第62話 傲欲Ⅴ:少女の覚醒め
それから、ハープズフトによる怒涛の連撃が行われた。
速い。とにかく速い。
どういう手段を使っているのかは定かじゃないが、ルディアが補助してくれなかったらとっくに〝竜核〟を潰されて死んでいる事は確かだ。
速く、そして正確だ。ある攻撃がブラフである事もしばしば。確実に急所を潰すため、またはそれを行い得る隙を生み出すための。
「チッ、無駄にしぶとい……」
もちろん、シュトルツ、リーベ、エルピスさんも援護してくれている。
だが、ほぼ意味がない。ハープズフトは、そんな三人による攻撃を軽く流して俺を徹底的に狙いやがる。
そして、俺に反撃の隙なんてものはない。そんなものがあれば、ハープズフトが逆に攻撃してくる。反撃の糸口は…………ルディアが出てくるぐらいしかないが……。
《ボクはまだ万全じゃない上に、ボクの戦い方は相手に筒抜けだ。今のシュトルツのようにあしらわれて、サポートを失ったキミが殺されるのがオチだろうね》
そうなんだよな……。
ハープズフトの貫手を受け止める過程で放り投げてしまった黒銀蒼の竜剣を拾い上げながら、そんな事を考える俺である。
得物があれば、ハープズフトの攻撃を往なすのもまだ楽になるだろう。
「ふんッ」
「あがっ!?」
食らった! 左肩に一撃!!
…………あれ? なんだか……感覚がおかしい……。
衝撃が……二重に……?
《……これは……仙術を応用したものだ。緻密な魔力操作……拳に込めた魔力を、そうなる事を悟らせずに、遅れて炸裂するようにしていたようだね……》
仙術……?
そういえばあったな、そんなの……。
てか、ヤバイ。そのせいで重心が崩れて……ッ!!
「終わりです」
ハープズフトの貫手が、〝竜核〟のある胸部中央に迫る。
直接刺さってくるような、そんな殺気が込められた貫手。
シュトルツは……都合よく離れてるな……。
エルピスさんやリーベじゃ、間に合わない……。武器の射程が長いリーベなら、まだギリギリありそうだが……シュトルツほどではないにしろ、遠い。
転移で逃げようとも思ったが……ハープズフトの権能だという、空間内を埋め尽くさんばかりの〝炎〟が、軽い『空間掌握』のような効果を発している様子。もはや戦場はハープズフトの支配下であり、『転移』による回避も多分無理との事。
…………これは……詰みか……。
軽い気持ちで深罪討伐なんかに乗り出さずに、ちゃんと修行とかしとくんだったな……。それがあれば、もう少しマシな結末になったかもしれないのに。
そんな事を考えながら、来たるであろう死を待った。
胸に何かがぶつかる。
ただ、俺の〝竜核〟を貫くような、そんな鋭いものではない。
俺の服に、液体のようなものが付着し、染み込んでくるのを感じる。
見ると──ぶつかっていたのは、手を斬り落とされたハープズフトの腕。
俺が知らない内に、片手に持っていた黒銀蒼の竜剣が動き出していた。
無意識下で動いていた……? そんな、剣を極めた人に起こるような事が、俺に起こったのか……?
「……なんで……」
思わず、そう呟いてしまった。
そして、それに答えるように、溌剌な少女の声が聞こえたのだ。
『あたしだよあたし! アヴラージュが、凄くピンチだったから……』
聞き間違えるはずもない。
あるとすれば……死んだ後の、死者の声か。俺は、もう天国に逝ってしまったのだろうか?
