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第42話 離別Ⅳ:予期せぬ再会

 ルディアは一旦、エルフの村を離れる事にした。そして彼が今向かっているのは、エルフの村より北東……そして、ゼルハーク大陸の中心部に位置する多種族共生国家、ヴァーユラン連邦共和国。

 特徴は、その多様性。様々な種族が区画──〝州〟に別れて暮らしており、区画自体は壁で区切られているものの、基本的に出入り自由。そして国家元首も一人ではなく、それぞれの種族の代表者が集って一つの国を統治する政治体制を取っている、人類史で見ても異質な国。

 ──と、ルディアは記憶している。


(ボクがなくした空白(きおく)の中で、何か変革を遂げているんだろうか? もし更に強力になっているのなら、その全体像を把握しておかないとね。来る戦いに備えて──)


 そしてルディアは、道すがら色々と考えた。

 まず、自分がどうしてここにいるのか。最も新しい記憶よりかなり時間が経っているのは明白なので、何らかの異常事態のせいで記憶喪失に陥っているのもわかる。だがやはり、それまで自分が何をしていたのかはわからない。

 そして次に、不気味な喪失感の正体。


(何か……何か大切なものを、ボクは、(うしな)っている……。けれど、それが具体的に何なのか、少しも思い出せない……。そして、ボクの〝心〟に直接語りかけてくるような、奇妙な声は……)


 自分の名前を呼ぶ、知らない声。


(キミは一体誰なんだ!! どうしてこうも、ボクの心を揺さぶる!!)


 怒鳴っても、声は返ってこない。

 怒鳴っていても、苛立ちは感じない。それよりも、声を返して、返してもらいたい気持ちすら覚えるような──。


(どうしてボクの〝声〟は届かないんだよ!!)


 ルディアはそれに、何より苛立ち、何より焦るのだ。

 何か、自分が取り返しのつかない欠陥を抱えているような気がして。


「……へぇ、お前って、そんな顔する事もあるんだ」


 ルディアの背後から、声が聞こえる。その声はどこか気怠げで、やる気のない声。ただ、今のルディアに対する好奇心は感じられた。


「……何の用だい、トレークハイト?」


 振り向いたルディアの瞳に、青年の姿が映った。

 青みがかった銀色の短髪はボサボサで、美しい藍色の目も気怠げな光を放っている。目の下にはクマがあった。


「いんや? たまたま通りかかったら、お前が必死そうな顔してるんで気になっただけだ。それで、どうしたんだよ?」


 トレークハイトと呼ばれた青年は、少しふざけた様子で答えた。


「……ボクはキミにこそ聞きたい。どうして()彷徨(うろつ)いているんだい?」

「おいおい、ちょっと待て」


 トレークハイトが、焦った様子でルディアに説く。


「まさか忘れちまったのか? てか、最近の記憶がねぇのかよ?」


 なんとトレークハイトは、この一瞬で〝ルディアが記憶喪失である〟という事実を見破ってみせたのだ。


「その様子じゃ、ここ千年の記憶は飛んでそうだな……。しゃーねぇ、イチから教えてやっか」


 それからトレークハイトは、かなり真面目にルディアに説明し始めた。

 自分は、危険性の薄さから自由行動を許されている(・・・・・・)事。

 同じ理由で、他と違い(・・・・)封印されていない事。

 そして、今は自由気ままに世界中を巡っている事。

 一連の説明を受けて、ルディアは唸った。


「……その説明だと、シュトルツはキミを許したのかい?」

「ああ。ご存知の通り、俺に他の奴らと同じような凶悪な権能はないからな」

「…………それならば、一応は納得出来るね」

「一応ってなんだよ、一応って。この通り、公正公平な審判の下で、こうして許されているんだからさ」


「ちょうどいい。キミが言っている通り、ボクは記憶喪失みたいなんだ。キミの事を忘れていたから、キミの憶測通り千年分の記憶は飛んでいるだろう」

「そうっぽいな」

「ボクは今、ヴァーユランに向かっていてね。道も変わっているだろうし、案内しながら最近の事について教えてくれないかな?」

「ほーん。まぁ、別にいいぜ。俺もちょうど、ヴァーユランに向かおうとしていたところだからな」


 ルディアの異常を、どの竜よりも早く目にしたトレークハイトは、予想以上の異常事態に戸惑いながらも気を引き締めた。


(コイツぁ、なんかヤベー事が始まりそうな、そんな予感がするぜ。まったく、面倒事は御免だってのにな)


