二綴目 『青山浩一』
狭苦しい雑居ビルの4階にある、とある一室。元々狭い上に、大量の書類や本、それにどう見ても不要なブラウン管テレビと共に、調査事務所が詰め込まれている。従業員は所長の青山と秘書の大崎の2名。
美人高校教師の由依遥殺害事件のせいで花見の時期をすっかり逃してしまい、美人と花見を一度に失った感の青山。まぁ美人の方は全く面識もないし、大崎もよく見ると超絶美人なのだが、それでも花見を諦められずにどこかで躑躅でも咲いていないかと検索していた。
青山の背後で、長い髪を一旦解いたまま眼鏡を拭く大崎が、青山の呟きに聞き耳を立てる。
すると、「お、ここはそう遠くもないなぁ。」と詳細調べてみようと思う刹那、桜田警部からの着信をウッカリ取ってしまった。
「おつかれ様で~す。」
タブレットに映し出された、その汗だくなのに爽やかなイケメンにイラッとしつつ、青山はタブレットを睨みつける。
青山の事務所は、古くて狭いながらも、一丁前にエアーコンディショナーが取り付けられているので、立ち上がり時の変な匂いさえ我慢すれば、この温暖化で茹で上がりそうな気温でも、涼しく快適に過ごすことが出来る。
しかし、警察は相変わらず人不足カネ不足で、『エアコンは摂氏三十度を超えてから』の鬼ルールにより、未だエアーコンディショナーを使わせてもらえていないようだ。
挨拶や近況を軽く報告し合いつつ、本題に入っていく。
「それで、次はですね、汚職っぽい事件です。」
『拾い屋』は殺人事件ばかりを扱っているワケではない。物証を見つけて依頼人に届けるのが仕事だ。
で、「ぽい」とは?とツッコミたい気持ちを抑えつつ、青山は続きに耳を傾ける。
「どうやら、代議士が、付き合いのある会社社長に裏金を貢がせている疑いがあります。と言いますのもその社長、会社のカネを横領していたのが内部告発でバレて、先日逮捕されましたけど、そのカネが代議士に流れているところまでは明らかになりました。が、どうやら代議士が社長を脅迫して献金させていたという疑いも出てきまして。今回はその証拠を見つけていただきたい。」
「代議士、か。」
青山がため息を吐く。『代議士』にトラウマがある。
長い髪を結び直して再び顕になった大崎の耳がピクリと動く。キラリとレンズが光沢を取り戻した眼鏡のテンプルをその耳が受け止める刹那、青山に問う。
「代議士にお知り合いがいらしたんですか?」
…青山は無言で意識を過去に飛ばしてた。
◇ ◇ ◇
青山は、二十代を大手IT企業のSEとして活躍していた。その後三十代で大手調査会社に転職し、早くからエースとして活躍していた。
入社三年目でSEとしての活躍も旺盛で、正に順風満帆だった。
その頃、メディアが代議士の隈江弥太三の不祥事を伝えるのを目にした。要は、『撮り鉄』が趣味で、無断で線路内に入り込む『鉄道営業法違反(鉄道地内立ち入り)』で書類送検されたとのこと。「付近住民もフツーに出入りしているみたいだしぃ~」と、酷い言い訳をしている部分がワイドショーを賑わせていた。
当時の青山の趣味は『場念』をスキャンすること。『鍛錬』と称して、あらゆる場所でその能力を発揮した。そして、たまたま打合せで出張した先が、隈江の『犯行現場』からほど近いところにあった。
打合せが終わって宿に荷物を置いたらすぐさま現場に向かい、『場念』をスキャンした。
「こっ、これはヤバい!」
とんでもない光景が脳裏に流れ込んだ。そこには隈江が反社会的企業のトップと話をしている場面が見えた。
「コレは!?ああ、誰かに話したい。」
誰も知らない事実を掴んでしまったら、話したくなる衝動に駆られるのも無理は無い。
とは言え、話せばこの異能がバレてしまい、自分の身が危うくなるコトは想像に難くない。下手をすると命にも関わる。故に、当然の如く、会社にも秘匿していた。
とは云えそれから数日間、この吐露したい衝動をどうやって発散するか、そう思案しながら毎日過ごしていた。そんな矢先、同じ部署の人が退社すると云うことで急遽、送別会が開かれることになった。
「よぉ~し、コレだ!」
