三綴目 『失踪』
二六八四年、とある山村をもう少し潜ったある場所では、未明まで降っていた雨に濡れた木々が、うっそうと生い茂っている。蛙の大合唱が鳥達や虫達の声を陵駕している。そんな随分と奥まった所に、広大な廃工場がある。随分前から売りに出されているが、全く買い手がつかない。寧ろ、広告すら見たコトがない。さっきから燕が雛に餌を与える為に、グレイな空を忙しく往来している。この廃工場は今やこの燕達の為にあると言っても過言では無い。
嘗てはこの辺りは林業がとても活発で、林業で使う機器の製造とメンテナンス、および林業者の休息場所を確保すべく、町を上げてこの工場が建てられた。工場は二十四時間シフトで回っていて、眠ることを知らなかった。そんな工場なので、敷地内には売店・食堂は勿論のこと、郵便や銀行に散髪屋と銭湯、それに当時としては珍しく託児所まで設えてあった。町の森の中にもう一つの『街』が形成されていた。ところが、若者はどんどん都会に流出し、少子高齢化が進んで、この辺一帯は所謂『限界集落』と言われるようになり、栄華を極めたこの工場も約三十年程前に閉鎖した。
廃工場は一時期、外国人に買収されそうになったが、付近住民の一人が、この土地へのメガソーラー建設の計画を感知したコトから、住民の反対運動が巻き起こり、膠着状態が続いていた。
なお、その後の法改正によって、外国籍の企業や個人による土地買収は禁じられた。既に買収済みの土地に関しては、固定資産税を五年間で段階的に買収価格の十割まで増税されるコトになり、外国籍のオーナー達は慌てて土地を返還することになる。
現在、この廃工場に人が近づくとしたら、この土地と建屋を管理している会社から依頼された清掃業者くらいだ。門は固く閉ざされてはいるが、脇の錆だらけの扉から出入りは自由に出来る。
その扉を通ったあと、工場の玄関から建屋に入る。昼間なのに薄暗く、ひんやりした空気が頬を刺す。
そして階段を下り切った地下道では、この冷たい空気をスマフォの灯りで照らす必要がある。
そして一番奥にある小部屋の扉を静かに開ける。
二六八四年五月、青山は、一人の女性にたどり着いた。依頼を受けた『人捜し』が完了した。
◇ ◇ ◇
時は前年に遡る。国際的な保健機関と各国政府、それに巨額の献金をするグローバル企業がグルになって引き起こした国際的医療テロから、世界は漸く解放された。
人類史上初の技術を悪用した『人工膜融合タンパク質製造装置』を“ワクチン”と称して世界中にばら撒き、多くの被害者を出した。政府やマスコミはその過ちを指摘する医療関係者や研究者を弾圧した。被害者達の声を無視して接種を何度もゴリ押しした結果、多くの人が傷つき、グローバル製薬企業だけが多額の利益を得た。
この地獄図絵は約三年間続いたが、今も被害者の苦しみは終わらない。
そんな二六八三年の十月、青山が自分の事務所を構えて五年経ったある日、高級なスーツに身を包んだ一人の上品な渋さのナイスガイが訪ねてきた。
それは青山が以前勤めていた大手IT企業の社長で、青山が三十八歳で課長に昇進したときに、四十七歳の若さで社長に就任した神崎蒼眞だ。物腰柔らかくとても温厚だが、技術力も営業力も経営手腕も、とてもシャープで非の打ち所がなく、その後十二年間社長を務めた。ちなみに二六九〇年現在は会長に退いている。
青山と神崎はさほど接点も無く、せいぜい管理者を集めた会議で同席する程度の、そんな認識だった。
現役社長の神崎は、経済誌やTVなどで取り上げられる程の超大物社長だ。そんな彼が秘書も連れず、たった一人でココに来た。
恐縮する青山に神崎は口を開いた。
「青山浩一さんですね。大変お久しぶりです。とは言え、当時はほとんど接点はありませんでしたが。」
緊張から小刻みな震えが止まらないが、お言葉に応えない訳にはいかない。
「はい、私が青山です。まさか社長がこんなむさ苦しいところにいらっしゃるなど思ってもみなかったもので。すみません、今お茶を用意しますね。どうぞ、お掛けになってお待ち下さい。」
◇ ◇ ◇
