第59話 傲欲Ⅱ:援軍の到着
シュトルツの権能──ハープズフトが欲しがるそれの名は、『気高き王の傲慢』。最初に生まれた最も重い深罪に相応しき力であり、常に他を圧倒する力そのもの。
ハープズフトの『強欲の炎』は、欲したもの全てを自らのものにする力。それを持ってしても手に入らなかったのが、シュトルツの力。
手に入らないものこそ、最も欲する。それがハープズフト。
「しかし、私の権能では、他人の権能を模倣する事は不可能……。けれど、抜け道も一つ。死した深罪の魂と権能は、現存する深罪の中で最も強い者に回帰する……というのは知ってますね? つまり、あなたを殺せば、あなたの力も手に入る!!」
「わかっているとも。オレとしても、ソレが狙いだ」
つまり、殺した方の総取りというわけである。
かくして、二人の戦いは激しさを増す事となる。
(あれが効かないなら、オレの手札はアヴラージュ達の増援に頼る事になりそうだな……。昔からの付き合い故、一番の切り札はここ一年以内に生まれたアヴラージュになるわけだが……)
一番、可能性を秘めた存在。
つい最近生まれ落ちた癖に、グングン成長を続けている、奇妙な竜。今までに見た事のないような雰囲気を纏っていた。
(出来るだけ早く頼むぞ、アヴラージュ……)
シュトルツは切に、そう願うのだった。
◇◇◇
今まではどちらかと言うと攻勢に傾いていたシュトルツだったが、戦術を変えている。
現在は──
「っ──後ろですかっ!」
「いや、ずっと前だ」
「──っ!?」
ハープズフトの前から急にシュトルツが消失し、背後から魔力を感じた。
なのでハープズフトは、振り返って背後にいるはずのシュトルツに攻撃を行ったのだ。漆黒の礼服とマントを身に纏い、純白の髪と青い瞳を持つシュトルツに。
しかしながら、それはデコイ。というか、能力によって生み出された『虚飾』なのだ。
最初から、シュトルツは正面切って攻撃していた。だというのに、ハープズフトは翻弄されている。
理由は簡単で、シュトルツは『本質反転』を短い期間で何度も切り替え繰り返している。それだけである。
それだけでも、十分に翻弄出来ていた。倒す事こそ不可能なものの、時間稼ぎだけならシュトルツとしても御茶の子さいさいである。
(オレの『本質反転』については、ハープズフトに知られている。何度も披露したしな……。しかしそれも、使い方一つ──)
またシュトルツが『本質反転』した。
流石のシュトルツも、オルグに使ったような単純な使い方はもう出来ない。
ならば、どうするか?
(アヴラージュのような、予測不可能な強さこそないが……オレはオレのやり方でやってやるさ)
その答えは──
「やはり面倒ですねぇ、その力!!」
『本質反転』したにも関わらず正面切って向かってきたシュトルツに対し、ハープズフトはそう叫ぶ。
シュトルツの『本質反転』は、彼の一挙手一投足どれを取っても予測しがたいものになる。全てが偽物である可能性が常にあるのだから、当たり前といえばそうなのだが。
しかし、攻略法というか、ヒントも一つ。
シュトルツの反転権能である『虚飾現実』は、大体が視界の支配及び錯覚を操る事が多い。それは魔力の気配をも隠蔽及び錯覚させる事が可能なので、対処は容易ではないが……。
(そうとわかっていれば、対処のし様もあるというものです)
し様もあるとは言うが、それが難しすぎるのがハープズフトにとっては玉に瑕である。しかし、それを手に入れる事が出来れば晴れて、ハープズフトは世界最強の一角へと上り詰める事が出来るのだ。
そんな事を考えている内に、シュトルツとの距離は縮まった。
そのシュトルツは──何かおかしな動きをするでもなく、ただハープズフトに拳を打った。
(おや? まさかここまで迫っても消えない……。再び『本質反転』を解除し、ありのままのあの力でなければ私にダメージを与える事は困難だというのに……? 何かがおかしいですね)
本来ならば避ける動作……ましてや受け止めるなどするつもりがなかったハープズフトだが、この局面になって考えが変わった。何かがあると、そう踏んだのだ。
シュトルツの『虚飾』は、当たり前だが反転を解除して権能が戻れば効果が消える。未だに幻像と思わしきシュトルツが存在しているという事は、それの正体がどうであれまだ反転を解除していないという事。
それを前提に考えるならば、今、目の前で拳を放とうとしているこのシュトルツは──
(本体の可能性が高い──)
ハープズフトからすれば、完全に想定外である。
しかし、今のシュトルツの力は『偽装』能力なのだ。通常時にあるような『気高き王の傲慢』──つまり万人を『圧倒』する力ではない。
そうであれば、自分を害するほどの威力はないはず──と、ハープズフトは一瞬だけ焦った心を鎮めた。
(そうであれば、何ら問題はないじゃないですか。焦って損をしましたよ、まったく)
そんな事を思いながら、ハープズフトは余裕を持ってシュトルツの拳を受け止める。
──が。
「……?」
ハープズフトの体が浮く。その肉体が感じたのは、強い〝衝撃〟と〝痛み〟。
(これ、は──?)
