第52話 勇希Ⅰ:接戦
時間は大きく巻き戻り──視点は、勇者一行に移る。
シュトルツの手で、魔界大陸の最西端にある〝悪食の氷室〟に、勇者一行はやって来ていた。
「間違っても油断だけはするなよ。しないと思うが」
「わかっているさ。触れられたら終わりだしね。まぁ、気楽に行かせてもらうよ」
強者二人はそんな雰囲気だが──
「二人ってば……世界レベルの強敵と戦うっていうのに、エルピスはいつも通り気楽すぎる……」
「それが、アイツの強みだ」
「そうですわね……。あの能力の高さは、自信故かと……」
他三人からすれば、そんな感じである。
「封印の解除方法は……」
「事前に聞いているじゃないか。そんな、僕達が本番に弱いタイプだとでも?」
「……いつでも強い、な」
「その通り♪ 僕達は大丈夫だから、早くハープズフトの方に行きな」
「わかった。武運を、祈っておこう」
「おう!」
そんな言葉を交わした直後、シュトルツは『転移』して消えてしまった。
「……それじゃあ、始めましょうか」
そうして四人全員が、一気に武装する。
「久しぶりに、僕達全員、本気を出そう」
エルピスは、ひと振りの聖剣〝勇剣〟と、一枚の聖盾〝希盾〟を召喚し、手に取った。
「…………滾るな」
シュタルクも、『格納空間』から自身の最大の得物である戦斧〝剛健〟を取り出す。
「私の力も活かせるならば──」
ラインハイトも、星杖〝白き純潔〟光と共に召喚。
「天使様に祈りを」
最後となったアインザッツも、その手に聖典を持った。
「じゃ、封印を解くよ」
「お願いします。──その前に、支援魔法を……。最上級膂力増強、最上級敏捷強化、魔力増加、最上級武具強化」
「ではわたくしからも……。絶対的な聖なる加護、神聖霊気、潜在能力解放」
「……これだけやれば、十分でしょうか?」
「本気だね。君達が援護に集中してくれるのは、僕達としても嬉しい限りだ」
「そうだな。これで俺も、本気を出せる」
この二人の本気はちょっと怖いんですけどね──と、内心で呟くラインハイトであった。
「よし、今度こそ──行こうか」
エルピスが、目の前にあった魔法陣の線をかき消した。
魔法陣の中心にあった巨大な氷柱が砕け散り、中から幼い体が飛び出した。
竜胆色の髪は美しく、開かれた瞳に生気はないが、それでも美しい浅葱色。
暫くして、その瞳に生気が舞い戻った。
瞳から放たれる眼光は、凶悪にして凶暴。
「……アンタ達、誰? アタシの封印を解いたのは、どいつ?」
「僕だ。今から君を討伐する」
「アタシを? ……ククッ、ククククッ! ついにアタシを討伐しようとする奴が現れた!! こんなに面白い事はない!!」
「どうしてだ?」
「エサの方から来てくれたんだぞ? 感謝してもしきれない! けど、死にたくもないな。アイテルカイトの野郎に仕返さなくちゃいけない」
「……〝傲慢〟のアイテルカイトか」
「その通り! アイツ、アタシ達を裏切って〝善徳〟の奴なんかと組みやがった!! しかも、〝慈愛〟なんかと!! 改心して、良い奴気取りかってんだ」
幾つかのキーワードを繋ぎ合わせ、エルピスはフェレライを〝理解〟していく。
(〝善徳〟……と言っているね。リーベ……の事かな。聞けば誰だってわかる事だけど、こんな些細な事の詳細な確認が重要だったりするんだよね)
そんな事を思いながらも、エルピスは再度視線をフェレライに向ける。
「僕達は、彼から君を倒すように言われている」
「はァ?」
「君が最も憎むであろう、〝傲慢〟のアイテルカイト……今の名は〝シュトルツ〟だね。彼に、頼まれたのさ」
この言葉に乗ってくると確信し、エルピスはこれを言い放った。
挑発に乗ってくれれば御の字。ま、乗ってくるだろうけど──と、エルピスは内心でほくそ笑む。なぜなら、既にラインハイトが背後で行動を開始している事に気づいているからだ。
そして、挑発の結果は──