宴の当日。青山は上司の隣に着座し、飲酒量と胸の高鳴りを極力抑えつつ、隈江の話題をそれとなく持ち込んだ。上司は国家権力に対し常に批判的だ。案の定、この流れを受けて、隈江をこき下ろした。上司が調子良いと判断したタイミングで溜め込んでいた言葉を吐き出した。
「実は隈江代議士は反社とかと繋がっていて、実はあの場所が会合の場所だった、とか?まぁそれならとっくに報道されてますね(笑)。」
真相を冗談に溶かして流した。極めて巧妙な流れなので、普通はそこで笑いが起きるか、もしくはそこで話が途切れるか。ここでは後者だった。
酒宴も終わり、各々が自宅の方向につま先を向ける、もしくは二次会、三次会に突入する流れから外れて、上司はサッと人目の付かない場所で携帯電話を取り出し、徐ろに仲良しの取締役にチクった。
青山は特に興味を持たなかったので知らなかったのだが、実はこのIT企業には隈江も出資している、いわば隈江の息の掛かった会社である。恐らくこの上司は真相を知っていたのだろう。翌日、この話が社長の耳に入り、間もなく隈江に伝達された。
隈江はすぐに動いた。青山の在籍する部署に、自分の部下である女性工作員を送り込んだ。彼女はITの知識にも明るく、二十四歳と若く、肌艶も良い。パッチリとした目が印象深く、スタイル抜群、キュートな笑顔で男性社員を虜にしていった。また、人当たりのいい頼りになる女性を演じているので、他の女性社員からは慕われる存在となった。
隈江の所属する団体への忠誠心が、彼女を工作員として鍛えた。美容整形、筋力トレーニング、礼儀作法、マナー、その他、あらゆる試練を乗り越えた成果に他ならない。
然し、仕事一辺倒の青山は当初全く興味を示さなかった。他の男性社員が彼女に堕ちていく姿を、半ば蔑視していた。ところがある日、深夜残業の折、この工作員は青山の仕事を献身的に助け、プロジェクトの早期完了に大きく貢献したことから、青山も彼女の存在を無視出来なくなった。
その後、『打合せ』と称して居酒屋に青山を誘い込んだりして交際へと発展、そして二人で婚姻届を役所に提出するに至った。
結婚して五年の月日が経った頃、妻が『避妊薬』を常飲していることを発見した。結婚前、「あなたの子供が欲しい。」と言っていたのに、あれは嘘だったのか?と、裏切られたショックは計り知れないものだった。とは云え、義理堅い青山はあれこれ言い訳を繕って、「そんなハズは無い!」と、事実を受け入れることを拒否した。そして、その無実を証明すべく、動くことにした。
仕事で帰りが遅くなると連絡が入った日、素人ながら妻を尾行した。とても巧妙で、尾行を巻く意図を充分に感じられるのだが、青山は『場念』をスキャンして足跡を辿ってみた。後から考えると、尾行はバレていたものと思われる。然しながら、妻の方は巻いたつもりでいたのだが、青山の能力はその足跡を見逃さない。そして、知らない男とホテルに入っているのを目撃することとなった。『場念』のスキャンにより、この男と妻は隈江の部下で、妻は工作員であることが分かり、ようやく事実を受け入れた。
青山は激しい怒りを覚え、証拠を押さえるべく行動してみたが、プロの工作員を捉えることは困難を極め、なかなか現場を押さえることは出来なかった。そこで、妻には内緒で、仕事で知り合った大手調査会社の課長に頼み込み、バイトとして入り込んだ。その後、青山はメキメキと実力を付け、半年後には妻の不貞の証拠を押さえて、多額の慰謝料を払わせて離婚した。そして、完全に転職した。
全てが終わったあと、青山は考えた。元妻は有能な工作員だ。避妊を隠し通すコトも、尾行を巻くコトも、簡単に出来たはずだ。それが何故?いろいろ推察する。
恐らく隈江から自分に対する工作が中止されたのでは。で、どうせ終わりにするのなら、青山から別れを切り出させて、慰謝料をぶん取ろうと、そういう魂胆では?男とホテルに入って不倫疑惑を誘発しながらも、「仕事上の相談」の証拠を離婚調停裁判に持ち込んで、青山を陥れるつもりだったのか?然しながら、青山が調査会社でテクニックを身につけるコトは想定外だったのではないか?
