第35話 満喫と問題
──翌朝。
夜が明けるまで泣いて、疲れて寝てしまったシルティアスをわざわざ背負って帰ってきた。
なんというか、懐かしい。前世でも、遊び疲れて寝てしまった美羽を背負って帰ったっけ。
ちょうど首都に入ったところ、シュトルツ達に出迎えられた。ルディアが手配したようで、二人とも寝ていない様子である。
「そもそも、オレ達にとって睡眠とはある種衝動的なモノだ。逆に、定期的に行っている人間がおかしいという認識だな」
だそうだ。
もしかすると、俺もそうなのかもしれない。まぁ、前世が人間なので、〝夜は寝るもの〟という認識が抜けきっていない感はあるが。
「……それで、それはどうした?」
シュトルツが指しているのは、俺が背負っているシルティアスの事だろうな。自分でも、仲は悪くないが良くもない……という関係だったように思うので、多分それで違和感を覚えたのだと思う。
「ああ、これね。ほら、シルティオスの事でさ……」
「……深くは聞かないでおこう」
ま、流石のシュトルツも触れられないよな。シルティオスはシュトルツ達にとっても旧友だったようで、そりゃ悲しいなと、そう思ったのだった。
「……人を〝これ〟呼ばわりって、酷くない?」
おっと、シルティアスが起きているのに気づけなかったぞ……。
「お、おう、スマンな。起きたなら、降りるか?」
「………………いや、もうちょっとだけ、このまま……」
なんだと?
変な奴である。あんなにツンツンしていたのに、今ではこれだ。
まったく、概念竜共が考える事はいつまで経ってもわからんままだ。
「じゃ、文句言うなよ?」
「……もう、言わないよ」
シルティアスがいるので、飛ぶ事も出来ない。結果、徒歩である。まぁシルティアスを気遣いながら飛ぶ方が歩くより面倒なので別にいいけどな。
『念話』でルディアに指示されながら進む。進んだ先には──
「……マジか」
明らかに高そうな宿屋。
おいおい……どういう事だ……?
「マジだよ。ボクがさ、お金を持っていないとでも?」
「いや、そこじゃなくてさ。なんでわざわざ高い宿にしたんだ……?」
素直にそう聞くと、ルディアはとんでもない事を言い出しやがったのだ。
「え? だって、高い方が満足したサービスを受けられるだろう?」
馬鹿めルディア。
俺はまだまだ小市民の感覚が抜けきっていない。というか、小市民どころか浮浪者なのだ。
そんな中で高い宿に泊まろうものなら、多分……ってか確実に落ち着けない。それは絶対にダメだ。宿とは、休める場所でなくてはならないんだからな。
…………まぁ? もうチェックインしてしまったって言うなら、仕方ない。泊まらせてもらおうとしようか。
色々と文句は言いつつも、しっかりとエサに釣られるのが俺の悪い癖である。直しておかなくてはな……。
「お金、あったんだね。ここ、ヴァルネリの中でもかなり高額な宿なんだよ」
うん、知ってるよ。
だから色々と思ってしまったわけでだね……。
「てか、そんな金、どっから捻出したんだ?」
「永劫に近しい時間を生きるボクが、冒険者活動をしていなかったとでも? 数千年前くらいは、まだまだ冒険者活動してたよ。特に使う事もなく貯め込んだまま手付かずだったから、使える金額が多いんだよ」
ちなみにこの宿は、一泊に金貨三枚取られる。
この世界の金銭は硬貨で、紙幣制度なんてものはない。金・銀・銅の硬貨があり、銅貨が一枚百円相当くらい、銀貨が一枚一万円程度、そして金貨が、なんと一枚で百万円相当だ。なので、祭りに出る屋台での買い物なんて銅貨支払いが普通。銀貨で買うものは大体が高級品で、金貨を使うのなんて一部の貴族ぐらいだそうだ。
つまり、この宿は一泊三百万円。
………………。
高すぎませんかね?
俺なんて、一生懸けても到底宿泊出来そうもない高級宿なんですけど。
「水竜祭の間は滞在するだろう? だから、二泊三日分は払ってあるよ」
コイツって、どんだけ金持ちなんだろう?
まぁ、ルディアは概念竜だから、間違いなく人間基準でS+ランクの実力者だろうし、人間よりも万倍くらい簡単に依頼をクリア出来るのはわかる。
ルディアの事だから、多分一年間ぐらいでかなり稼げるだろう。
それで、なんで使わないんだろうな?
