第63話 傲欲Ⅵ:戦いの終わり
緋炎の灼竜……我ながら良いネーミングセンスだ。
ヴェルメイユは、どっかの国の言語で〝朱〟という意味の単語じゃなかったかな? まあ、どうでもいいケド。
『はっ、速っ、速いっ! あたし、見えなかった! ずっと近くにいたのに!!』
「これでも、ちょっと遅い方だよ」
『ええーーーーっ!!』
実際、直線移動に使う『超炎熱化加速推進』は、方向転換なんかは出来ないにしろ、メチャクチャ速かった。
今回は慣性制御も行いながらなので、若干ながら速度は落ちる、というわけだ。フィエットやハープズフトからすれば十二分に速く見えるだろうが、あれを使っていた俺、直接見て感じたシュトルツ、ずっと見てきたルディアからすれば──
《確かに、少し物足りない気はするね。加速からの突進という意味でも、前までの方が破壊力は上だと思うよ。しかし、方向制御が出来るというのは大きいから、どっちを取るかだね》
そういうわけだ。
結構脳筋な俺からすると、どうしても速度は速く、破壊力もあった方が嬉しい。ゴリ押し出来るからな。
ただまぁ……そこは、使い分けって事かな。
この加速能力に名前を付けるなら……『緋炎亢速機動』かな
《うんうん! 厨ニ臭くていい名前だ!》
……本当に褒めてるか、それ?
《もちろん。それより、来るよ!》
なんだか釈然としないが……問い詰めるのは、ハープズフトとの戦いに決着がついてからだな。
ハープズフトの伸縮する尻尾が俺に襲いかかる。
それを、俺は黒銀蒼の竜剣で往なしつつ、隙が出来れば尻尾を斬り裂く。
流石のハープズフトも黙っておらず、尻尾での攻撃を続行しながら肉弾戦に打って出た。
とりあえず、尻尾は尻尾で固定。一旦黒銀蒼の竜剣を『格納空間』に仕舞って、こちらも肉弾戦で応じる。
フィエットは『なんでよ〜〜〜っ!!』と可愛く抗議していたが、こればっかりは仕方ないのだ。この方がやりやすい。
この形態、非常に戦いやすい。
拳を受け止められても、噴炎管……仮称〝排熱制御管〟を介して『噴熱加速』する事で、ハープズフトの体勢を崩したり、そのまま勢いで押し切ったり出来る。
つまり、俺の最も得意な脳筋ゴリ押し戦法が可能だという事。ここまで戦いやすい能力も少ない。
「くっ……うぅうぁあああああッ!!」
「うるァあああああああッ!!」
もはや魔法も無駄だと思ったのか、ハープズフトは完全に肉弾戦で決着をつける気のようだ。
行われるのは、単純な殴打による攻撃。その応酬。
ハープズフトが、完全に俺に集中している。
この隙を逃さないのが──
「凪嵐」
「命を刈り取る憎悪の刃!!」
エルピスさんとリーベだ。
当然、ハープズフトは邪魔されたくないだろう。そうだからか知らないが、ハープズフトが小さく収縮した翼を動かした。
これも仙術の応用だろう。翼から衝撃波のようなものが発され、リーベが吹き飛ばされる。
ただ、エルピスさんだけは──
「何度も見られているから、そりゃあ通用しないよね。けど、翼を斬り落とすだけなら出来る!」
衝撃波は、文字通りの〝波〟なのだろう。合間を掻い潜って、エルピスさんはその流麗な剣技でハープズフトの両翼を斬り落としたのだ。
こうなれば、ハープズフトも黙って俺の相手だけをするわけにはいかない。必然、一旦俺から離れる事になる。
ハープズフトが向かったのはエルピスさん。後回しにしたのか、翼は再生していない。
そこに──
「紅炎──ッ!!」
炎を纏った黒銀蒼の竜剣で、ハープズフトの尻尾を斬り落とす──事が出来ればよかったのだが、流石に弾かれた。
流石にウザったいのだろう。ここまで食らいつかれたらな。
だから、少し焦った。だからこそ、隙が出来た。
「栄華傲烈拳覇」
そこに、ずっと待機していたシュトルツが一撃を叩き込む。吸い込まれるように、シュトルツの拳がハープズフトの急所に炸裂した。
本当にずっと待機していただけあって、凄まじい魔力量だ。
その瞬間、空間を支配していた『炎』が消えた。
一瞬、ハープズフトは意識が飛んだのだろう。たった一瞬だけだろうが、それでも発動していた権能は止まる。同時に、シュトルツが張っていた『結界』も崩壊した。
「凪嵐──」
出来た隙を逃さず、エルピスさんがハープズフトの四肢を斬り落とす。
そして次の瞬間、異変が起こった。
空から降ってきた青・白・緑の光球が、シュトルツの体に入り込んだのだ。
「これは……」
「────ははっ、そうですか……私は、見捨てられたのか……」
次は、ハープズフトがそんな事を言い出した。
エルピスさんや俺は置いてけぼりである。
「最期は、あなたに──」
そう言いながら、ハープズフトはシュトルツに手を伸ばした。
それに、シュトルツは──
「ああ、わかった」
そう応えて、シュトルツは手のひらの上に漆黒の球体を作り出した。
それはどんどん深さを増し、〝真黒〟とも言える色にまで。
《凄い魔力密度……》
──それは、ルディアが感嘆を漏らす程に。
「アヴラージュ、地表に全力で『結界』を張れ」
「え?」
「……受け止められなかったら、最悪星が砕ける」
お、おぉう……。
結構どころかマジヤバじゃん。
それはマズイって事で、俺はシュトルツの技の軌道を予測し、それを完全に防ぐように結界を張った。
ルディアによる、魔法も物理も全て弾く結界──名付けるなら、『完全結界』ってとこだろうか? これならば、何があっても大丈夫だろう。
《魔力は注ぎ続けてね。万が一があっちゃいけない。何せ、シュトルツの奥義は……かなり、激ヤバだから》
ルディアがここまで言うって、本当にエグい時だけじゃあ……?