   ◆◆◆


 リーベに回復してもらい、シュトルツの『仮想異空間』から現実世界に戻ってきた。

 シュトルツが言っていたように、少し気分が晴れた気がする。

 ……。

 認めたくない。まさか、自分がシュトルツと同じ戦闘狂(バトルジャンキー)かもしれないなんて……。


「どうだ? 少しは冷静になったし、気も晴れただろう?」

「……うう、認めたくない」

「これは単に、オレが戦闘狂だからとかではない。切羽詰まった時は敢えて別の事をするのも、現状を良くするための術だという事だ」


 ……なんだか、的を射ているような気がする。

 小説家の話でも、〝筆が止まったら書くのを止めるのも手〟らしいしな。性格じゃなく、精神性の話かもしれない。


「……ありがとう」

「素直になったな。これからは、そういう時、オレが手伝ってやる」


 程よくイラつく返しだな……。


「ああ、頼むよ」


 けど、嫌な感じはしない。寧ろ、安心する感じだ。


 それから、一応は療養という形で医務室に戻ってきたのだが……。


「なんでいるの!?」

「はぁ? ……ダル。お前こそ、なんでいるんだよ」


 い、いつぞやのアブーリアがこんなところに……。

 まさか、リーベと共に来ていた、のか……?


「まぁ、アブーリア……またこんなに傷を増やして……。無理をしないでと言いましたよね?」

「……」


 無茶する癖があるようで、リーベからお叱りを受けている。


「あなたは魔人、とはいえ人間なんですから、どうしてもわたくし達と同じようにはいかないのです。自然回復も話にならないほど遅いですし……」

「……すまない」


 なんだ、素直だな。

 というか、あれ? この感じはまさか……。

 リーベに会うために無理をしている……感じではなさそうだが、これはもしや……!

 なんとも言えない微笑ましい気持ちになった。


「おい、何を考えている?」

「あ、なんでもないよ」


 あ、とか言ってる時点で怪しいんだけどね。

 なんでか、こういう思考はバレるんだよねぇ。誰も読心なんてしてないはずなんだけどね。ちなみに、『読心』されるとなんとも言えない違和感に襲われるからすぐわかるのだ。なんどもルディアにやられたからね。

 それで、俺が思考を深層意識に沈めて『隠す』術を編み出したのは、また別のお話。


「……アブーリアはまぁ、聞かれてもいいだろう」


 シュトルツが、急にそんな事を言い出した。

 なんだか、いつにも増して真剣な様子だ。

 大袈裟なほど、心臓の鼓動が騒ぎ出している。何か、重大な何かが始まりを告げるように──


「うん? どうしたんだ?」

「これからお前達に聞かせるのは、国家機密……どころか、オレ達しか知ってはいけない事だ。それを重々承知した上で、聞いてくれ」


 ゴクリと、息を呑んだ。


「リーベ、あれから千年だ」


 あれ?

 ホント、急に何を言い出すんだ?


「……そうですわね。ここで、アヴラージュに出会えたのは(ぎょう)(こう)と言えますわ」

「おいおい、二人だけで話進めんなよ。どういう事だ?」

「太古の昔……と言っても一万年ほど前だがな。その時代、七柱(ななにん)の概念竜が同時に誕生した。深罪の七大竜セブン・デッドリー・シンズ……傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰、七つの大いなる罪、それぞれを司る概念竜達がな」


 七つの大罪。俺が元いた世界にもある、人間に課される原罪から派生した〝死に至る七つの罪〟だな。それらを司る竜も、やはり七体いるらしい。


「その中で、〝傲慢〟を司るのはオレだ」

「えっ」

「安心しろ。この通り、人間を滅ぼそうだなんて考えていない。〝傲慢〟は転じ、〝矜持〟になったからな。それよりも問題だったのが、他の六柱(ろくにん)というわけだ」


 曰く。

 他の深罪(しんざい)は、〝強欲〟のハープズフト、〝嫉妬〟のナイト、〝憤怒〟のツォーン、〝色欲〟のヴォルスト、〝暴食〟のフェレライ、〝怠惰〟のトレークハイト……そして、〝傲慢〟のアイテルカイト、今のシュトルツで構成されているそうだ。

