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第38話 離れ離れ

 事件の内容はこうだ。


『ある日を皮切りに、幼い女の子供やか弱い女が失踪し始めた。まずその時点で、不審に思った奴らがギルドに依頼を出し始めた』


 その頃は、単なる迷子か家出か……そういうものかと疑っていたらしい。


『が、違ったな。依頼を受けてその子供を探していた冒険者も、消えちまった。それからも失踪者は増え続け……今じゃ、こんな人口さ』


 だから閑散としているように見えた、というわけであったのだ。

 ただし、冒険者でない男やお年寄りは残っていたので、聞き込み調査。

 ……が、目ぼしい情報はなし。「わからない」の一点張りだ。しかも、何かを隠しているという感じでもない。なので、ほぼ一からの捜査になっている。

 ただ、一つ。もう一つだけ、一貫していた結果が得られた。


『あの森には近づきたくないねぇ、関係あるかはわからないけど』

『直感だけど、あの森が一番危険なんじゃないかな』

『あの森が──』


 トランキールより北部にある、なんとも言えない不気味な雰囲気の森。人食い、神隠し、バラバラ殺人、呪い……等々、様々な逸話……というか噂話が飛び交っている森。


「……この森に何かあるのは間違いないね。キミの言う〝なんとも言えない不気味な雰囲気〟は、この森から放たれている瘴気によるものだ」

「瘴気?」

「呪気、とも。精神を蝕む呪いの霊気だよ。瘴気は、死人の怨嗟によって生み出される。ボク達が放つ〝覇気〟や……その元を辿った〝魔気(まき)〟と同系統の現象だね」


 魔気とは、漫画などでよくある〝オーラ〟と同様のものだ。これがスキル化する事もしばしばあるらしく、そのスキルは対象に圧迫感や恐怖心を植え付けるものだったりするそうだ。

 ちなみにルディアは〝魔気〟の上位版である〝覇気〟を扱えるらしい。覇気を浴びた人間は覇気の元となる存在に服従するようになったり。便利……というか、怖いスキルだなと思った。


「だからまぁ、ここで数多の人間が死んでいるっていうのは、間違いじゃない。その死人が生み出した怨嗟による瘴気……それがある事で、人間が寄り付かなくなっているんだね」

「ほーん……」

「ちなみに、多分見つからないのもこれが原因だ」

「行方不明者が、って事か? それはどうして?」

「言っただろう? 瘴気ある場所に人は寄り付かない。つまり、殺人鬼にとっては絶好の隠れ場所ってわけさ。ここで死体が見つけられてても噂話に拍車をかけるのみだし、人が寄り付かないなんて最高じゃないか」


 た、確かに……。

 俺達は種族的に人外なので、この程度の瘴気で精神が蝕まれる事もなし、恐怖心を植え付けられる事もない。なので問題はないが……。


「今まで捜査に当たっていたのは人間の冒険者だろう。亜人の冒険者もいるだろうけど……そもそも数が少ないし、多分殺されているだろうね」


 うーん、これをする動機は何だろう?

 常軌を逸した思考をするマッドサイエンティストとかだったら、俺に動機や動向を予測する事は出来ない。

 だが常人だと考えると、こんな事をする必要がない。


「かなり悩んでいるようだけど、まずはこの森を捜そう。何かヒントが見つかるかもしれないしね」

「ああ、そうだな」


   ◇◇◇


 不気味な雰囲気。

 背筋に悪寒が走る。

 吐き気すら催すほど、血生臭い。


「…………大丈夫かい?」

「え? あ、ああ。大丈夫だよ?」


 変な答え方をしてしまった……。

 これまでに、死体を何体見ただろう? そのどれもがぐちゃぐちゃで、原型を留めていなかった。それでも人間の死体だとわかったのは、血が赤かったから。魔物の血は、魔子を大量に含有する〝紫色の血〟だから。

 中には、赤と紫の血が入り乱れている死体もあった。虫のような魔物と人間の死体同士が混ざりあったような、とてもグロテスクなものも。

 本当に──


「あアぁァァア……」

「っ!?」


 なんだ……?


「タすケテくだサイぃ。ナンでモしますカらァ〜」


 ガサガサと草をかき分ける音が聞こえたかと思えば、次には人間のものとは思えない声。しかし、声色は人間そのもの。

 トカゲのような皮膚に、人間の顔。

 歪だ。漫画や小説で見る〝龍人族〟なんてものよりももっと、恐ろしくて歪。無理やり混ぜられたような、そんな感じ。


「…………歪だね、マゼコゼだ」


「たァすぅケェテぇ〜〜〜〜っ!」

「!?」


 突っ込んできやがった!? この改造人間、目的は──


「たスケて! タすケテ! たスけてタすケテたスケてたスけテタ──」


 ルディアが、持っていた(さん)()(けん)で改造人間の首をはね飛ばした。

 やっぱり、こういう時は容赦のないルディアが頼りになる。

 俺は、恐れている。こうなってしまうと……不甲斐ない事に、俺は戦えそうもない。

 そんな事を思っていた、その時だった。


「ほほう、躊躇しないんですね」

「何者かな?」

「そんな警戒しなさんな。まぁ、無理もないか。勝てそうもないので晒してしまいましょう。私の名はルシェール。あなた方が捜査している失踪事件の犯人です」


 ルシェール。

 コイツが……。


「私はね、最強の生物を造りたかった。老いず、死なず、負けず、どこにも行かない、最強の生物」


 ルシェールが俺達の困惑も気にせず自語りを始めた。


「それはもう、沢山の失敗作を生み出しましたよ。上手く適応出来ず死んだ個体(モノ)、有り余る力で自滅した個体(モノ)等々……。ですが、ですがですがですが!! 最近になってようやく、ようやく! 被験体になってくれるという女性(ヒト)が現れた。今思えば彼女は人間だったのか? それともそれを超越した存在だったのか。それはわかりませんが、とてもいい被験体(サンプル)が手に入っている!! 最高ですよ!!」