青山は手慣れた感じでお茶を煎れて、社長に出した。社長はバームロールが大好物と云う頭の隅にあった記憶が目覚め、たまたま買っていたバームロールその他をお茶菓子として出した。
「申し訳ございません。そこのスーパーで買ってきた安物ばかりで、お口に合うかどうか…」
緊張した声をなんとか絞り出すと、
「いえいえ、構いませんよ。私も人間ですから、あなたのお口に入るものなら何だって大丈夫ですよ。」
と、神崎も笑いながら答えてくれて、青山の緊張が少しほぐれた。
それからしばらくはあのIT企業の話、青山が課長になる前から気になっていたコト、いよいよ統括部長として青山を部下にしようと思っていたら青山が退社して深く肩を落とした話、そして現在の社長を取り巻くいろんな話など、およそ二十分程度、楽しく話し込んで、青山の緊張も完全に解けた頃合いを見計らってか、神崎が急に表情をマジモードに変える。少し哀しい雰囲気を含ませながら口を開く。
「私の元秘書が何かの事件に巻き込まれたかもしれない。」
神崎はスマフォを取り出し、一枚の写真を青山に見せる。
会社のパンフレットを撮った写真。そこには薄いみずいろのスーツに身を包んだ女性が一人、自社ビルのエントランスで、今にも「ようこそ」と云う声が聞こえそうな、そんな笑顔で立っている。ショートボブで、クッキリとした幅の広い二重瞼。スタイル抜群だが全く嫌みがない。
そして青山はゴクリと唾を飲んで、ため息と共に声が出る。
「……スゲー美人…」
神崎は苦笑いしつつ、まんざらでもない表情で説明を続けた。
「弊社のパンフレット用に撮ったものです。当初ウチの広報がモデルさんを使おうとしておりましたが、男性も女性も虜にする彼女を使わない手は無いと思い、彼女をモデルに抜擢しました。おかげさまで、期待以上の反響を頂きまして。」
そして、彼女との連絡が途絶えるまでのコトを話し始めた。
彼女は元々小さな会計事務所に勤務していたが、二六六九年に、上司のセクハラから逃げるように、この大手IT企業に転職した。その頃、神崎は取締役に着任したばかりだった。彼女は最初経理課に配属になり、その後管理課に異動したあと、二六七二年に社長室の秘書課に異動。そして二六七四年に神崎が社長に就任、彼女が社長秘書に抜擢され、先輩秘書を飛び越えて秘書課の課長に昇進した。
しかし、どこから湧いたか分からないが、神崎社長が秘書と不倫していると云う噂話が吹き始めた。当時、神崎社長は四十九歳のイケメン社長。そして秘書は三十歳の美人秘書。この字面だけでも余計な妄想をしたくなる。そこに『噂』が流し込まれて、社員達が野次馬と化していた。
神崎は、ほとぼりが冷めるまで、彼女をグループ配下の会社に社長秘書として出向させることにした。根拠の無い噂に振り回された低俗な野次馬達も静かになり、噂自体もどこかに吹き飛んだようだ。
と思いきや、彼女が本社のカネを横領して子会社の社長に貢いでいて、神崎社長がその手引きをやった、などと云う根も葉もない噂を、週刊誌やタブロイド誌が一斉に報じ、メディアによって「事件」をでっち上げられた。神崎社長はすぐにその子会社の社長と連絡を取ろうとしたが、全く繋がらない。翌々日に連絡取れたときには既に「神崎社長に申し訳ない。」と、彼女に責任を全て被せた上で、解雇してしまっていた。
その後の神崎社長の特命部隊による調査で、この根も葉もないフェイクをリークした実行犯は、彼女の昇進に嫉妬した先輩秘書である松尾尚で、夫で取締役の松尾祐が自分より若い社長就任に嫉妬して指示したと云うことが判明した。夫婦揃って薄汚い醜い嫉妬心からの『犯行』だった。また、先の不倫疑惑に関しても、松尾夫妻が社内で噂を立てていたコトが明らかになった。
その後の臨時取締役会で、会社の信頼を著しく傷つけたとして、松尾祐は懲戒処分の上取締役を解任され、尚も懲戒解雇された。
奇しくもその松尾取締役とは、嘗て青山を退社に追いやった関係者でもある。