 これらは原罪……つまり、人間の根本に存在する悪意や罪から生まれただけあり、悪意の塊だったらしい。それぞれが凶悪な権能を持っていて、基本的に人類とは敵対関係。彼らから生まれた悪意ある種族もあり、厄介極まりないそうだ。

 ただし、善意からも竜は生まれた。その中の一人であるリーベが、シュトルツを説得し、世界各地に深罪達を封印した……らしい。それが、千年前。


「そろそろ、封印に綻びが生じる頃合いだろう。オレも十分に実力を付けたと自負しているし、何より──……可能性の塊である……アヴラージュ、お前とも出会った」


 ああ、リーベの発言はそういう事ね。

 いい意味で、予期せぬ事態が起きているという事か。俺という戦力が、多分、コイツらの思う以上に強力だったのだろう。

 それから、シュトルツは更に深掘った説明をしてくれた。

 具体的には、それぞれの深罪の危険度について。

 当時の筆頭はシュトルツ……というかアイテルカイトで、一番強かった。七つの大罪で見ても〝傲慢〟は最も深い罪とされているので、納得である。

 ……しかし、今の筆頭にして最強は〝強欲〟のハープズフト。


「ヤツの権能……ユニークスキルとも言うそれは、強欲の炎(グリードフレア)というものだ。欲望を力に変換する効果を持つ」


 つまるところ、欲しがれば欲しがるだけ力が手に入る、という事らしい。

 ……。

 最強じゃん。

 勝ち目なくない? シュトルツの話によると、欲しがれば欲しがるほど力が増す……つまり魔力の総量、限界量が増える、という事らしい。


「勝ち目があるとすれば、オレとアヴラージュの共闘……ぐらいだろう。対抗策になり得るのは、オレの『本質反転(アンヴェルシオン)』、〝虚飾〟の能力のみだな。力押しでは、まず勝てん」

「……あの」

「む?」

「その『本質反転(アンヴェルシオン)』ってのは……?」

「…………」


 そこからだったか──とシュトルツが呟き、説明してくれた。

 曰く、『本質反転(アンヴェルシオン)』というのは、感情系を司る一部の概念竜のみが使える特殊技能との事だ。名の通り『概念の本質』を反転させるものらしく、シュトルツで言えば『誇り』を『虚飾』に変え、リーベの場合は『愛』を『憎しみ』に変えるらしい。

 で、会話で出てきたシュトルツの『反転』である『虚飾』は、戦場そのものを偽る『完全洗脳』……漫画の強キャラに一人は居そうな能力だ。物事を偽る効果があるので、〝強欲〟にも十分に通用する……という見通しだそうだ。


「そういう事で、アヴラージュ……ついでにアブーリアに手伝ってほしいのは、各地に点在する〝石室〟に封印した深罪達の討伐だ」


 視界の端で、アブーリアが「ダル……」と呟いた。

 相変わらずアンニュイな奴である。


「そして……アヴラージュ」

「あん?」

「この任務では、各地を巡る。お前には〝ルディアを見つける〟という目的があり、各地を巡れば見つけられる可能性も上がる。無鉄砲に動き回るより、目的を持っていた方が迷う事も少なくなる。悪い話ではないと思うが、どうだ?」


 ……確かに、悪い話ではない。どころか、それは嬉しい申し出なまであるな。

 確かに、名目を持った上で各地を巡るのは、行動に疑念を抱く事も少なくなるだろう。孤独に旅するわけでもないので、寂しくなる事もなさそうである。

 何より、そんなヤバそうな奴らが目覚めるって言うなら放っておけない──ってのは綺麗事だが、まぁいいだろう。


「断る手はない、な。受けるよ、その提案」

「フッ、お前なら乗ってくれると思ったよ。ちなむ話だが、アブーリアに拒否権はない」

「……嘘だろ?」

「リーベには、お前が必要だ。リーベには攻撃的な『反転』があるが、基本的には補佐(サポート)に向いた力を持っているのだ。強力な前衛は必要不可欠だよ」

「……チッ。まぁ、いいだろう」


 舌打ちしつつも、アブーリアもシュトルツの申し出を受諾してくれた。

 かくして、過去類を見ない最大級の戦いが幕を開けようとしている。

「七つの大罪」って小説を書く上で絶対使いたかった設定なんですけど、問題が一つ。

結構序盤も序盤の今、これ使っちゃっていいのかな? まぁ、大ボスが大ボスなんで、今使ってもいいかなって思っちゃった私なんですけどね。

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