第60話 傲欲Ⅲ:主役の登場
ハープズフトが聖なる光に飲まれたのを確認し、アインザッツが地上に降り立った。
「ごめんなさい、囮役など任せてしまって」
「……俺か? いや、いい。汚れ役とかは、慣れてる」
「汚れ役とはちょっと違う気がするけどね」
とりあえずは第一手……その作戦の成功を確認したので、少しだけ安堵する実行役四人である。
「……助かった。来ると思っていたぞ」
「まぁ、そんな事までお見通しとは……」
リーベは、疲労困憊のシュトルツを介抱していた。
「『本質反転』の連続発動なんて、するものじゃないな」
「そんな無茶を……。魔力がこんなに減っているのも、納得ですよ……」
本来、『本質反転』の連続発動……つまり、発動の即時切り替えはかなり無茶なのだ。エアコンのように、常時発動するよりも発動したり解除したりを繰り返す方が消費も激しいのである。
そういうわけで、シュトルツもかなり疲弊していたのだった。
そんなところに、都合よくリーベの登場である。しっかりと支援魔法:上位体力回復を施し、シュトルツの魔力は大幅回復を遂げる。
「本当に助かったよ、お前ら」
「無茶していたんだね、君」
「リーベなら、余計な心配をして援軍を遣わすと思っていたからな。それを前提として動くなら、多少の無茶も許容の内だ。どうせ回復するんだしな」
その場の全員が、ええ……と、少し引いた。
リーベが本当にそう動くかもわからないのに、それを前提で行動出来るその行動力と信頼は、尊敬と同時に全員ドン引きしていたのだ。
一言で表すと、えげつない、であった。
そんな会話をしてはいるが、油断しているわけではない。むしろ──
(この程度で終わるわけがないな。オレ達が追撃しないのは……ハープズフト含め、今は休憩時間だから……。少しでも、アヴラージュが来るまでの時間を稼ぐなら、消耗よりも休息だな)
ここから、戦いはより激化していくだろう。
「まったく……援軍とは……」
聖なる光に飲まれ、その時に起こった土煙の中からハープズフトが現れる。
傷こそ無いが、魔力は目に見えて減少していた。天なる讃美歌を耐えるのに、かなりの力を消費したのだ。
「……もういいです。使わない方がいいと思っていましたが……仕方ない。使う他、無い──」
「みんな、飛べッ!!」
何かを察したシュトルツが叫ぶ。それよりも先に、リーベは既に行動していた。
飛べない者達──エルピス、シュタルク、アブーリアに一時的な飛行魔法を付与し、すぐに飛翔するよう呼びかける。
全員が行動を完了し、遥か上空に飛び上がった、その直後──
「──〝全てを奪う燎原の強欲〟──」
発動するは、ハープズフトの奥義。
ハープズフトを中心として、全方位に〝強欲の炎〟が放たれた。それは進行こそ遅いものの、全てを飲み込まんとばかりに規模を拡大中である。
「……発動しやがったか」
「あれが、ハープズフトの……」
「ああ。全てを奪う燎原の強欲……ゆっくり広がる〝強欲の炎〟を介して、触れた生命から、その命含め全てを奪い去る奥義……」
ハープズフトが放った炎は、燃えない代わりにそういう効果を有しているのだ。それを証明するように、あの炎に触れた植物は枯れ果て朽ちている。
そして同時に、ハープズフトの魔力も少しずつ回復していた。
「植物にも魔力は宿る……。微量とはいえ、それが重なれば……」
「マズい、な。全快される……が……」
「近づく事が出来ないね。シュトルツによれば、『強奪対象には一定の範囲があって、それ以下は効果対象外』との事だけど……」
「格下特化だから、オレ達〝概念竜〟は問題ない。しかし……シュタルクは無理、アインザッツも無理、エルピスでギリ、アブーリアは論外……と言ったところか」
かなりの辛口評価に、悔しがったり、苛立ったり、それぞれの反応をする一同である。
シュトルツの見極めがあっているならば、ハープズフトと戦えるのはシュトルツ、エルピス、リーベの三人のみとなる。
「……だる。厳しくないか? 流石に、三人でアイツを斃すってのは……」
「そうですね……流石に……」
「だな」
「あなたが自信なくてどうするんですか」
「仕方ないだろう。オレだって、そこまで傲慢ではないとも。オレの権能を使えば斃せない事もないが……最悪の場合、アイツにもっと力を与える事になる。それは嫌だろう?」
「そうですが……」
「諦めて、三人でアヴラージュ君が来るまで時間稼ぎ……だね」
「そういう事だ」
そんな感じで作戦会議をしていた四人だったが、そんな事をしている間にハープズフトが放った炎が更に拡大していた。
このままでは、島をも覆い尽くす程に展開されてしまうだろう。そこでシュトルツは、『干渉遮断結界』で現在展開されている炎を覆った。
