第57話 愛憎Ⅳ:決着の時
これなら早く終わりそう──なんて思っていたリーベだったが、結構追い詰められているのだ。
現在進行形で魔力を吸われており、時間経過による自動回復のペースを完全に超えている。減りきりはしないものの、減っていくばかり……。
(このままではジリ貧……。どうにかして削られきる前にケリをつけないと……)
それでは、相手に絶対的な優位性を与えているこの状況で、どう勝利するのか? 考えるまでもないが、策は一つに限られる。
自らの全てを懸けた一撃で、確実に屠り去る事のみ。
(まぁ、それが難しいのですけれど……)
そんな事を考えながら、今もリーベはナイトによる怒涛の連撃を往なし続けている。
鎌に力を蓄えながらなので、想定していたよりも消耗していた。
「あっはははははっ!! もう限界でしょ? サッサと死になよ──っ!!」
攻撃をするナイトも、リーベが片手間で何か企んでいるのはわかっていた。だからこそより強く、速く攻撃の勢いを増している。
──ある瞬間、ナイトが放った拳撃が、リーベの左目を潰した。
「くっ」
「もう余裕もないねぇ!!」
両者一歩も譲らぬ、ギリギリの戦い。
(今この瞬間、最も警戒すべきは──)
………
……
…
リーベは、作戦会議中のシュトルツの急な警告を思い出していた。
『そうだ、これも伝えておこう』
『伝え忘れ多くないか?』
『千年も、だからな。少し記憶漏れがあっても仕方が無い』
『いいですから、伝える事とは?』
少しの言い合いに発展しそうになったシュトルツとアヴラージュを宥め、話題を戻すリーベ。
シュトルツは少し眉を顰めながら、その警告事項を伝えてくれた。
──曰く。
〝深罪〟の六人には、それぞれ追い詰められたここぞという時にだけ使う、〝奥義〟のようなものを持っている、と。
『特定条件下、または特定の制約があるが、それでも強力なもの。そこに引き込まれた時点で終わりだな。特に……ナイトと、ハープズフト、ヴォルストか』
そんな説明に、アヴラージュが『半数じゃねーか……』と溜め息をついていた。
ナイトの奥義は、〝メイルストロムエンヴィー〟というもの。
『内外を分断・断絶する特殊な結界の内部でしか使えないが、選択対象の力を全て奪うというものだ』
『全て? 一つ残らず、全部?』
『ああ、全部だ。しかし、対抗策もある。それは──』
………
……
…
「全てを呑み込む嫉妬ッ!!」
先に事を起こしたのはナイト。
展開した『領域結界』内の選択対象の魔力を全て奪う、ナイトの奥義である。
(来たっ!!)
内心で、シュトルツに伝えられた〝対抗策〟の成功を祈るリーベ。
次の瞬間、リーベの全魔力がナイトに奪われた。
ガクリと、一瞬よろめいた。魔力がなくなった証拠である。もう、リーベの命ももはや風前の灯火。
──が。
ナイトは、ある一つの違和感を抱いた。
(……なんか、おかしくない? リーベから感じた最初の魔力量と、今奪った魔力量、全然違うんだけど。いや、消耗してるから当たり前なんだけど……)
それでも少なすぎる──と、ナイトは感じたのだ。
そして、その理由をすぐに知る事になる。
リーベの魔力が、微少ながら回復していた。
リーベはその微少な魔力で体力回復を何度も行使し、規格外の出力効率で以て魔力を大幅に回復させようとしていた。
「──なっ!? なんであんた、回復出来てんの!? 全部、全部全部奪ったじゃん!! 回復魔法も使えないくらい、全部!!」
「……ふふ、ふふふ……」
「何笑ってんのよ!!」
かなり苛立っているのか、ナイトに余裕はない。
対するリーベは、所有魔力量に大きすぎる差があるというのに余裕そのものだ。
ナイトは、『解析眼』を駆使してリーベの全てを観察する。しかし、そんな種も仕掛けも、どこにも──
(いや、ある! 得物だ。あの鎌に──何、この魔力量? まさか、奪われる直前に、ほぼ全ての魔力を鎌に移したっていうの……?)
そんな事、可能なのだろうか? 奥義を発動する瞬間を見破って、且つナイトに絶対にバレないように、ほぼ全ての魔力を鎌に移すなど……。
可能なのだ。なぜなら──
(アイテルカイトの入れ知恵かぁ!!)
