第58話 傲欲Ⅰ:始まる戦い
はてさて、またも時を遡り──場所は、アーテシュアーブ大陸より西方に位置する一つ孤島。
〝貪婪の禁足地〟──〝強欲〟のハープズフトが封印されている地である。
そこに出向いていたのは──
「まったく、あと少しで封印が解けてしまうところだったな」
黒い髪を揺らし、漆黒の礼服とマントを身に纏う男──シュトルツである。
シュトルツは、島の最深部であり中心地──封印の魔法陣がある場に赴いていた。
確認出来た封印はボロボロで、あと一年も持たないような、そんなところまで劣化している。
(もっと早く来たかったが……アヴラージュと出会ったのも最近、封印の綻びに気がついたのもアヴラージュと出会った後……。オレにしては、遅すぎたか……)
水が滴り、雫が地に落ちる音が聞こえる。
封印と、封印されたハープズフトから放たれる瘴気の所為かお陰か、生命体は住み着いていない。が、何かが出てきそうな、そんな不気味さを持った場所だ。
「さぁ、早速だが始めるか」
思わせぶりにそう呟いたシュトルツは、足元にある魔法陣の線を足で消した。
すると、淡い光を放っていたそれは輝きを失い、共に効力も失い──魔法陣の中心にあった、歪に歪んだ封印の石柱が砕け散った。
中から現れたのは、紫髪の男。長身で筋肉質な、アヴラージュ風に形容するとすればイケメン……とでもいうべきな男。
この男こそ──
「久しぶりだな、ハープズフト」
「おやおや……おやおや、アイテルカイトさん!! おはよう、いい朝ですね」
「御託はいい。さっさと始めるぞ」
「始める? 何を? 私はあなたと戦いたくなんてないですよ?」
「オレはお前を殺したい。まぁ尤も、お前が二度と人間に手出ししないと天にでも誓うのなら話は別だがな」
「それは無理な相談ですね。人間と、それから生まれた悪意の奔流である私達魔族は永遠にわかり会えない。無理筋です」
「だろうな。だとすれば、もはや生存圏を懸けて殺し、呪い合うしかあるまい。それと……今のオレは〝シュトルツ〟だ。アイテルカイト? その名はもう捨てた」
最初から敵意剥き出しのシュトルツと、擦り寄ってくるような甘い口調のハープズフト。びっくりするほどに、真逆である。
シュトルツが一方的に告げたそれを聞いて、ハープズフトは──
「……そうですか。残念です、残念至極です」
心底残念がるような表情になって、無機質にそう告げたのだ。
かくして、戦いが始まる。
最初に動いたのは──
「──フッ!!」
シュトルツ。
まずは、一撃──
「なっ……く、はははっ。また速度と威力を増しましたね、あの頃よりも!」
シュトルツの瞬速の一撃を、驚きつつも知っていたとばかりに難なく受け止めるハープズフト。拳を握られ、シュトルツは離れる事が出来ない。
(ここまでは予定調和──)
そのまま腕を引き、体を捻ってハープズフトの後頭部に蹴りを一発。全力で放ったので、流石のハープズフトもよろめいた。手の力が緩み、シュトルツはそこから抜け出す。
「……流石にやりますね」
「伊達に、お前達を封印していた千年間鍛えていないからな」
そんな事を言いながら、シュトルツはもう一度構え直した。
前と変わらず……否、それ以上のシュトルツを見たハープズフトは、更に笑みを歪ませる。
「ああ、やはり素晴らしい……。私はそう、あなたにずっと憧れていました……ずっっっとね」
「……それがどうした? 最も〝力〟に貪欲だったお前が、オレに憧れるのもわかるが……」
「いやいや。今更、〝欲しい〟と思いまして」
マズイな──と、シュトルツは冷や汗をかく。
ハープズフトが〝欲しい〟と思ってしまったという事は、つまり──。
「シッ」
短く呼吸をしたシュトルツが、先程までより速くハープズフトに襲いかかる。
が、しかし……。
「ふふふ、見えますよ、きちんと」
ハープズフトは、反応してきたのだ。
ハープズフトの権能は、欲しいものを欲しいままにする『強欲の炎』。ハープズフトは羨ましかったのだ。シュトルツの力、速さ、技量、洞察力、反射速度、その全てが。
同時に、それが〝欲しい〟と思った。シュトルツが言う〝最も力に貪欲だった〟というのは、そういう事なのだ。
「焦熱炎覇」
シュトルツを、万物を焼き尽くす炎が襲う。
これも、ハープズフトが〝欲しい〟と思ったものの一つ。太古に存在したとある大魔法使いが使った、火属性の最上級元素魔法である。
炎によるダメージは、シュトルツにとってそこまで大きなものではない。しかし、炎による『皮膚の燃焼』による持続ダメージはまずかった。
なので、『神速再生』によって皮膚を再生する。
「早いですね」
「当たり前だ。生きた年数からして、お前達のそれとは違う」
「ではもう一度……凍結地獄」
ハープズフトが、一つの氷球を握る。
発動したのは、氷属性の最上級元素魔法:凍結地獄。本来は、術者を中心に超広域凍結攻撃を行う大魔法なのだが、ハープズフトはこれを手に収まるほど小さな球状にするという器用な事をやってのけていた。
そして、その結果、手に収まっている氷球の温度は──
──物理法則を超過した、氷点下千度にまで冷えていた。
「……それは」