『違うよ! ちゃんとして! また来るみたいだよ!!』
違う。
確かに、違う。痛みもある。ハープズフトから食らった左肩のダメージが、まだ残っている。それが、ズキズキと痛んでいる。
「……フィエット……?」
その声は確実に、俺が持っている黒銀蒼の竜剣からしていた。
《…………そうか! キミのそれは、ボクがフィエットが遺した〝魂〟を依り代に創り上げたものだ。それは、意思の宿る武具……〝知性ある武器〟となっていたんだ。まだ魂が摩耗したままで、回復していなかったから目立った意思は覚醒していなかった。けれど、たった今、それが覚醒したんだよ!!》
何やら興奮気味に、ルディアが説明してくれた。
つまり、剣から聞こえるこの『声』は、確実にフィエット本人のものという事で……。
『うん! あたし、目覚めたばっかりで、まだ夢見てるみたいだけど……一緒に、戦おう!』
多分フィエットは、俺がどういう理由で戦っているとか、今がどういう状況とか、わかっていないんじゃないだろうか。
それでも戦ってくれるとは……。
拒む理由など、どこにもありはしない。
「……ああ!」
出かけた涙を腕で拭って、俺はフィエットに応える。
◇◇◇
「まさか……それは……その剣は……? まさか、〝知性ある武器〟……? しかし、今までそんな素振りは……」
何やらブツブツと呟いているハープズフトに、俺は容赦なく斬りかかる。
ハープズフトはそれを硬質化した鱗に覆われた手で受け止めようとしたようだが──
「──何ッ!?」
まるで豆腐のようにスパッと、ハープズフトの手が斬り裂けてしまった。
先程までとは大違いの切れ味である。
《むしろ多分、さっきまでが悪すぎたんだろうね。これこそが、〝知性ある武器〟の真骨頂だよ》
〝武器に魂を宿す〟という事は、俺が思っている以上に大きな影響を及ぼすようだ。
これだけでも勝てそうな気はするが……まだ、足りない気がする。
「チッ……焦熱炎覇!!」
ハープズフトが放ったのは、魔法による灼熱の炎球。普通なら当たっただけでお陀仏になってしまいそうなものだが……。
「残念、無駄だね」
今の俺は燃え滾る竜なのだ。炎は効かない。
今の一撃でそれがバレたのか、今度は──
「なっ……クソッ、凍結地獄!!」
──氷属性の攻撃に打って出た。
相手も、属性が定まっているわけじゃあないようだ。ヤツの権能が『強欲の炎』だったので、てっきり火属性かと思ったのだが……。
まぁいい。どうせ俺の体温で、半端な氷は溶けて──
《マズイよ。あれ、キミの凍み氷る竜の時の奥義くらい、温度が低い。物理法則を超越している!》
おっと、そりゃマズイ……。
俺はここで、氷属性の凍み氷る竜に『変化』。
ハープズフトが使った魔法が凝縮された〝氷球〟が命中してしまうが……同属性なので、ダメージゼロ。
「なっ……姿が、変わった……? クッ、お前、何なんだ!!」
「ただの竜だよ、お前と同じ!!」
今度はこちらのターン。
ハープズフトがやったのと同じように、冷気を圧縮して放つイメージで……。
「氷雪流牙」
あの時は俺を媒体として、俺の体内に封じ込めた。しかし今回は、それよりも小さい範囲に圧縮するので──
「何っ──クソっ!」
必然、温度も前より下がる。
ハープズフトも流石で、全身凍結は避けたようだ。
しかし、そこに──
「ふんッ!!」
シュトルツが、ハープズフトに襲いかかる。が、往なされる。
勝機があるのは、話を聞いた限り、前回の封印戦で戦っていなかったリーベと俺か。
「厄介な……オレの攻撃は通じないか」
「仕方ないさ。アイツ、前に戦った事あるんだろ? 手の内バレてたら、そりゃあな」
「勝機があるのは実質お前だけだ。流石に、リーベでは実力不足だろう」
後方にいるリーベが頬を膨らませるのが一瞬見えたが……見なかった事にしよう。
俺は深く息を吸って、黒銀蒼の竜剣を構え直す。
『もっと息を合わせて、行くよ!』
「了解」
動き出し、一気にハープズフトとの距離を詰める。
防御しようとしたハープズフトの両腕を斬り落とし、〝竜核〟に向かって突きを──
「チッ!」
ハープズフトは『転移』して回避し、両腕を再生。
無駄にしぶといのはどっちだよって感じだ。
「穿天氷」
地面に触れ、大地を凍てつかせる。
「クソッ」
ハープズフトはギリギリで跳躍し、脚の凍結こそ回避してようだが……甘い。
出来上がった氷の棘が、ハープズフトの脇腹に刺さっていた。
隙は与えない。すぐに距離を詰めて──
「風刃大魔嵐!!」
「うぉっ!?」
ハープズフトが発動した魔法は、多分、元素魔法:風刃大魔嵐だろう。自分で言っていたし。
生み出された無数の『風刃』で構成される嵐が、氷を斬り砕き、俺を吹き飛ばす。
やっぱり、こっちじゃダメか……。
そう思った俺は、再度燃え滾る竜に『変化』し、ハープズフトと睨み合う。
《そうえいばさっき、まだ足りない気がするって言っていたよね?》
ああ……それが?
