第40話 離別Ⅱ:血湧き肉躍る
ルディアを出迎えたのは、名も無きエルフの少女だった。
ルディアがその少女を介して知ったのは、自身の現在地点がゲルドバード大陸の北西端にあるエルフの村である事のみ。
(情報が少ないな。ボクが今まで何をしてきたか……もっと知らないと)
そして唯一、最近の事でルディアが覚えている事と言えば──
(クソ……何なんだよ、この……奇妙な、喪失感は……)
覚える謂れのない、奇妙な喪失感。
今のルディアは、アヴラージュが知るルディアではない。冒険者チーム〝竜星〟のメンバー、S+ランク冒険者のルディアではない。
(ボクは、ただの放浪者……〝抜け殻〟、〝伽藍堂〟のルディア……人間から恐れられる、竜災級魔物。それが、ボク)
太古より、人の姿をしながら人の魂を持たぬ化物──〝伽藍堂〟とさえ呼ばれた竜災級魔物のルディアなのだ。
「どうしました? かなり長くお考えなさっているようですけど」
「え? ああ、ううん? なんでもないよ? それより、もっとその話を聞かせてくれないかな」
「そうですか、ならいいんですけど。それでですね? 最近、南の空に凄い爆発が短期間に二回も起こりまして──」
当たり障りのない会話をしながらも、ルディアは苛立つ。
「アーテシュアーブ大陸にある〝炎の谷〟っていう、有名な場所があるんですけど、そこが氷に覆われて、今度は〝氷の谷〟になったって!」
爆発。
炎の谷。
南。
氷。
炎。
連鎖的に伝えられる幾つもの単語が、彼の頭に痛みを与える。
(クソッ! どうしても、どうしても拭えない……! 奇妙な──奇妙な、喪失感が……っ!!)
ルディアの心は痛みを訴え、ルディアの体は苛立ちを訴えている。
今の彼には到底、その原因を理解する事は出来ない。
(それに……母さんはどこだ? どうしてボクの傍にいないんだろう?)
「……ねぇ、キミ」
「はい?」
「キミはさ、〝プリヴァシオン〟という名前を、聞いた事がある?」
◆◆◆
「……それで、お前はこれからどうするんだ?」
「…………どうって?」
「いつも通り過ごすのか……それとも、って事だ」
優先第一は、ルディアの捜索と脳の治癒。
そして、ルシェールとシュジェの始末。
「……そうか」
ルディアが記憶を失っている……なんて、思いたくない。俺の事を、忘れているかもしれない、なんて。
「アヴラージュよ」
「あ?」
「……そんなに根を詰めるな。緊張の糸も、張ったままではいつか切れてしまう。それが戦闘中に起きようものなら、お前は終わりだ」
…………それもそうか。
「……そうだな、ありがとう」
「ああ。して、アヴラージュ。オレから一つ、提案がある」
「何だよ?」
「何度か、オレと一戦交えないか?」
「は?」
急に何を言い出すんだ、コイツは?
一戦交える……俺と戦う、って事だろうが……それにしても、なぜ急に?
「相手は、あのルディアが遅れを取るほどのヤツだ。あの、ルディアが、だぞ? お前では到底、勝てるはずもない」
グサッ。
「それにお前は、魔法の扱いも粗末なものだ。ただ単純に術を使っているだけに過ぎず、工夫もクソもない」
グサグサッ。
「元素魔法が不得意なのも相まって、手札も少ない。腕力もオレより弱い。ルディアも腕力は俺に劣っているが、アイツはアイツで凄まじい権能を持っている。が、お前は自然現象の操作程度だ」
そんな言葉のナイフでグサグサと刺さないでもらっていいですかね。
確かに腕力がないのも認めよう。ギルドで測った膂力も、B判定だったしな。でもさ、自然現象の操作って強くない? 逆に、その力を真っ向からぶっ潰せるシュトルツが異常なのでは?
「ハッキリ言うが、ルディアはオレより強い。そんなルディアが遅れを取ったのだから、オレとお前はもう少し強くなっている必要がある。その上で、一戦を交え、互いを高め合うというのは、最適な訓練方法だ。お前は、オレのように単純な力でねじ伏せる相手への対抗策を得られるかもしれない。対するオレも、お前のような権能を駆使するタイプとの戦い方を覚える機会を得る。悪い話ではないはずだぞ」
確かに、悪い話ではない。
「それに、気分転換にもなるぞ? 戦うという行為をすると、スカッとする」
俺はシュトルツみたいな戦闘狂じゃないんですよ。
だから、ちょっとその感覚は理解出来ないかな。
……でもまぁ、やってみる手はありか。手段も行為も、選り好みしてる場合じゃないしね。
「……わかった。受けるよ。戦場は、用意してあるんだろ? サッサと案内してくれ」
「その意気や良し。すぐにでも案内しよう」
◇◇◇
シュトルツに案内されたのは、底抜けに広い荒野。その土地は際限なく広がっており、周りにあるのは精々、凸凹とした岩地、山岳。
「ここは?」
「オレが作った『仮想異空間』だ。お前も『空間操作』というレアスキルを極めれば……『空間創造』も可能になるぞ」
うーん、それって何百年必要なんだろう。
ま、いいや。
「早く戦ろうぜ」
「いいだろう」
「……では、監督はわたくしが──」
集中。
鼓動が早まる。心臓の鼓動を感じる度に、魔物の体にも心臓がある事を思い知る。脈打つそれは、俺に、様々なものを教えてくれた。
フィエットやルディアがいる時の安心も、
それが奪われる時の放心も、
誰かを助ける事の充足感も、
戦う覚悟も、
出会いの感動も、
全部。前世の俺が、何一つ知らない事も、全部。
「──始めッ!」
ルディアと離れたくない。
想い出を手放したくない。
そのためなら、幾らでも──
◇◇◇
戦いが始まった。
シュトルツが行うのは、魔力を込めた拳での、単純な殴打。
俺が行うのは──
「大地震撃」
精霊魔法:大地震撃。土属性の、最上級精霊魔法。
──ルディアから、教わっていた。
この世界の土地とは、元来属性を宿すものだ。特に、土地の大部分を占める大国には。例えば、俺が最初に辿り着いた大国であるアグニルと、その周辺の土地に宿るのは、〝火〟属性。
アグニルより東にあるヴァルネリは、〝水〟属性。そして──アーテシュアーブ大陸の北東に位置する大陸国家〝プリティヴィ・ゼルハーク地帝国〟に宿るのは──
「────クッ、そうか、お前も掴めてきたらしい」
「お陰様で! 最近、戦ってばっかだったんでな」
強大にして、母なる〝土〟の属性。
ルディアがいなくなって初めて気づく、ルディアの重要性。元より思ってはいたが、それは、思っている以上に──。
「さて、お前はどうする? どうやって、このオレに対抗する?」
頼り切りではいられない。
もう、二度も経験した。失敗は許されない。ここで出来なきゃあ──
「〝概念竜〟の名折れだ!!」
力が湧く。
心臓の鼓動は更に早まって、更なる戦いの激化を知らせている。
「──よくやった」
もう二度と、負けられない。