その後、有能な秘書である彼女を守ってあげられなかったと云う自責の念から、メールを送ってその無事を確認していた。勿論、「迷惑なら言って下さい。」とも。一応、神崎も妻子ある身なので、迷惑だと言われたなら、このうら若き女性にメールを送りつけることを躊躇なく止<や>めるつもりでいた。メールを送るときは、「この文章で送っても大丈夫かな?」と妻に『添削』させた上で、妻の前で送信ボタンを押していた。妻もこの秘書には色々世話になっていたので、彼女の幸せを深く祈っていた。
恐らく彼女は嬉しかったのだろう。抑も迷惑なら彼女から自分のメールアドレスを変えるだろう。彼女からの返信は、「小さな建設会社の経理部門に入社しました。」とか、「社長秘書に就くことになりました。」とか、そしていつも最後に「だから神崎社長、ちゃんとやってますから、安心して下さい。」と締められていた。その言葉に神崎夫妻も安堵していた。
ところが二年ほど前に、「この会社の配下に反社系の会社があり、その連絡役をやらされていて怖い。」と相談を受けていた。
そして、この夏に、遂に彼女からの返信が来なくなった。
神崎は自分の特命部隊を駆使したが、手がかりすら掴むことが出来ずに立ち往生していた。そんな折、嘗て神崎が目をつけていた大物社員が退社後に大手調査会社のエースとなっていた彼が、調査会社を起業して久しいと風の噂で聞きつけて、いてもたってもいられなくて参上したとのことだ。
ここまでの話を訊いて、青山は応えた。
「承知しました。ただ、失踪から少し日数が経過しておりますので、手がかりも消えかかっている恐れもあり、捜査の難航は避けられません。少しお時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」
「勿論、青山さん程ではないが、私の優秀な部下を使っても何も掴めませんでしたので、とても難しい問題であることは承知しております。探して頂いた依頼相談料と、成功報酬の一部を現金でお支払いします。そして必要なモノがあればいつでも言って頂ければ、こちらで揃えさせますので、どうかよろしくお願い申し上げます。」
と、深々と頭を下げられて、目の前には分厚い封筒が置かれた。青山の恐縮度は軽く百パーセントを超えてしまい
「全力で探し出してみせま(ふ)!」
と深々と頭を下げて返すのだが、思わず声が裏返ってしまった。
神崎の表情に笑みが戻った。よかった。
そして別れ際に、青山は思い出したようにお願いする。
「あ、あと、先ほどの彼女の写真下さい。あ、変な意味じゃないですよ。捜索で使いますので。。。」
神崎は還暦近いその彫りの深い渋い顔の口角を上げて頷きながら、青山のスマフォに写真データを送った。
神崎が立ち去った八分後、青山は猛烈に後悔する。
「しまった!パンフレットも十枚くらい貰っときゃよかった!」
◇ ◇ ◇
「さて、困ったな。。。」
『場念』をスキャンしたくも、二ヶ月以上経過しているので、随分弱くなっている、若しくは新しい念で上書きされていると思われる。捜索はいきなり行き詰まりそうだ。
とは云え、何もしないワケにはいかない。先ずは彼女の自宅周囲で『場念』をスキャンした。何も出ないが、予想通りだ。
次に彼女の職場へ向かった。彼女の職場は従業員三十人程度の小さな建設会社で、セキュリティ甘々で潜入するのは簡単だった。しかし『場念』をスキャンしても何も出てこない。が、うっすらと彼女の念を感じる。
「職場愛かなぁ。普通ならもう消えていておかしくないのに、まだ誰の念か分かる程度に残ってる。」
経理部門で『場念』をスキャンしてみると、みんなが彼女の失踪を心配している、そんな念が次々と脳裏に流れ込む。相当慕われていたようだ。職場とは相思相愛だったようで、神崎への返信が嘘でないコトを確認した。
そして最後、社長室で『場念』をスキャン。残念ながら、彼女の念はほぼ原形を留めていない。然し、ココの社長が何者かに度々脅されている念がある。一つ一つよく見ていくと、チンピラの姿が浮かび上がる。
「どうやらコイツが…」
◇ ◇ ◇
−−−− この会社の配下に反社系の会社があり、その連絡役をやらされていて怖い。 −−−−
神崎から聞いたこの言葉が気になっていたので、事務所でグループ会社の一覧を洗ったところ、一つだけ反社系の会社を見つけた。