《その通りかもしれない。フィエットの『覚醒め』は想定外だし、嬉しいけども、確かに足りない。攻撃が通じるようになっただけだ。何か案があるんだろう? 攻撃を往なすのはボクがやるから、教えてくれよ》
案、つっても、可能性の話だ。
俺の得意属性……つまり、〝炎〟属性な。燃え滾る竜は炎属性の『特化形態』なわけだが……。
《それがどうしたの?》
今はただ、漠然と炎とか熱を扱ってるだけだ。
それに指向性を与えて……威力とかじゃなくて、どっちかっていうと〝超炎熱化加速推進〟の方面で強化出来ないかなって。
《ほうほう……つまるところ、炎属性の『特化形態』……ならぬ『強化形態』って事だね?》
まぁ、そういう感じ。
《面白い。より〝熱〟を効率化・循環させてみよう》
……? 了解……。
感覚としては、全身を魔力が巡る感覚と同じだろうか?
体内の熱を知覚して、より意識して、巡らせて……。
「っ!?」
急に、攻撃行動に移ろうとしていたハープズフトが止まった。
どうしたのだろうか? シュトルツ達の目線も俺に集まっている気がする。
自分の体を見ると、纏っている鱗の色が紅蓮から、橙……ならぬ〝朱焔〟が如き色に変わっていた。髪の色も変わっている。朱焔というより、紅緋色か。
……色だけとは思えないが、何が変わったのかわからない。
《キミの『特化形態』は、炎というより〝熱〟の形態だっただろう? 竜鱗の色を〝朱焔〟と表現した通り、キミの概念は『熱』から、より『炎』に近づいたのさ!》
……ほう?
能力は概念認識次第なので、能力に関しては『超炎熱化加速推進』を基にした能力になっていると思われる。
つまり、多分だが『直線特化』から、より慣性を制御した動きが可能になっている……と思われる。
これを、『特化形態』のように、『概念拡張により認識を変化させ、生得概念を変化させた姿』と同じように捉えられるかは謎だが……まぁ、やってみればわかる。
そう思った俺は、両手首、そして両足首から、バイクの排気管のような器官を生やす。
「なっ……次は、次は何だ……!?」
流石のハープズフトも困惑している。
確かに、こんな事する竜なんていないかもな。
こういう、概念拡張能力を発動する時は、現象とか、見た目とか、そういうものに囚われてはいけない。今回の場合は、『炎の噴射によって加速する』のではなく、『加速する過程で炎が噴射される』と考えた方が、慣性制御するには都合がいい。
自分が〝こうあれ〟と思う姿を想像しながら使用するのが、使いこなすための近道……と、ルディアから教わった。
──『炎はそう見えるだけ、実際は縦横無尽の加速移動』──
「────フッ!!」
瞬間的に、超加速。
赤熱化した竜鱗に覆われた俺の拳が、ハープズフトの顔面に吸い込まれるように炸裂する。
「ガハッ!?」
成功──。
無事に、『強化形態』の完成だ。
「クッ……な、何をした、貴様ァ!!」
「名付けるとしたら〝緋炎の灼竜〟……さ、これで決着つけてやる」
──戦いも、いよいよ大詰めである。
流石にハープズフトが強すぎます。
ですが、もう大丈夫。もう終わりそうです。だいぶ長々と戦っていますが。