「これは実戦向きじゃないんだ。タメがデカすぎて、な──」
そうしてシュトルツは、その球体を握り潰し、拳に馴染ませる。
「──〝全てを斃す傲慢〟──」
そして、それをハープズフトに放った。
「………………ああ……やはり…………美しい…………」
それだけ言い残し、ハープズフトは息絶える。
〝竜核〟を含むハープズフトの左上半身が、丸ごと綺麗に消し飛んでいた。
「……うわぁ……」
俺から、辛うじて出た声がこれである。
他の者──エルピスさんやリーベは、声を失っていた。結界外から見ていた、駆けつけた者達も皆、唖然としている。
受け止めるように張った『完全結界』にも、大きなヒビが入っていた。しかし辛うじて、地表にダメージはない。
「……言っただろう? 実戦向きでは無いと。発動する方向を間違えば、この星を破壊する事にすらなり得る。だから、前回の封印戦でも使えなかった」
いやいや、うん、そりゃ使えないよね。
逆に使っちゃダメだよ、こんなの。強いのはいいけど、この星を壊しちゃったら元も子もないって言うか……。
まぁ何はともあれ、この戦いも終わりそうである。
◆◆◆
ああ、私はこれでよかったのだろうか──と、ハープズフトは死の間際に自問自答する。
最期は、憧れの人の業で。
自らの創造主により課された、『永遠なる人類との生存戦争』という呪縛。
魔族のルーツであり、自らのルーツでもあるその人。
全てを産み出し、人類を産み出し、一人を愛し、独りになり、全てを憎んだその女性。其の人の愛した人を滅ぼした醜い人間達を滅ぼそうと。
其の人から抜け落ちた善なる心は、其の人が人類を傷つけないように、受け継いだ創造と破壊の力──主に破壊の力で、其の人の力をほぼ全て消し去った。
ただし、その子も体……特に肉体、魂に深い損傷を負う事になる。次期創造主として受け継がされていた世界に対する管理者権限の一部が、破壊の力も含め一時使用不可になるほど。
ほぼ、相討ちのような結果である。
(あの方は……未だ、復活しておられぬのですか……。私の力もシュトルツさんに受け継がれ……もはや、魔族の負けは必至……。二度目の人魔大戦叶わずですか)
魔族の上位存在である深罪が人の感情による〝大罪〟を背負っているからこそ、ここまで感情豊かなのだ。下位に行けば行くほど、自己意識や感情は薄まっていく。自己を失い、上位に従うだけの存在となる。
そんな魔族が、人類に対し秀でているのは、実力。魔力の扱いに長け、魔族だけの殺害特化魔法を使用でき、
それに対して、人類は? 魔法技術にこそ劣るものの、他の全てで上回っている。位や能力など関係なく、全ての個体が自己意識を持ち、感情を持つ。知性に長け、思考し、改善する。
(魔族の中で、シュトルツさんが一番強かった。次が私。シュトルツさんは裏切り、私は負け……。あの方の復活もない今、魔族はもう……)
もう潔く死んでしまおう──と、ハープズフトは考えた。
しかし──
『それは許さないよ』
──声が、聞こえた。
(──え?)
ハープズフトからすれば、信じられない事だ。
もう、自らの〝竜核〟は破壊されている。もはや魔力の制御・使用も出来ず、静かに、緩やかに死に向かっていたのだ。
そんな中で、こんな事──。
『滅ぶ事は許さない。お前にはまだ、やる事がある』
(その声、その雰囲気……まさか……まさか……!!)
その声は、ハープズフトが待ち望んでいたものと同じ。
普通ならば、歓喜するべき出来事。
しかし、ハープズフトは不安だ。不安なのだ。
確かに、ハープズフトは魔族の勝利を願っている。しかし、今際の際で過去をゆったり振り返ると──
(あなたは、人類どころか、この世界ごと──)
そう思えてならないのだ。
その問いに、声は──
『────フフフフ♪ 気づくのが遅すぎたわね』
それだけ答えた。
次の瞬間、ハープズフトの意識が深い海に沈む──。