「────はァ? はァアア? 何だと、何だと? クソ、クソッ、何だってェ? あの、アイツ、アイツ、あの野郎──ッ!! いつか、いつか、アタシ達の手でぐちゃぐちゃにしてやるッ!! お前も! 目障りな人間も! 全部全部全部全部!!」
成功だ──と、やはり内心でほくそ笑むエルピス。
(シュトルツが言う通り、かなり幼稚だ。気に入らない事があると、すぐに癇癪を起こす)
同時に、思ったより楽に終わりそうだ──とも、エルピスは思うのであった。
──かくして、戦いが始まろうとしている。
「まずはお前から──」
「ありがとうね」
「はァ?」
「時間稼ぎに付き合ってくれて」
「なっ──」
最後まで、フェレライは気づかなかった。否、気づけるはずもない。なぜなら、それは、その魔法術式は──
「──爆裂魔法──」
──一万年を生きる、耳長族の上位純血種、風精人の魔法使いによって緻密に計算され尽くした『無音詠唱』によって発動するのだから。
「クソが、クソがァ!! アタシをハメやがったなァ────ッ!!」
そんな絶叫と共に、フェレライが光に包まれた。
「退避だ。ラインハイトは僕に任せて」
「俺が防御役を引き受けよう」
そう言ったシュタルクの前方に、巨大かつ強固な闘気障壁が展開された。
シュタルクは魔法が不得意ではあるが、殺意、闘志、戦意の具現化である『闘気』を扱うのには慣れていた。『闘気』の物質化も可能であるし、それで形成した障壁で仲間を守る事も出来るのだ。
凄まじい爆風に曝されながらも、シュタルクが展開する『障壁』は依然として安定している。このまま、受け切れる──
◇◇◇
爆風が晴れ、溶けた氷が見える。術式範囲内にあった氷土は蒸発したらしく、綺麗にえぐれていた。
「流石はラインハイトの術式だ。ここまでの攻撃を行えば、流石に〝概念竜〟と言えども──」
「待て」
エルピスの早まった発言に、シュタルクが待ったをかける。
そこで、流石のエルピスも事を察した。
──まだ、戦いは終わっていなかった。
「……流石に、こんなに楽勝じゃないよね」
煙の向こうから、黒焦げになったフェレライが現れたのだ。
「ゲホッ、ゲホッ……。ク、ソが……テメェ、こんな……小賢しい事を……」
「風体に合わない言葉遣いだね。君はもっと、幼稚な言葉遣いが似合うんじゃないかな?」
「クソッタレの人間風情が、このアタシになんて口聞きやがる!! けど、残念でしたァ。ほれこの通り、お前らが小さい脳みそ回して講じた策も、アタシの『超速再生』の前じゃ無意味にも等しいね!」
フェレライ自身が言う通り、先刻の爆裂魔法で与えた傷も問題なく『再生』していた。
「流石に一筋縄じゃいかないね。これで終わってくれれば、僕達の労力を割かずに済んだものを」
「最初から自分が戦う気の癖に、何を言ってるんだか」
「……抜け駆けは許さんぞ」
「穏やかじゃありませんねぇ……」
策が通じなかったというのに、チーム〝勇希〟はお気楽そのものである。これも、長年の経験故であった。
(ハープズフト相手では、策を講じる隙もなかった。ラインハイトとアインザッツを完全に支援一辺倒にしなければいけない程だったからね。それに比べれば、まだマシさ)
……こういう事情があっての事、でもある。
「テメェら……アタシを無視してんじゃねーよ!!」
「まずシュタルクが前へ。僕は、シュタルクが作る隙を突いて攻撃をする。ラインハイトも同じように、隙があれば攻撃を。アインザッツは、変わらず支援と回復へ。アインザッツだけじゃ回らなくなったら、ラインハイトが補助するように」
「「「了解」」」
即座に適切な指示を出したエルピス。同時に、シュタルクが駆ける。雑種強勢故の小柄さと頑強さを活かし、攻めの姿勢を全面に出して。
「フンッ!!」
「なっ、強っ──」
自慢の得物である戦斧〝剛健〟の刃を振り下ろし、フェレライの腕を切り落とした。フェレライは防御するつもりのようだったが、シュタルクの攻撃は防御出来るものではない。
「聖閃──」
出来た隙に、エルピスが〝勇剣〟による一撃を叩き込む。──が、しかし。