これが、後にアヴラージュの『転移』を阻害する事になるのだが……そんな事、シュトルツは知る由もない。
「とりあえず、この中には入らないように。この中が決戦場だ」
それを最後に、シュトルツ達は結界内に入っていった。
◇◇◇
シュトルツが展開した結界内部に、三人が侵入してきた事を確認したハープズフトが、上空を見上げる。
入ってきていたのは、シュトルツ、リーベ、そして……前回、自分を封印した時にもいた〝勇者〟。
(勇者も入ってくるとは……。前回の戦いからして、勇者は入ってこれないと思いましたが……。まぁ、先年も経っているんです。実力が向上する事もあるでしょう。それはいいとして……)
問題は、あの〝善徳〟が入ってきた事だ──と、ハープズフトは考える。
前回は、後方支援ばかりしていた女。しかし今回は、前線で戦うようである。二人では確実に無理だと思ったから出てきたとも考えられるが──
(多分、違う。あるとすれば……一発逆転の要素、『本質反転』か……)
リーベが『本質反転』を使うというのならば、全てを包み込む〝慈愛〟から全てを傷つける〝憎悪〟に反転するという事なので、戦力として申し分ないと考えられる。
(問題は、『反転』した彼女の権能……。どういうものかは、まだわからない……その上で確実に厄介だろうとわかるのが厄介ですね)
至極冷静に、そう考えるハープズフトである。
そんな事を考えている内に、シュトルツ達が目の前に降り立った。
「さァ、第二ラウンドを始めよう」
「ですね」
淡白な受け答えをし、両者構える。
こうして、真の第二ラウンドが始まった。
◇◇◇
「栄華傲烈拳覇」
もはや手加減など出来ないので、初手から必殺技を使うシュトルツである。
今度は、最初よりも威力を込めていた。
「くッ……やはり強い……ッ!!」
「凪嵐」
「なっ!?」
隙を生じぬ二段構えで放たれたのは、エルピスの新たな必殺技である。
静謐と、激動。
〝激〟とは、〝静〟の実。
〝静〟とは、〝激〟の種。
〝激〟も〝静〟も、どちらも極めてこそ──
「……何ですか、今の動きは?」
「見えなかったのかい? そうか、お前にも通じるんだね。それがわかっただけで、良かったよ」
──強く、美しい華と成る。
エルピスは、両腕を落とされ、胸に幾つも斬り傷が付いたハープズフトの背後に背中合わせで佇んでいた。
神速の連撃。
速度の問題ではない。ただの加速であれば、ハープズフトは『回避』出来たから。
(激と静の狭間……全なる一と、一なる全……私が、私の力を持ってしても奪えなかった御技の一つ──ッ!!)
それは、太古の昔にハープズフトが殺した、〝剣聖〟を名乗る人間のみが辿り着いた境地。
最強の剣術奥義である。
「まさか……まさか……アイツ以外にも……その領域に……!」
「アイツ? 何を言っているのか分からないね」
「チッ!」
前兆無しでハープズフトが動作した。
再生した右腕で背後に拳を放つが──その腕が、ボトりと地に落ちた。
「くっ……」
流石に通用しないと思ったのか、ハープズフトはエルピスから距離を取る。
そこに──
「命を刈り取る憎悪の刃」
『本質反転』を使用したリーベがハープズフトに向かう。
必殺の憎悪と自らの権能を込めたリーベの〝忌憎の鎌〟の刃が、ハープズフトの首に迫っている。
それを華麗に回避したハープズフトは、リーベから距離を取りつつ、隙を生じぬ三段構えで放たれたシュトルツの拳を受け止めた。
「くッ……本当に……厄介ですね。ここまでの連携……お見事ッ!!」
「そうだろう? お前を殺す程、厄介だろうさッ!!」
そこから始まるは、シュトルツとハープズフトの打撃の応酬。
それを重ねる内に、二人の力は増していく。果たして、この先はどうなるのか?
シュトルツの『気高き王の傲慢』が力を増し、ハープズフトの『強欲の炎』がそれを欲し、追いつくように力を増していく。
二人が再び距離を取り、睨み合い、暫くの時が経ち──
(結界……上空、真上……穴が……)
──シュトルツが張った『干渉遮断結界』に、穴が空いた。
ハープズフトやリーベも感じ取ったようで、皆、上を向いている。
そこから落ちてきたのは──
「灼熱熔化蹴撃──踵落とし!!」
「グハッ!?」
ハープズフトの頭に、強烈な踵落としが炸裂する。
「ふんッ!!」
そこから、着地した女がハープズフトの腹部に蹴りをもう一発。
「ガッハァッ!?」
ふっ飛ばされたハープズフトは、〝石室〟の外壁に激突した。
美しい、しかしどこかくすんで見える白い髪が揺れる。
闘争心を宿した赤い瞳は、シュトルツが待っていた人物のそれで──
「あれ、あんま〝熱〟効いてない? まあ、いいか。遅れて悪い、シュトルツ!」
「……本当にな、アヴラージュ」
「いいだろ?『主役は遅れてやってくる』ってな!」
──今ここに、真の援軍が到着した。




