第4話 夜襲
フィエットと暮らし始めて数カ月が経った。
自分でも、本当に穏やかな日々を歩んだと思う。
フィエットは本当に優しい娘だ。まあ、俺みたいな得体の知れない魔物の世話をしてくれる辺でもう察せられるけどな。
まあ、何にせよ、俺にとっては大助かり。
──このまま、平和に暮らしていくと思っていた。
しかし、そんな中の、ある日の出来事だった。
いつも通り、森で木の実を採集している時。
ガサリ。
また、草をかき分けるような音。
すぐに、俺もフィエットも周囲の警戒を始める。
音の方を見てみると、少し離れたところで人間が腰を抜かしていた。
「きゅい?」
「ひっ、ヒィッ!?」
信じられない程怯えている……。
けど、何かおかしい……? 怯えているのは……俺ではなく、フィエットの方ではないだろうか。
でもどうして……?
「あっ……あ、あっ……」
フィエットもなんだか動揺している様子だし、何かありそうだ。
「ヒィッ、ひぃいいい──っ!!」
悲鳴を上げて、男は走り去ってしまった。何だったんだろう……。まぁ、いいか。
◆◆◆
リュウガとフィエットが住んでいる洞窟より北東に、とある集落があった。
ある伝説が残る、古い集落。
『大いなる恐怖を振り撒く厄災が眠る地。満ちし時に、黒く光る御髪を持ちし少女産まれる。その時こそ、目覚めの刻なり』
──という、ありがちな伝説。
その地に眠る厄災は、黒と銀が混ざったような髪に濁った紫色の瞳を持つ。人の姿をした、化物。
集落にある家屋の一つに、血相を変えた男が入り込んできた。
「ふぇ、フェルシュ様!!」
「うん? どうした?」
「ふぃ、フィエットが……!」
フェルシュと呼ばれた青年が、フィエットという名前に反応する。
「……生きていたのか」
「はっ、はい!! 何か、見知らぬ魔物と共に、とも、ともっ、共に、く、暮らし……」
「落ち着け。話は、後でゆっくり聞こうじゃないか」
「は、はい……」
男は、一旦は青年が住まう家屋から出ていった。
青年は喜ばしく思う。
(まさか生きているとはね。村人達が迫害して追い出した時はどうなる事かと思ったが……なんだ、運命はこの私に味方してくれている。まさに、「命」を「運」んで来ると書いて「運命」……だな)
そんな事を思いながら、青年は立ち上がる。
近くにいた男に向かい──
「出来るだけ全ての傭兵を連れて、私についてこい」
「了解しました……」
それに、目も虚ろな男が答えるのだった。
◆◆◆
時刻は飛び、現在は夜だ。フィエットももう、ぐっすり眠っている。
……ところで、昼の男は何だったんだろう?
《さぁね。何かありそうだったけれど、ボク達が気にする事じゃない》
そっか。それも……そうだな。
今日もいつも通りの一日だった。
あとは寝て、また明日。
…………。
眠れないな……。
《珍しいね?》
いや……なんか、ムズムズするというか、どうもあの男が引っかかって……。
どうせ眠れないし、ちょっと星空でも眺めていようかな。そういえば、この世界の星空を見た事なんてなかった。
《いいね。綺麗だよ、こっちの世界の星空も》
そりゃあ楽しみだ。
じゃ、早速──。
◇◇◇
空に浮かぶ、満天の星。
それぞれがキラキラと幻想的に輝き、暗い夜の空を彩っている。
前世で見た景色よりも、何倍も美しかった。
「きゅい……」
美羽とも、こんな景色を見る事が出来たらなぁ……。
こんな綺麗な夜空を、美羽と、母さんと、父さんと。みんなで、見たかった……。
うっとりし過ぎて寝そうになってしまった。
いい感じに眠れそうだし、そろそろ戻って──
《リュウガ、後ろに──!!》
は──?
ルディアの警告を受け、すぐに振り向いた。
すると──
「きゅいっ──」
前から、火が迫っていた。
「きゅ、きゅいっ!」
あ、熱っ!
火は顔に直撃してしまい、凄まじい激痛が顔面を襲った。
クソ、なんだよ、こんな……。
火? なんで火が飛んでくるんだよ?
「ギリギリで気づいたのか。どうしてかな? ただの魔物風情が、こんな知能を持っているだなんて」
暗闇から現れたのは、黒髪に黄色の瞳を持つ青年。
《只者じゃないよ、気を付けて》
そんな急展開ありかよ!?
まずもって目的は何なんだ……?