内心でそう叫ぶナイトである。
そこにあるのは、深い憎しみと絶望。
ナイトとしては、先刻の一撃で全てを終わらせる気だった。サッサと『領域結界』を解除して、リーベの付き人も殺す気だった。
しかし──
「ふふふ……奥義って、連続で発動出来ないのでしょう?」
「ひっ……!?」
鎌の魔力は、深く大きな憎悪のエネルギーへと変換される。それこそ、ナイトが抱くそれよりも、遥かに強大な……。
更に、リーベの権能である『心無虐殺』も宿り、放てば必殺となる刃が完成していた。
「……や、やめ……悪かった! もう人間を襲わない! あんたらも、絶対、殺さない!! 手を出さないから、見逃し──」
そんな命乞いを始めたナイトを見て、リーベは内心でほくそ笑む。
悪意はない。その理由は──
(とは言っても、ほぼ万全に近いナイトを相手に、一刀両断出来るほどこの鎌も強くはない。加えて少し魔力を使ってしまったから、一撃でナイトを殺す事は不可能でしょう。彼女自身にそれがバレていないのが救いですが……放てば確実にバレる……)
どうしたものか、とリーベは悩む。
が──
(大丈夫でしょう。何より、わたくしは幸運です。だって、きっとこの位置は──)
かなり近づいていると、リーベは感じるのだ。
もう感じ慣れた、アブーリアの大きな魔力を。『隔絶』されているとはいえ、リーベとアブーリアの関係は、ナイトとリーベのそれ以上に強固だった。憎悪だろうと、友情だろうと。
(だからわたくしは──)
──いつの間にかナイトは、『領域』の端まで後退りしていた。
「これで終わりです──命を刈り取る憎悪の刃ッ!!」
「や、やめ──ッ!!」
ナイトが目を瞑って、衝撃に備えようとした──が。
(……あれ?)
放たれた魔力や衝撃を見て、違和感を覚える。
リーベが「これで終わり」と言う割には、それが少ない。そして、小さかったのだ。
その憎悪の刃は、ナイトに炸裂する──事は、なく。
「……え?」
「…………ふふっ、ふふふっ……そうですか……少し魔力を使ったお陰で、威力が減って──『結界』を破壊するに、留まる事が出来た……」
リーベがそう告げた次の瞬間、ナイトが展開していた『領域結界』に一筋の亀裂が入った。それは恐ろしいほどに真っ直ぐ広がり──やがて、『領域結界』は崩壊した。
「な、なっ……」
せっかくの『領域結界』を破壊された事に、少しの屈辱を感じるナイトである。
せっかく、後一歩のところまで追い詰めていたのに。
自分が、圧倒的に優位だったのに。
それが、今では、自分に圧倒的に有利だった戦場を壊され、その分の魔力も消耗していた。
「ああ……わたくし、これで終わりだと言いましたね。あれは嘘です。正確には、あれではない……」
「──は?」
一瞬、ナイトは何を言っているかわからなかった。
しかし、すぐにその意味を理解して──
「まさか──」
「待ってたぞ、リーベ」
その声が聞こえた時には──ひと振りの鎌が、ナイトの体を左右真っ二つに両断していた。
◆◆◆
アブーリアが振るった鎌が、ナイトの核と、魔力を精製及び循環させる〝丹田〟を破壊した。真っ二つになったナイトの死骸は、もう再生する気配もない。
「……やったな、リーベ」
「ええ…………」
リーベが、一瞬よろめいた。
「リーベ?」
そんなリーベを、アブーリアが支える。
「ああ……ありがとうございます……。過去、類を見ないほどに魔力を消費しましたから……流石に、少し疲れました……」
「ああ、流石にな」
アブーリアの肩も借りて、一旦は大樹の下に移動したリーベ。そこで、休息を取る二人。
「いや、本当に……流石に怠いな……」
「よく頑張ってくれましたよ……あなたがいなければ、わたくしは確実に負けていましたから……。まあ、あなたがいなければあの『領域』を発動される事もなかったでしょうけど」
そんな事を言いながら、いたずらに微笑うリーベである。
それを聞いたアブーリアは──
「……ははっ、そんなのありかよ」
──と、同じく少しだけ微笑うのだった。
◇◇◇
そんなふうに、暫しの休息を取っていた二人だったが──リーベに、一つの連絡が入る。
『リーベ、聞こえるかい?』
『エルピスさん? どうしたのですか?』
『こっちは終わった。今からシュトルツのところに向かいたいんだけれども……実は、事前に座標を教えてもらっていたラインハイトが……戦死、してね』
突然の訃報を聞いたリーベだったが、動じない。
そのまま、エルピスの意図を理解した。
『すぐにでも、迎えに行きます。ヴァーユランへ、ですね?』
『大丈夫なのかい? 凄く疲れているようだけど』
『わたくしにも、助っ人がいますから』
『……ははっ、そうか。わかったよ、なるべく早くね』
そう言って、エルピスは『思念通話』を終わった。
「……どうした?」
「エルピスさんからですよ。どうやら……お仲間が一人、戦死したようで」
「…………そうか。そいつが転移関係を担ってて、移動出来ないからリーベを頼った、か」
「正解です。流石ですね」
「まぁな。早く行ってこいよ。そのまま、シュトルツへの増援に俺を置いて行くなよ?」
そんな会話を交わす中で、しれっと上位体力回復を施す辺り、アブーリアのイケメンムーブが光っている。
「……ええ、わかりましたわ」
一瞬だけ優しい笑みを浮かべたリーベは、すぐに『転移』で消えてしまったのだった。




