配そうに聞いてくる。
「お兄さん、ずっとココにいていい?」
ちょっと泣きそうになってる。可愛い。
「ああ、大丈夫だよ、ずっと居なさい。お兄さんが面倒見てあげるから、安心して。」
身寄りのないめぐみを追い出すワケにもいかない。
と云うか、こんな可愛い子、出来るモノなら養子にしたい。
そんなコトを考えていたら、めぐみのお腹が「クゥ~」と可愛い音を立てている。
青山は
「お腹すいたの?」
と聞くと、
「うん。」
と、はにかみながら応えた。コレが何とも可憐で可愛くて、遂に青山の父性本能が理性を抑え込んでしまったようで、思わず抱きしめて頭をクシャクシャにしていた。もう自分の娘にしたい…
そしてさっきスーパーで買ってきた『おはぎ』の存在を思い出す。
「これ、食べようか?」
と、二個入りの『おはぎ』を二人で一個ずつ分ける。
めぐみは、
「ありがとう!」
と云って、『おはぎ』を口にした。
その『おはぎ』を飲み込む刹那、めぐみの身体が静かに大きくなる。いや、逆に、今まで小さくなっていたのが元に戻っていく、と云った方が当たっている。そのめぐみは紛れもなく。
「ハッ!所長?私、何かしでかしてましたか?」
大崎 恵実だ。
…しでかしたのは、オレの方だ…
ついさっき言ってしまった
――大丈夫だよ、ずっと居なさい…――
そして思いっ切り抱き締めてしまった。
……大崎が、どう受け取るか。
青山はそれから暫く立ち直れなかった。