「まぁいい。やれ」
青年が合図を出すと、背後の闇からゾロゾロと人が現れた。全員が剣や杖を持っている、武装集団……といったところだろうか。
炎、氷、岩……と、色んなものが飛んでくる。俺はそれを必死に回避しているわけだが……どうしたものか……。
《今のところ打つ手なしだね》
そうなんだよ。というかそもそも、これってなんなんだ? 急に火とか氷とか沢山出てきてさぁ。
《これが魔法、だね》
こっちは何も出来ねーってのに……。
クッソぅ……こうなりゃヤケだ!
気合を込めて──
「きゅ──いーーーーーっ!!」
前方に思いっきり衝撃波を放つ! ドラゴンの『吐息』攻撃とかけて、名付けるとすれば『衝撃吐息』!!
放った衝撃波は、俺が思った通りに魔法攻撃を相殺してくれた。もう何度も使っているので、威力も成長しているのだろうか……。魔物を少し怯ませる程度だったあの頃が懐かしい。
「……何だ? 何なのだ、この能力は?」
「きゅいきゅい、きゅいっ!」
教えてやるもんか、ヴァーカっ!
挑発はしておこう。冷静さを欠いてくれたら、逃げる隙が出来るかもしれない。
「……言うじゃないか」
「きゅ──」
──あれ?
腹が……痛い……?
見ると、黒い何かが俺の腹部を貫いていた。
翼を羽撃かせて飛んでいた俺だが、血を吐いて地に落ちた。
「きゅ、い…………」
「ドラゴンちゃん、どうしたの?」
音が大きすぎたのか……フィエットが、起きて、しまった……。
「ごふっ……きゅ、い……」
「どら、ごん……ちゃん……?」
ああ、ダメだ。
ダメなんだ、こっちに来ちゃ。
コイツは、危ない、から。
今すぐここから離れて──
「きゅ、ごほっ……ぎゅ、い……」
逃げ、ろ……。
──ああ、やっぱりだ。
結局は、俺に出来る事なんてないのかもしれない。
「……ハハッ、やはり生きていたんだね。良かった、本当に良かった」
「かはっ……」
続いて、青年の腕から伸びた黒い何かが、フィエットの腹部を貫いた。そして、へその少し下から、何かを取り出した。
「……フフッ、フハハッ! 本当に来てよかった。既に成熟していたなんて! ハハハハ……。これはもう用済みだ。燃やしておけ」
「……了解、しました……」
青年が、背後にいる人々に命じた。
発動されたのは、魔法だろうか。辺りに火がつき、やがて人々も消えた。
フィエットが、俺の隣に倒れ込む。
ああ、だめだ。
やめてくれ、これ以上、俺から奪うのは。
どうして奪われるんだ……。
フィエットや俺が……何を……。
「どら、ごん、ちゃん……」
「きゅい……」
「痛い、痛いよ……痛い……」
「きゅ、い……きゅい、きゅい……」
「あたし……死んじゃうのかな……?」
フィエット、声が震えている。
当たり前だ。誰だって死にたくないし、死にたい奴なんてこの世のどこにも居ようはずがない。
死ぬのは、誰であれ、怖い。俺だって、痛いし、怖い。
「きゅい……」
「ああ……あたし……最後まで、満足に、名前を……がはっ」
また、血を吐いた。
そこまでして伝えたい事なのか? 喋らなければ、助かる、かも、しれないのに……。
ルディア、なぁ、ルディア。
《………………》
どうにか出来ないのかよ、おい。
俺は……俺は、どうなってもいいから。
フィエット、だけでも、どうにか……出来ない、のか?
「どらごん、ちゃん」
「きゅい……?」
「あなたの、名前。あたしが……あたしが、考える。魔物は、名前を貰うと、強くなるって……お母さんが、教えてくれた……。あたし……けほっ、けほっ……あたし、が……あげる。名前……どらごんちゃんの、ほんとのなまえ……」
いらない。
いらない、名前なんて。
名前なんていらない。
助かってくれ。
もうやめてくれ。喋らないでくれ……。
「きゅい、きゅい……。きゅい、きゅいぃ……!」
「……むり、だよ。多分もう、助からない……」
嫌だ……受け入れたくない。
この世界に来ても、身近な人を、失うなんて。
「どらごんちゃん……あなた、の……なまえ、は──」
──アヴラージュ──
フィエットの体から、紅蓮、紺碧、琥珀、翡翠、黄金、深紫、漆黒、純白──八色に明滅しながら輝く球体が抜け落ちた。それは俺の胸元まで移動し、ふんわりとした温かい感触を帯びて……俺の体内に、入っていった。
「────大好き」
どこで覚えたのだろうか。
まだ、年端もいかない少女なのに。
──フィエットは俺にそっと口づけをして、冷たくなった。
さっきまで生きていたのに、もう、石のように冷たい。
肌は柔らかいのに、ただ、温かさだけがすっぽり抜け落ちていた。