翌日、その会社の住所を尋ねると、空室だった。ひとまず『場念』をスキャン。全く念を感じない。どうやらペーパーカンパニーのようだ。
手ぶらで帰るのは悔しいので、このビルのオーナーを調べてみた。すると、反社の幹部がオーナー会社の社長を務めているコトが分かった。そこでこの社長自宅の『場念』をスキャンしたところ、この会社の幹部の手下に、かの社長を脅迫しているチンピラの姿を確認出来た。
「なるほど、コイツらが。」
と思い、ココから一気に解決に向かう。
ハズだった。
◇ ◇ ◇
このチンピラの身辺を調査すべく、先ずは自宅へと向かい、『場念』をスキャン…すると、微かだが、このチンピラが何者かに殺害されているシーンが脳裏に流れ込んできた。
「まさか…」
一瞬、忍び込んで調査しようと考えたが、下手をすると自分が犯人に疑われてしまうと思い、もう一度スキャンを試みて、犯人の氏名を特定した。
「とにかく警察に連絡しておこう。」
と、ウェブサイトの「お問い合わせ」フォームからダミーのメールアドレスを使って、そのチンピラの住所と名前と、殺害した犯人の氏名、そして一言「彼の自宅を調べて。」と送信した。
電話や手紙では自分の存在を特定されて、あとあと面倒になる。出来るだけ足の付かない方法と云うコトで取った行動だったが、あっさり送信元が自分であるコト特定されてしまった。
さらに、現場に向かう姿が監視カメラに写っていたことから、青山は容疑者とされ、勾留されることになってしまった。
◇ ◇ ◇
勾留されて、毎日取り調べを受けるコトになった。コトバは極めて丁寧だが、内容の八割方はやんわりとした誹謗中傷だ。取調官は未婚の独身者ばかりで、バツ一独身生活を地味にイジられる。
それと、スマフォも押収されているので、捜索用に神崎から頂いた会社パンフレットの写真についても、毎日何度も同じコトを質問され、同じコトを答えた。
「この娘は誰ですか?」
「名前は知りません。どこかの大手IT企業で頂いたパンフレットに載ってました。」
「どういうご関係ですか?」
「いえ、関係など。そんなモデルさんとは接点ありません。」
兎に角、神崎に迷惑を掛けたくないので、どうにか誤魔化そうとして、ひとまずは面接試験を受けに行ったときに貰ったパンフレットで、その『モデル』が見ての通りの超絶美人だったので、スマフォで撮った、と誤魔化すことにした。
ところが、パンフレットをスマフォで撮ったコトを「変態行為」と吹っ掛けて、連日ネチネチとイジられることになった。
抵抗するコトも考えたが、とは云え、最終的に神崎に迷惑は掛けられない、と、従順を演じて毎日を消化した。
勾留延長されて十九日目、検察は起訴の準備を完了させようとしていたが、突如、釈放されるコトになった。
◇ ◇ ◇
エントランスの時計は十一時、長針が二十三分を指している。ソファーに、高級なスーツに身を包んだ一人の上品な渋さのナイスガイが足を組んで座っている。還暦近いその彫りの深い渋い顔、見覚えのある、とても懐かしい姿があった。神崎社長である。
青山をその瞳に受け入れるや否や、開口一番神崎の言葉が青山を優しく包む。
「この度は大変な目に遭いましたね…」
力の無い声で、少し震えながら青山も応える。
「いえ、神崎社長に多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ございません。」
青山は頭を垂れた。どこから聞きつけたか、神崎社長が釈放の手続きを執ってくれたらしい。
そして社長専用の超高級車に招待された。発進間もなく、青山の頭<こうべ>はゆらゆら揺れ、そして意識を失なった。
◇ ◇ ◇
どれくらい経ったのだろうか。車は知らない道を走ってる。そして十分くらい経って、厳<いか>ついボディーガードと共に、車はガレージに吸い込まれる。車の時計が十四時二分を表示している。
「どうぞ。」
神崎のお付きの者がドアを開けてエスコートしてくれる。ビシッとスーツが決まってる。執事?そんなコトを思いながら、案内されるがまま部屋に入るや否や、
「凄い!」
と、思わず声が出てしまった。神崎は笑みを浮かべている。