そう思いつつも、今更調査する必要も無いし、『場念』も既に消えているし、何よりも疲れた、関わりたくない、と云うのが本音だろう。元妻とのコトは封印することにした。
◇ ◇ ◇
大手調査会社に就職後、上司がセクハラで解雇されるなどのトラブルはありつつ、青山は実力を発揮し、順調に昇進、四十手前で課長に昇進していた。そんな中、大きな依頼が舞い込んできた。
依頼人は、嘗て自分に女性工作員を妻として潜り込ませた、あの元代議士の隈江弥太三だ。是非ともエースの青山さんに、とのご指名だった。
「心底、腹が立つ!」
思い出したくもない過去を容赦なくほじくり返される不快感。デリカシーの無いヤツ!と云いたいところだが、あの元妻が隈江の部下であることに青山が気付いているコトは、隈江は知らない。下手にゴネて『異能』がバレるよりは、怒りを抑えて指名を受けて立った方が身の安全を確保出来る、と判断した。それで渋々受けるコトにした。
「他党の議員が党のカネを横領している疑いがある。」
コレが依頼の全てだそうだ。ナメてるとしか思えない。
詳しい話を聞こうと夜に隈江宅を訪問したところ、『場念』が見えたので、なんとなく眺めていたら、実は実行犯は隈江の手下で、議員秘書として潜り込ませておいて、議員名で横領した上で発覚を誘発し、その議員を陥れようと仕組んだものだった。
一瞬考えたが、自分の正義に逆らいたくない。青山は真実の部分を話し始めた。案の定、
「証拠あんのかよ!!」
と逆ギレされた。
翌日、出勤したら依頼人を怒らせてしまったコトを上司に平謝りしようと思っていたら、周囲の目線が突き刺さる。既に隈江がいろいろ手を回していたらしく、無いこと無いことフェイクニュースを流布され、拡散されていた。
それこそ「証拠がない」だの「業務命令に逆らった」だの濡れ衣を着せられて、会社からは解雇された。
◇ ◇ ◇
若気の至れり尽せりで、まぁ後悔先に立たず、異能によって知り得た情報の扱い方が未熟だった。代議士、と聞くと、当時の自分の不甲斐なさや怒りが込み上げてくる。
そんな青山の過去を知らない大崎は、既に資料に目を通して、ため息をつく青山を見つめている。
「物憂いな感じも、とっても渋くて素敵ですわぁ〜」
といつものように妄想を繰り広げ、『場念』を新規作成している。最初は心配そうに見つめていたのだが、妄想が広がるにつれてニヤニヤしまくっている。
「ハッ!」と青山の意識がこちらに戻ってきた。そして吐く。
「近い!つか、その表情キモいっス。」
大崎も妄想の世界を脱出した。
「も、申し訳ございません。何か悩んでおられたので、つい。」
「他人が悩んでいるのが、そんなに嬉しいんですか。」
「いえ、滅相も別荘もございません!ただ、悩まれておられるお顔もとってもステキだなぁと思いまして、つい見とれてしまいました。」
「そんなコト言っても何も出ませんよ。寧ろ腹が立つ。」
「申し訳ございません。私は叱責を受けるべきですね。寧ろ享受すべきですわ。お願いします、思う存分叱って下さい。お気の済むまで叱って。いっぱい叱ってぇ〜!!」
と、いつものように大崎が騒ぎ立てるのをウザがって、制止する。
「ああ〜もう、分かった分かった、分かりました!何か分からんけど分かりましたよ!」
未だに過去に囚われているコトを自省しつつ、いつものこのやり取りに不思議な安堵感を覚えた。
◇ ◇ ◇
さて、話を今回の依頼に戻そう。
青山としては『代議士』と云うワードがトラウマで足取りも重かった。
とは云え、「仕事だから!」と自分を鼓舞しつつ、先ずはその代議士の議員事務所のドアの前に立って、コッソリ『場念』のスキャンを試みた。
すると、確かに社長がこの部屋に出入りしていることは分かった。が、献金を強要されたのかどうかは全く分からなかった。ただ、その表情は暗く俯いている、それ以上のコトは何も分からない。
代議士の秘密を暴く為に、例えば大崎を秘書として潜り込ませる方法もある。しかし青山にはその考えは微塵もない。代議士が相手だとリスクが高いことは青山自身が経験した。恐らく大崎に業務命令を出せば、喜んで、且つ、完璧に任務を全うしてくれるだろう。だが、大崎の過去を考えると、わざわざ危険地帯に放り込むような真似は絶対に避けるべきだと強く思っている。
次に社長の会社を訪れた。どんな大きな会社かと思えば、単なる町工場だ。零細企業なので潜入は簡単だ。大崎が保険の営業のフリをして社長の気を惹いている間に、青山が人目を避けつつコッソリ潜入して『場念』をスキャンする。しかし、何も出てこない。代議士の影すらない。
さらに二人の自宅周辺でも『場念』をスキャンしたが、全く成果なし。
しかし青山は諦めない。