「……流石に、一刀両断は難しいか。硬い」
「流石の俺でも無理そうだ」
相手は〝竜〟なのだ。流石の自信過剰なエルピスも、そんな事はわかっている。
なので──
「──風刃大魔嵐!!」
──第二策を講じていた。
ラインハイトが使う魔法は、全て『全文詠唱』と『無音詠唱』によって威力及び効果が底上げされている。
そんな中で放ったのは、元素魔法:風刃大魔嵐。無数の『風刃』を含有した嵐を作り出す、風属性の上級元素魔法である。
「ああああああああああああッ!!」
フェレライは、無数の『風刃』で全身を斬り刻まれていた。
暫くして、嵐が止んだ。その暴威に曝されていたフェレライの体は、見るも無惨だ。全身に深い切り傷が出来ており、血も流れていた。
「更に隙を作ります──空圧大魔砲!」
空気を圧縮した砲弾が放たれ、フェレライを吹き飛ばす。
「助かった!」
「お安い御用です」
(勢いは緩めない方がいいね。今のところは押せている。ただ、油断は禁物……だよね)
なんたって奴の権能は厄介だからね──と、エルピスは考える。
触れられれば一発アウト。
有機物・無機物関係なく、果てには魔力や魔法をも食らってしまえる。そんな理不尽な権能こそが、フェレライの暴食の泥沼なのだ。
「上級体力回復」
「助かります、アインザッツ」
「魔法連発、しかもこんな上級魔法ばかりだと魔力消費も激しいでしょう。少しお休みになって」
「そうも行きません。私にも、役目がありますから。回復は、お願い致します」
「……。喜んで」
物陰でそんな会話を交わす余裕が二人にあるのは、エルピスとシュタルクが相変わらず頑張ってくれているからだ。
二人は、一度も触れられずにフェレライを圧倒していた。
「チィ、アタシの権能がバレてんのか?」
「事前情報としてね。触れられてはいけない、って事ぐらい」
「十分じゃねーか」
ただし、フェレライもそのままの状況を許さない。
「炎熱大魔槍!!」
元素魔法:炎熱大魔槍。炎の槍を作り出すだけの、簡単な効果ながら汎用性抜群の、火属性の中級元素魔法。
フェレライはこれを、数多にも作り出している。
「炎の雨を味わった事はあるかなァ? ケヒヒヒヒッ!」
下品な嗤い声を発しながら、フェレライが合図を出す。すると、数多にも分裂した炎の槍がエルピス達に襲いかかった。
(物質化した炎の槍……。炎自体は問題ないが、どれだけの殺傷力があるか未知数だな……)
それを測るために、エルピスはわざと炎の槍を指に掠らせた。
すると──槍は指を焼きえぐり落としたのだ。
(ラインハイト達が掛けてくれた強化すら貫通するか……。厄介な技だ)
「見ていたかい? この攻撃は、僕達に掛けられた強化も貫通してダメージを与えてくるようだ」
「わかっていますわ──対衝撃結界・対魔法結界」
アインザッツが使ったのは、対衝撃と対魔法に特化した二枚の結界。物理と魔法を、両方とも遮断する、人類最強の複合結界だった。
流石のフェレライと言えども、この結界を突破する事は出来ない──の、だが。
「キャハハハハッ!! やっぱり使うよなァ、『結界』をォ!」
フェレライの狙いは、違った。その狙いとは──
(しくじった! まさか、まさかこれは──)
フェレライが対物理・魔法複合結界に触れる。
当然だが、物理的に触れた対象は魔法によって作り出された結界だろうが何だろうが食らう事が可能だ。それを学習する事も可能だし、魔力に変換する事も出来る。
なので──
「……そん、な……」
ラインハイト自慢の結界も、直接触れられる距離にまで近付いたフェレライの前では無力なのだ。
音すら立てず、結界が消えた。
「晴天閃」
「閃天撃ッ!!」
エルピスとシュタルクの、息の合った技。
双つの閃撃が、フェレライを襲う。──が、フェレライは構わない。
「アイン、ラインハイトを連れて早く逃げ──」
「逃がすわけないでしょ」
神速。
移動したフェレライが、ラインハイトの首を掴んでいた。