「積もる話もあるとは思いますが、先ずはゆっくりして下さい。」
神崎は青山にリラックスするよう促した。
「この絶景で既にリラックスさせて頂いております。ありがとうございます!」
青山は感動と喜びをこの月並みな言葉に載せて、感謝した。
神崎は満面の笑みで「うん、うん。」と頷いている。
◇ ◇ ◇
暫く経って、柱時計のチャイムが十八時を告げる。
「ちょっと早いかもしれないけど。」
と、神崎は料理長に食事を用意させた。何処をどう切り取っても、ご馳走だ。
勾留中の食事量が激減していたため、胃袋は極限まで縮こまっている。青山は恐縮しながらも、感謝しつつ、少しずつ頂く。
「まぁ食事中に話すコトでもないとは重々承知しておりますが…」
神崎はこれまでの捜索について、青山に一つ一つ丁寧に尋ねる。さらには青山の過去についても丁寧に尋ねる。青山はつい能力のコトを喋りそうになるが、そこは「情報源の秘匿」と云う切り札で乗り切る。三時間、ずっと話してしまった。
そして神崎がゆっくり席を立ち上がり、青山の目前に来て言い放つ。
「社会人として、『報告』・『連絡』・『相談』、コレを忘れないで頂きたい。」
つまり、元秘書の捜索について、キチンと状況を報告すること、行動方針が決まったらちゃんと連絡すること、悩んだら相談すること。コレが機能しなかったので、誤って勾留されるコトになった、と、少し厳しい声で、然し表情は優しく青山を諭した。
青山は思わずグッと来て睫を濡らしそうになったが、なんとか堪えて反省と感謝を絞り出す。
「本当にご迷惑お掛けしたコトを深くお詫び申し上げます。今後は社会人として、『ホウレンソウ』を徹底致します。ご指導賜りありがとうございました。」
青山は深々と頭を下げる。
◇ ◇ ◇
翌日、いろいろ怪しまれるといけないので、青山は神崎社長のボディーガードと二人でタクシーで事務所付近まで戻ってきた。ボディーガードは事務所の扉までついてきた。神崎社長の命令だそうだ。とは云え、その体格と服装が矢鱈目立つのでどうかと思ってもみたが、もしかすると神崎社長の茶目っ気かも知れない、と思って、ボディーガードに感謝を述べて別れた。
久々の事務所。羽根を伸ばしたいところではあるが、一番肝心な問題が解決していない。
先ずは今までの復習するところから入る。そしてまとめに入る。そして捜索の方針、計画を立てる。計画は全て神崎仕様の独自デバイスを使って伝える。
神崎との別れ際に、
「青山さんのスマフォはクラッキングされ易く、情報漏洩する恐れがあります。コレは私からのささやかなプレゼントです。お使い下さい。」と、スマフォとタブレットとPCを頂いた。
このデバイスは、ハードウェアーもさることながら、ソフトウェアーも全て神崎の独自仕様だ。OSはBSDベースのハイブリッドカーネルで、調査ツールや神崎との連絡に使うソフトウェアも独自仕様。さらに、一般のソフトウェアを導入したい場合も考えて、パッケージ管理はDPortsと仕様を合わせている。もっと云えば、ファイルシステムすら、HAMMER2ベースのTONK−ARCHを独自で開発している。
「あの人は経営も営業も技術も、ホントにスゲぇなぁ〜」
青山はただただ関心する。そのほかにも、調査に必須なアイテムをいろいろ頂いたが、兎に角、早急に捜索を再開する。
◇ ◇ ◇
一番疑わしい人物はもうこの世にいない。然しながら、『場念』はまだスキャン出来る。
時間を限界まで少しずつ遡る。
抑も、なぜあのチンピラは殺害されたのだろう、と疑問に思っていたのだが、どうやら社長秘書を誘拐したまでは良かったが、四日後に逃げられてしまったコトを咎められ、実行犯であるこのチンピラは口封じで殺害されてしまったようだ。
このチンピラを殺害した犯人については警察に任せるとして、彼女の意思で逃げたと云う事実は、捜索が振り出しに戻るコトになり、今までの捜索の無駄が確定する。が、逆に、チンピラから逃げたのだから、どこかで生存している、と云うコトになる。そう考えると、少しヤル気が出てきた。
「よし、では本丸、彼女周囲を徹底的に洗っていく。」
神崎にもその旨を伝えて、地道な捜索を続けていく。