「他に二人が対面する場所を探そう。」
翌日、青山の顔の広さを利用して、手がかりを得るべく出会いのきっかけを作る。とある料亭の女将が毎日通うスーパーに出向き、『たまたま』を装うべく、青山が女将に自らを発見させる。
「アラ、久しぶりぃ~」
「お、ご無沙汰しております。」
「まだ仕事さがしてるの?」
青山は無職のフリをして、単発バイトで食いつないでいることにしている。
「はい、なかなかいい仕事にありつけなくて。来週の総選挙に立候補でもしようかと思いましたが、そんなおカネもありませんし。」
「あらぁ~アナタが立候補するなら、全力で応援しちゃうわよ!」
などと冗談めいた会話を交わしながら、それとなく例の代議士の話題を振りつつ言ってみた。
「いやぁ、あの先生とコネがあれば、何とかなるのかなぁ~。どこで呑んでるか知りたいですねぇ~」
「あの方ならたまにウチに来るよ。あ、そういや…」
と、毎日のように連絡を取り合っている仲の良い女将仲間から聞いた話を色々教えてくれた。話の中に4件ほどお店の名前が出てきた。
女将の背後で気配を消して聞き耳を立てる大崎が、会話の全てを記憶していた。
何だかんだで二十分程度話し込んでしまったが、なかなかいい情報が手に入った。そこで、青山の方から別れと再会のサインを送る。
「じゃ、そのうちまた女将さんのお店に顔出しますね。」
女将もお店での再会を願いつつ、
「待っててあげるけど、ちゃんと就職してから来なさいよ!」
と叱咤激励して青山と別れた。
女将の視界が完全に自分から離れたのを確認しつつ、青山は大崎に目線を送り、少し離れた場所で合流した。
「所長、立候補なさるのであれば、私、全力で応援させて頂きたいですわ!あの女将には負けません!ビラ配りでも演説でも何でもやりますわ!」
「え?ああ、アレは円滑に話を進めるための冗談だから忘れて。」
と、苦笑いしながら大崎に促した。大崎はちょっと残念そうな表情をする。
◇ ◇ ◇
さて、大崎が記憶した4店は、どれも最近オープンしたばかりのお店だ。青山は大崎と二人で入ることにした。その方が普通にお店に溶け込むことが出来る。他の客からは夫婦に見られていることだろう。大崎がシチュエーション萌えして、変に妄想を膨らませて『場念』を新規作成しない限り、ナチュラルにスキャン出来る。大崎には念には念を押してさらに念を押した上で入店する。
一店目、二店目では成果なし。三店目の『場念』のスキャンでようやく代議士が社長に献金を強要している場面が見えた。
「よし、明日からココで見張ろう。大崎さん、くれぐれも、『場念』を新規作成しないように!」
「しょ、承知しましたわ。コレが私たちの未来の姿ですもの。妄想なんかに負けませんわ。」
と必死に頑張る姿を見せる大崎に、「偉いぞ!」と言いながら大崎の頭を「ヨシヨシ」したくなる、青山はそんな衝動を必死に堪えつつ、席を立とうとした。
するとその刹那、件の二人が入店してきた。代議士と社長。青山は心中慌てつつ、即、冷静を取り戻し、落ち着いて座り直す。普段は代議士には秘書やSPが数名ついてくるものだが、二人きりでの入店だ。極めて怪しい。
青山はそう考えて、すかさず超小型集音装置を起動して、会話を録音する。
◇ ◇ ◇
事務所に帰って音声を聞いてみると、見事に脅迫の現場がバッチリ入っていた。
夜の夜中だったが、速攻で音声データを桜田警部に送り付ける。
[送信]ボタンをクリックして、
「ヨシ、任務完了!コレにて一件落着!!」
と、一応夜中であることに配慮しつつ、青山は開放感いっぱいの声を上げた。
「所長、乾杯しますか?」
と言って、大崎はカップラーメンを用意する。
若い頃は浴びるように呑んでいた青山だが、加齢とともに飲酒量が減って、今ではせいぜい焼酎ロックもしくはお湯割り3杯程度しか呑めなくなった。且つ、さっき回った三件では、一応夫婦を装って入っているので、それぞれの店で小一時間程度飲み食いをしている。
とは云え、いつものコトだが任務完了時は何故か小腹が空く。
いつもならアサヒスーパードライで乾杯し、大崎お手製の小料理を摘まんでいるところだが、駄洒落じゃないが今は酒は避けたい。酒を呑まないので小料理も不要。だが、小腹は空いている。
青山は喜ぶ。
「おお、助かります!丁度腹が減って。」
こういった大崎の機転の利かせ方にはいつも感心させられる。
「ホント、『アレ』さえなければいい女なんだよなぁ。」
と青山は心中で呟く。
そしてシャワールームの脇に設えられた洗面台で手を洗い顔を濡らす。
タオルで顔を叩きながら部屋に戻ると、ヤカンがしきりに汽笛を鳴らしている。そして大崎の姿が。。。
「おー、今日は避けきれなかったか。お酒入ってたから仕方ないか。」