連続で打ち込まれたシュトルツの打撃は、どれもこれも、味わった事のないような激痛と物理的な衝撃をハープズフトに与えた。
「……流石のお前も、想定出来ていなかったようだな」
「は……?」
「伝えていないし、使ってもいない。こんな使い方を、お前が知るはずもなし……」
「これは……」
(感覚の『偽装』──ッ!!)
ハープズフトからすれば、完全に想定外の使い道である。
(どうして思いつかなかった? 偽装能力……視覚的効果だとばかり思っていた……。アイテルカイトは〝こう〟であるという先入観……〝憧れは理解から最も遠い感情〟とは言うが……まさか、自分にそれが降りかかるとは……っ)
ハープズフトは、悔しさからか唇を噛んだ。
そこから血が出ても、構いはしない。
「悔しいか?」
「……ええ」
「いい表情だ。そのままオレに翻弄されて、さっさと負けてくれればいいんだが」
「私の矜持にかけても、そうは行きませんよ」
「わかっているとも」
そんな会話を交わしている間に、両者共に立ち上がって構え直す。
再び幕を開けた戦いは、更に熾烈さを増していく──。
◇◇◇
「焦熱炎覇」
ハープズフトが発動したのは、これまた人間の大魔法使いから奪い、学んだ火属性の最上級元素魔法。
本来は超広域焼滅攻撃を行う魔法だが、やはりハープズフトは発動範囲の制限によって威力と指向性を増していた。
「熱っ……ハハッ、やっぱりお前は火だよなぁ。お前の権能名も『強欲の炎』……ピッタリだ」
「ええ。私としてもお気に入りですともッ!!」
そんな会話を交わしながら、ハープズフトは焦熱炎覇を凍結地獄のように圧縮した炎球を幾つもシュトルツにけしかける。
それを前に、シュトルツは──
「チッ、やはりその技術、厄介だな……」
再度『本質反転』を使用、その軌道や自分の位置を『偽装』し、問題なく回避。
そして、今度はシュトルツが攻勢に出る。
「はぁッ!!」
ハープズフトから少し離れた地点にいたシュトルツは『虚像』で、本体は既にハープズフトから目と鼻の先にいる。
そんなシュトルツは、またハープズフトに『感覚偽装』の拳を放つのだ。
「くッ……そちらもそちらで厄介千万……恐ろしいですね」
「厄介じゃなくちゃあ使わない」
厄介であれ、ハープズフトにとっては──
(しかし、慣れてきました……。そうとわかっていれば、対策だって如何用にも立てられる。けれど、そんな事を思っていると……)
未だに違和感こそあれ、シュトルツから放たれるその『虚飾拳』に対応出来ているハープズフトである。初見時のように、翻弄されたりはしない。
──そして、時が訪れる──
二人の脳に、またもあの時と同じ感覚が流れ込んだ。
しかも、連続で二つ。
つまり──
(フェレライとナイト……!! エルピス達、リーベ、アブーリア……やってくれたんだな……! 疑っていたわけではないが、流石と言ったところか……)
エルピス率いるチーム〝勇希〟とフェレライ……そして、リーベ・アブーリアとナイトの戦いが終わったのだ。
結果は──シュトルツ側の勝利。
ここで、シュトルツも畳み掛けるように攻撃の勢いを増した。
発動していた『本質反転』を解き──
「なっ──」
「──ハァッ!!」
今までにないほど強い力で、ハープズフトを叩く。
殴る、蹴る、折る、投げる、貫く。
フェイント等、様々な技術も応用して。