とは云え、この時点で既に失踪から四ヶ月が過ぎていた。失踪時点の『場念』は既に消失している。新たに彼女の念を含んだ『場念』を探す必要がある。とてつもなく緻密で大変な作業だ。しかしやるしかない。両頬をバシッと叩いて気合いを入れ直す。
◇ ◇ ◇
依頼を受けて既に半年が経っていた。フレッシュな風が吹く一般社会を尻目に、青山は依頼完遂に向けて懸命に取り組んでいる。
彼女が移動した跡には『場念』が残る。あらゆる場所でスキャンを繰り返す。然し、全く見当たらない。恐らく彼女の『念』は消滅している。
故に、彼女が移動した『場念』をスキャンしてつなぎ合わせる策は使えない。あとは彼女の周囲にいた人達の『念』から彼女の痕跡を探すしかない。
とは思いつつも、このまま彼女を失ってしまうのではないか、と、無意識のうちに最悪の結末が頭に浮かび上がり、もの凄く焦っていた。
そんな悶々とした日々を過ごしていたが、大型連休のUターンラッシュで幹線道路が騒がしくなる頃、青山は意を決して、神崎に『万策尽きた』コトを相談した。ところが、「いや、まだあります!」と否定され、彼女の秘書時代の同僚を四名紹介してくれた。その中の一人が、ポロッと彼女の『生家』について明かした。
「おお〜っ、流石は神崎社長、ありがたや!ありがたや!」
と、思わず神崎を拝み倒したくなった。とは云え、詳しいコトは不明で、彼女が幼少の頃、その場所にあるとてつもなく広い『生家』で走り回って遊んでいた、とのこと。
ちなみに『実家』は既にスキャン済みで、何も出なかった。それにしても、流石に『生家』と云う概念は無かった。行ってみる価値はある。漸く出てきた新たな手掛かりについて神崎に報告したところ、
「送りますよ。」
と云って早速車を出してくれた。厳ついボディーガード三名も一緒に。
◇ ◇ ◇
車に揺られて三時間半程度掛かっただろうか、漸く彼女の『生家』のある山村にたどり着いたところで、深い山の中にある廃工場が目に付く。近くまで歩いて、なんとなく『場念』をスキャンしたところ、彼女の今までに無い濃い『念』が脳裏に流れ込んだ。
「近い!」
固く閉ざされた門には、管理会社の名前、電話番号、それに『関係者以外立ち入り禁止』と太い文字で書かれた金属製の看板が貼り付けられていた。内側は何年も放置してあったのか、足の踏み場もない程の雑草だらけだ。
「いや、いくら何でもココには住めないだろう。」
そう思ってさらに『場念』をスキャンすると、この廃工場から彼女の『念』が点在していて、一本の『線』になっている。それを辿って歩いてみた。すると目の前に一軒の民家が現れた。
呼び鈴がないので、門から直接玄関へ行き、扉の前で叫ぶ。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
暫くして一人の老婆が出てきた。
「私は青山浩一と申します。大手IT会社の神崎社長から、人捜しのご依頼を受けた調査会社の者です。」
と、自分の身分を明かして、彼女の名前を出して聞き取りをする。が、老婆は「知らない。」とだけ応える。世間話を挟みつつ、聞き方を変えながら二、三度聞いてみたが、反応は同じ。何か隠してるのはよく分かる。恐らく彼女を匿っている。だから「知らない。」としか云えない。そこまでは容易に推察出来る。
ふと外を見ると、だんだん日が傾いてきた。と、何も得られるモノはなかったが、
「ご協力ありがとうございました。」
と、聞き取りへの応答を丁寧に感謝のコトバを述べて、老婆の家を去った。
車に戻って、神崎社長に報告し、このまま老婆を「見張っておきましょうか?」と提案したが、
「それは止めておきましょう。」
と却下された。
「どんなに隠れて見張っても、彼女には確実にバレます。で、見張っているのが私、神崎であっても、追っ手によるなりすましであっても、どっちにしろ別の場所へ逃げてしまうのは明らかです。彼女はとても有能ですから、必ずそうします。」
と、自分自身の実体験もあるのだろうか、相当に彼女の能力を買っている。ベタ褒め、親馬鹿レヴェルのような気もするが、神崎は続ける。