「単に物欲が皆無だったんだよ。特別な装備が必要なわけもなし、定住はしないから家を買う必要もないし、食料だって魔物の肉があるから困らないだろう?」
確かに……。
使うとすれば宿だろうが、コイツは宿は使わなそうだ。つまるところ、マジで使う機会がなかったっぽいな。
「貯まっていく一方だったし、ここで使えて良かったかな。もしかすると、ここまで貯めてきたのもアヴのために使う事が運命付けられて──」
「ないから。やめてくれ」
いつになくデレデレだな、コイツ。
やっぱり最近のルディアは様子がおかしいぞ?
「アヴラージュっ。何よ、いい雰囲気じゃん」
「おい、俺にそういう趣味はない。やめてくれ」
クソぅ、シルティアスめ……。
ルディア関係でイジられるのは久しぶりなので、少し油断していた。まさかシルティアスもイジる側だとは……。
「誰だってイジるよ。それに、私がイジってるのはアヴラージュじゃなくって、ルディアだよ?」
え、そうなの?
聞いてみると、ルディアは感情の機微に欠ける性格らしい。それがここまで好意剥き出し……デレデレだと、流石に面白いのだとか。ちなみに、ルディア自身も少し驚いているらしい。
「ここまで〝誰かを守りたい〟と思ったのは初めてなんだよ。だからみんなも驚いているんだね」
…………。
一つ言いたいのは「なんで俺なんだ」という文句である。
まあ、いいか。今は、どうでも。
「じゃ、一緒に祭りを楽しもうぜ。シルティアスも、シュトルツ達もな!」
そうやって、笑いながら告げる。
すると、シルティアスとルディアの表情が輝いた。
「そうだね! 全力で満喫しよう!」
「私も! 私も一緒に楽しむーっ!」
可愛い奴らである。
さてと、水竜祭二日目。今日は問題もなく、のんびり楽しめたらいいな。
◇◇◇
祭りの中心地だけあって、首都〝パーニ〟は凄いな。めちゃくちゃ賑わっている。
「凶暴魔鶏の焼き腿肉、一切れ銅貨十二枚からだよ〜」
おっ、お祭り価格ってやつか。
「ルディア、ルディア?」
「うん、いいよ」
即決である。
いやぁ、いい買い物をした。調理済みの肉であっても、空間属性の魔法を利用した『格納空間』に仕舞ってしまえば、状態が劣化する事もない。これは夜食にしよう。
少し見てみると、シルティアスも色々なものを買っていた。
「これくださーい!」
「おっ、水竜様じゃないか! 特別に割引しておくね」
ズルくない?
贔屓じゃん。ま、無関係の部外者なのは俺だから、この扱いには納得だし、多分シルティアスは俺達の事を話していないと思うので仕方ない。というか、話す義理もなさそうなのでね。
………
……
…
いやはや、色々なものを買った。主に食糧だが。
はてさて、なんやかんやあってお昼ご飯の時間である。
シルティアスに案内されたお店に行って、お昼ご飯を食べている。
料理としてはイタリアンな感じだ。
前菜としてカプレーゼ──のようなもの。モッツァレラチーズのようなものも使われているので、この世界でチーズ自体は作られている。チーズには牛乳と酢を使うので、深堀れば米のようなものも存在している……のかもしれないと思っておいた。
あとこの世界、野菜は普通に存在する。それも、俺が元いた世界と同レベルの鮮度や美味しさで。なので、名称は違えどトマトとかも普通に存在していた。ちなみにトマトは〝ロンドルージュ〟という名前。
第一皿……かな? イタリアンで言えば炭水化物料理が中心のやつだ。
出てきたのはボロネーゼのようなもの。コチラも、ほぼ再現されている。別の国でも宗教体系や神話の構成が似ていたりするように、別世界同士でも食文化が似ている……なんて事もあるのだろうか。
ただしこの世界、魚料理が極端に少なく、その種類もまた少ない。その理由は、この世界の魚だ。
この世界の魚類は大体が凶暴な〝海獣〟と称されるもの達ばかりだ。それも当然で、この世界は元の世界に比べて明らかに危険極まりない世界。その世界で生き残るためには、そういう進化の系譜を辿るのが当たり前なのだろう。