リーベが遣わせる援軍こそ独断専行によるものだが、シュトルツはそれすらも予測していた。リーベならば、確実にこうするだろうと。
そう信じているからこそ、シュトルツはここで攻撃の勢いを強めたのだ。
そして、それは──
「お待たせして申し訳ありませんッ!!」
美しい、ハープのような声が響き渡った。
(一、二、三、四、五……五人ッ! 五人、現れたッ!? 一体誰が──いや、この声には聞き憶えがある。忌々しき〝善徳〟の──それも、〝慈愛〟の──)
もちろん、リーベ率いる援軍である。
「フンッ!!」
まずは第一手。巨大な戦斧──〝剛健〟を手にしたシュタルクがハープズフトに襲いかかる。
上空で回転しながら慣性法則によって威力と勢いを増し、ハープズフトに向かって振り下ろす。
「クッ……」
人類で見ると無類の強者に位置するシュタルクの攻撃だが、相手が悪かった。放たれた攻撃はハープズフトの掌によって簡単に受け止められてしまう。
しかしながら、シュタルクもこの程度で倒せるとは微塵も思っていない。
「まぁ、そう来ますよね」
ハープズフトの左右から、二人。
アインザッツとリーベによる支援魔法により強化された、〝魔人〟アブーリアと〝勇者〟エルピス。
両者共に、自身の最大威力を秘めた武器を持っていた。
そして、ハープズフトの片手は塞がっている。この状況では、確実にどちらかの攻撃は受けてしまうだろう。
──だが、やはりというか何というか、〝格〟が違った。
「なっ……」
「だるいな、これは……」
ハープズフトは、軽く手を振っただけだ。その小さな動作から生み出された衝撃波が、アブーリアとエルピスの動きを止めた。
それから、アブーリアに蹴りを叩き込んでシュタルクを放り捨て、エルピスは片手で殴り飛ばす。
「チッ……」
「これは、想定以上だね……」
「だるすぎる……」
ハープズフトは、シュトルツとの戦いで少しずつ力を増していた。それは、シュトルツが持つ力への羨望がより肥大化したため。
エルピスも、それぐらい予測している。しかし、その強化幅が想定より上だったのだ。
しかしながら……。
(まぁ、あまり予測した結果に変わりはないね)
どちらにしろ、どうせこうなるだろうなとは思っていたエルピスである。
なので、別に悔しくも何ともない。
なぜなら、本命は──
「──詠唱完了。穏やかじゃあありませんが、ここで死んでください。どうか地獄で、天使様の恵みがあらん事を──天なる讃美歌ッ!!」
飛行魔法で空中に浮遊していたアインザッツから、とある神聖魔法が放たれる。
ハープズフトを取り囲むように八本の光の柱が出現し、それを中心として地面に魔法陣が描かれる。それはほんの一瞬の間に行われ、既にハープズフトは檻の中。
その詠唱中も、ハープズフトに気取らせない辺り、エルピス達が気を逸らしていたのに加えて、ハープズフトが「アインザッツは支援に回っている」と思ったのがあれど、アインザッツの技量が窺える。
アインザッツが放ったのは、天使への祈りを捧げ、その代わりに天使の力の一端を借り受けるという〝神聖魔法〟の最上位に位置する魔法だった。
──神聖魔法:天なる讃美歌。対象を光の柱で囲み、その上で魔法陣を築き、魔法陣内の対象を聖なる光で消滅させる御技である。
──援軍の到着により、戦いは第二ラウンドへ──