「それよりも今まであの老婆に支援されていたのなら、吾々が姿を現さない限り、今夜もあの老婆の家に留まると思いますよ。」
そう云って、もう一つの場所の捜索を依頼する。
「朝が来たら、『廃工場』を捜索して下さい。そちらも気になります。」
と。確かに気にはなる。然し、草ボーボーでキショいので、正直入りたくない。そのような青山の本音を見透かすように、少し口角を上げている。
「まぁ兎に角、朝まで少し休みましょう。」
そう云って、車を近くの市街地まで走らせた。
◇ ◇ ◇
翌朝、未明のうちから市街地にある宿を出発し、廃工場へ向かった。
神崎社長の車は門の前で停まった。
「私はココでお待ちしております。ボディーガードを一人お貸ししますので、捜索をよろしくお願い致します。」
とてもありがたい。ボディーガードがボーボーの草を分け入ってくれるなら安心だ。歩きながらの『場念』のスキャンに集中出来る。
「ありがとうございます。助かります。」
青山が礼を言う。
門は固く閉ざされているが、脇の小さな扉は出入り自由だ。然し、錆で扉が半固定されている。軋む音がヒドい。
なるべく音を立てないように、静かに門を突破していく。体格のいいボディーガードがこの狭き門を突破出来るか不安だったが、意外とすんなりいけた。
門から玄関までの間は、ボディーガードの後ろを青山がついて行く。おかげでボーボーの草が倒されて、足下が確保され、全然キショくない。ボディーガードと神崎社長に感謝しながら、一歩一歩踏みしめる。
玄関から先は青山が先導する。玄関は分厚いガラスの観音扉だが、鍵は壊されていて簡単に突破出来た。
建物に入ってすぐ、ボディーガードに悟られないように誤魔化しながら『場念』をスキャンする。ボディーガードは青山の指示に従って青山の背後で待機。そして
「こっちです。」
と、歩き始めた。歩きながら『場念』をスキャンする。彼女の念がハッキリ現れているので、その念に誘われるように地下への階段の前に来た。
ココでスマフォのライトを点灯する。この場所から見ても、地下は真っ暗だ。
「ホントにこっちでいいのかなぁ。」
と、青山自身も不安になる。とは云え、進むしか無い。主に資材置き場とスクラップ処理に使われていた面影のある地下の廊下を、『念』の導くまま、ただ歩いていく。
そして遂に一番奥まで来た。左側にある小部屋のノブに手を掛け、扉を静かに開ける。
部屋の奥に、ボンヤリとした灯りが見える。たった今まで何かの音が聞こえたが、青山とボディーガードが部屋に入ったとたん、静寂になった。
灯りの方に少しずつ近寄ると、人の影が見える。そして、人の影が人間として認識出来る場所まで距離を縮めた時、それが何かに怯える女性であるコトをハッキリ認識出来た。その表情は悲壮感とも焦燥感とも、全てを諦めた感、下手に刺激すると自害するのではないかと、逆にこちらが不安になる。
そう思いながら青山は慎重に、且つ淡々と仕事を進める。手に持った独自仕様のスマフォに写真を表示させて、彼女の顔を確認する。
「髪の毛が少し伸びておられるようですが、目鼻立ちに面影があります。恐らく私はあなたを探してココにたどり着きました。」
青山は、警戒する彼女に渋く、それでいてやわらかい声で話しかけた。そして自分の身を明かす。
「はじめまして。私は神崎社長の依頼で参りました、青山と申します。貴女の味方です。」
「|神崎《かんざき》」の四文字を聞いた瞬間、彼女の大きな瞳が、感情の海に浸されてゆく。
青山が続ける。
「相当にご苦労されたのですね。もう安心して下さい。」
その「感情」と云う海が完全にその大きな瞳を飲み込んでしまう。声を堪えていることの反動で、遂にはその海から発生した波によって、堤防は決壊した。
………
暫くして、少し落ち着きを取り戻したところで、青山が確認する。
「念の為、あなたのお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
…
少し間を開け、息を整えつつ、神崎社長の元秘書は深呼吸をして口を開く。
「私は、大崎恵実でございます。」