「話をやめろ。もう、喋るな」


 コイツは、人間なのか?

 それとも、人の皮を被った化物か。俺の『解析』スキルや解析魔法(アナライズ)は、コイツの種族が〝人間〟であるという結果を俺の脳に与えた。

 しかしどうしても、受け入れられない。こんな、こんな、人を物としか思っていないコイツが……俺と同じ、人間だったなんて。


「…………ああ、そうですか。それならあなたも被験体になってください。シュジェ、生け捕りにしなさい」

「は〜い♪」


 現れたのは、まだ小柄な少女。

 ルディアに似た深い青色の瞳と、くすんだ白色の長髪。髪はボサボサで、整えられていない。


「……………………」


 ルディアは黙っている。


「どうしたんだよ、ルディア?」

「…………キミは、ルシェールを捕らえる事に専念して。彼女の相手はボクが()る!!」


 (さん)()(けん)を構えたルディアが、少女に飛びかかる。

 ルディアにしては珍しい、必死な形相だ。それも、シャムを相手取った時のような──って、余所見している場合じゃない。俺はルシェールを、だったな。


「覚悟しろよ」

「私は捕まりたくないので、逃げます。時間稼ぎはこの仔達がしてくれますしね〜」


 おちゃらけた様子のルシェールは、俺から逃げるために走り出した。それと同時に、俺に何かが飛びかかる。


「おイしい? オイしい?」

「おテて、あラウ。おてテ、あらウ」


 歪んだ子供の声のようなうめき声を出しながら俺の体にしがみつく、改造人間。

 ──まだ、子供なのだろう。

 迷いながらも、黒銀蒼の竜剣(カレドヴルッフ)で改造人間を斬り捨てる。


「この……クソッタレやろ──」


 ──『歪曲消去(イレイス)』──


「う……」


 景色が一変した。

 周辺は、まるで東京都心のような発展した街並み。どう考えても、先程までいたトランキールではない。では、どこなのか?

 わからない。


「なんだあいつは……」

「急に現れたぞ?」

「転移……? だが、『帝国結界』があるから……」

「じゃあ、何だ?」

「と、とりあえず、軍に連絡するんだ。早く!」


 周りがざわついているな……。

 ていうか、軍に連絡だって? 警察組織……かもしれない。捕まるのはマズイな……。


「ルディア──って、あれ?」


 ルディアもいない……?

 視界の端で、ルディアがシュジェという少女にトドメを差し掛けているのは見えた。

 そして聞こえた、『歪曲消去(イレイス)』というコトバ。

 …………結局、何をされたかわからん。


「動くな! 軍警察だ!!」

「軍……警察?」

「……知らないのか?」

「ああ、知らない。というか、ここ、どこ?」


 本当にわからないので、素直に疑問をぶつけてみる事にした。


「……とりあえず、話は署で聞こうか。任意だが……来てもらえるね?」


 急に態度が変わった……。まぁ、ここは、従っておこう。


「わかりました。案内してください」


   ◆◆◆


「……クソ」


 ルディアは、誰もいないその場所で呟いた。


(取り逃がした……よりにもよって、ボク自身が戦っておきながら……)


 まさか母さんの能力を持った被験体がいたなんて──と、ルディアは内心で独白する。苛立ちを抑えながら、飛ばされた先である森の中を進んでいく。

 その状況下でまず、ルディアは記憶を整理していた(・・・・・・・・・)


(あれ、母さんの能力を持った被験体? ボクはどこでその判断を……いや、そうか。彼女が使ったのは『歪曲消去(イレイス)』だったね。そう、アヴと一緒に戦っていて──)


 そこまで考えたところで、ルディアは一旦思考を止めた。


(アヴ? アヴって、誰だろう? ボクはどうして、そんな名前を思い浮かべて……?)


 ルディアは心底疑問に思いながらも、想定外の事態による混乱──と割り切って、森を進むのを再開した。

 少し歩いて、道が開ける。

 そこにあったのは、小さな家が転々としている集落だった。そして、そこに住まうのは──


「あら、珍しいですね、お客様だなんて」


 長い耳に、美しい人間の体を持つ亜人種(デミヒューマン)──耳長族(エルフ)だった。ここは、エルフの集落だったのだ。

 出迎えてくれたのは、まだ年端もいかぬ少女──にも見えるが、エルフは精霊に準ずる種族の一種で、かなりの長命種族。見た目で年齢は測れない。


「…………ゴメンナサイ。道に迷ってしまって。ここ、どこですか?」


 ──ルディアは、少女に向かってそう問いかけた。

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