そのせいで、海洋進出も進んでいない。海獣は凶暴な個体が多いので、船が破壊される危険性があるのだ。もし船が壊されて海の中に入ってしまおうものなら、一瞬で海獣達の餌だ。
そういうわけもあって、魚介類の料理は少ないのだった。
次は第二皿……メインの料理だな。それと、メイン料理に添える野菜の料理。
出てきたのは鶏肉のグリル……風の料理。使われているのは俺がさっき買ったものと同様の、凶暴魔鶏のもも肉だった。
かなりウマい。言う事なしだな。
そして……なんだこれ、ズッキーニかな? ズッキーニのガーリックチーズ焼きってところだろうか。
どれもこれも美味いものばかりで満足である。あとは食後の甘味があればいいが、なんとこの世界では砂糖とか、甘味系の調味料が希少で少ない。北の大陸である〝ゼルハーク大陸〟にいけば帝国があるので、そこでは見つかるかもしれないけどね──と、ルディアが説明してくれた。
なんとも難しい世界である。
「腹も膨れたし、どっかで一休みしたいな〜」
「そうだね」
「そういえば、シュトルツ達はどこで何しているんだろうな?」
「会いたいのかい?」
「いやいや、別に無理に会いたいってわけじゃないけど」
ついつい、気になってしまうものなのだ。
「私の街が沢山褒められて嬉しかったな♪」
よしよし、シルティアスもゴキゲンである。生きてきた年数からして違うが、精神的にはまだまだ子供っぽいのかもしれないと、そう思った次第だ。
テキトーに歩いていて、シルティアスに正式名称を教えてもらった〝星天機環〟の主砲……そして、オーヴァル宮殿の跡地に戻ってきてしまった。
「……ボロボロだな」
「そうだね。まぁ、この国の壊滅を防げたの自体が奇跡のようなものだしね。宮殿はまた作り直せばいいし。国が壊滅すると、そうもいかない」
「あれ、ちょっと待てよ?」
「うん?」
「宮殿ぶっ壊れて、宮殿内の人……大統領とか、死んじまったんだよな?」
「そうだね」
「どうすんだ?」
「あ、それについては私が」
おっと、シルティアスが説明してくれそうだ。
ルディアは少し不服そうだが、ここはシルティアスに説明してもらうとしよう。
「この国は共和国だからさ、新しい大統領に誰が就任するかも、大統領をやめるかも、国民が選挙で決めるんだけどね? それがさ……なんか、私が次期大統領……ってなっちゃってて……」
あー、ちょっとわからんでもない。
今回も水竜様……つまり実在する神話の存在に守ってもらっているので、その水竜様にお任せしよう……というのもね。
「でも私は、人間の国は人間の手で守って育てるべきだって思うし、私に任されるのはなんか違う気がするし、何より面倒だし……」
最後のは本音だな。ま、実際面倒そうだし、わかるっちゃわかる。
「まぁ、やってみたらいいんじゃないか?」
「ちょっ、アヴラージュ!?」
「俺もそれは思うけどさ、一回やってみるのも手だぜ? 大統領として後任育成はしといて、ちょうどいいタイミングで辞任して育てた後任に任せればいい」
「え、ええ……」
「大統領が死んだつってもさ、政治関係の人間が全員死んだわけじゃないだろ? だったら、助け合いながら政治していけるだろ。それこそ、明日を笑い合えるように、協力していけばいいと思うぜ? 俺は放浪者だけど、手伝える事があったら手伝うしさ」
みんなで明日を笑い合えるように──。
そんなシルティアスの演説。あれは確実に、国民の心に響いた。事件に関与していない者も、直接の被害を受けた者も。きっと全員が協力出来る。
人間とは不可解なもので、完全にわかり合う事など出来ない。ただ、少しでも、心を一つにする事が出来れば……。人間に不可能はないと、俺はそう思うのだ。
「…………そう、だね。私、頑張ってみるよ」
「おう、やったれ! 頼りたい時は気軽に『念話』してくれよな」
「うんっ!」
この国の行政も、案外なんとかなりそうである。国民の水竜様信仰は凄まじそうだからな……。少し助けを求めれば、すぐに助けてもらえそうである。安心、であろう。
そんなこんなあって、水竜祭二日目も終わろうとしていた。