「発動域を超極小化する事で、物理法則すらも超越する事が可能……これを教えてくれたのは……確か、ラインハイトとかいう大魔法使いでしたか」
ハープズフトは淡々と説明する。
そして、それを空気中に幾つも作り出したのだ。
「……アヴラージュのような……出鱈目な事を」
「アヴラージュ? 聞かない名ですね……まぁいいか。それでは、愉快な曲芸の時間としましょう」
ハープズフトが、唯一持っていた氷球を宙に放った。そして指を弾くと──
「チッ」
全ての氷球が、シュトルツを狙って動き始めた。
その氷球全てが、触れた瞬間に細胞を凍結破壊する程の冷気を持っているだろう。
(速い……さてどうしたものか。アヴラージュやルディアならば、どうとでもするのだろうが……)
いいや、オレも〝どうにかする〟しかない──と、シュトルツはそんな思考を振り払った。
概念能力を持っているだけで、無敵の種族というわけではない。漫画の世界のような、状態異常も何もかも効かないというわけではないのだ。
ならばどうするか──。
「──少し焦ったが、まさかこの技に救われるとは」
澄ました顔で告げたシュトルツが、魔力を纏わせた拳で氷球に向かう。
それを見たハープズフトは、少し興味を失ったような思いだ。ハープズフトが放った氷球は、触れる万物を凍らせる。現に空気すらも凍っており、ハープズフトの周囲には氷の礫が浮いていた。
シュトルツといえども、当たれば拳は凍る。魔力を纏わせているが、それでも冷気はそれをも穿つだろう。
(何が〝伊達に千年間鍛えていない〟ですか……結局はその目も、衰えている……)
それが心底残念でならないハープズフトだ。
が──
「……っ!?」
シュトルツの拳が氷球に触れる事はなく、氷球は弾かれて岩壁に衝突、岩壁が氷壁に変わる結果となった。
そして問題なく、放たれた全ての氷球を弾き飛ばした。
「──仙術:空打ち。特殊な魔力操作を行い、纏わせた魔力に〝反発力〟を付与して放つ、触れない打撃」
元より、シュトルツは〝仙術〟という特殊な魔力操作技術を知っていた。そしてそれに直に触れ、観察し、ものにしていたのだ。
シュトルツが使用した仙術:空打ちとは、シュトルツ自身が説明したような技である。
「ほう……ほうほう……! あははっ、なんですか……ははっ」
「何笑っている? 気味が悪いぞ」
「いや、すみません。最初こそ、あなたの実力が衰えていると思っていましたが……ふふっ、そうですか。全く、衰えてなどいない!! やっぱり最高ですよ、アイテルカイト……いや、シュトルツさん」
「最初にも言ったが、御託はいい。ほら、来い。まだ、あるんだろう? 全て、ねじ伏せてやる」
余裕そうに挑発するシュトルツ。
それに、ハープズフトは──
「いいでしょう!! 思う存分、殺し合いましょうッ!!」
そしてここで、二人の脳に〝ある感覚〟が流れ込む。
二人に共通したその感覚は──
((ヴォルストが死んだ──ッ!!))
ヴォルストの死。このタイミングで、ヴォルストとリーベの戦いに決着がついていた。
二人の間に緊張が走る。
この時点で、ハープズフトも、自分含む深罪の討伐が水面下で行われている事を察した。
そうして更に、戦いの緊張は高まるのだった。
◇◇◇
シュトルツとハープズフトが戦い始めて数十分が経った。
戦いは、常に拮抗した状態。
シュトルツは自慢の腕力と仙術をかけ合わせて戦っていた。
「消えた!?」
「こっちだ」
ハープズフトの後頭部に、シュトルツ特有のエネルギーを纏わせた蹴りが炸裂する。
シュトルツが今使ったのは、仙術:空蝉。黒仙達も多用した、ザ・撹乱という技である。
「ふふふ……やはりお強い。その仙術も、人間が使うような下手な練度ではない、そうですね?」
「オレに聞くか? オレは知らんぞ」
そんな会話の合間にも行われる、激しい拳撃や魔法の応酬。
それが行われている間にも、シュトルツはある事を行っていた。
(バレている気配はないが……やはり、戦いながらの片手間だと時間がかかるな)
しかしそれも、もう終わる。
(これで決着がつけばいいが……まぁないだろうな)
そんな事を思いながらも、シュトルツはそれを実行に移した。
「うぐっ」
「これで避けられないだろう?」
ハープズフトが放った拳を手で受け止めると同時に、腕を掴み、引いて抱え、首に腕を回す。
「オレと同じ土俵で戦おうとしたか? そのまま魔法で遠距離戦に持ち込んでおけばよかったものを!!」
「しまっ──」
「栄華傲烈拳覇!!」
多大エネルギーを込められたシュトルツの拳が、固定されたハープズフトの胸部中央に炸裂する。そのまま拘束を解き、威力を増す拳。
流石のハープズフトもフッ飛び、先程ハープズフト自身の攻撃が変化させた氷壁にぶつかった。
「ガハッ、ゲホッ……」
ハープズフトは、その場から動かず血を吐いている。
(さて、これで終わってくれればいいんだが……)
シュトルツとしても、それが一番いい。しかし、ハープズフトがこの程度で降伏……ましてや死亡する事などあり得ないという謎の信頼もあったので、そうは思っていない。
むしろ──
「ふっ、はははっ……やはり力を増している……! 素晴らしい……はははっ、素晴らしいですよ……!! 益々欲しい、あなたのような力が!!」
──ここからが、本番であった。




