第34話 犠牲と慟哭
シュトルツの『転移』で地表に戻ってきた。宮殿は潰れて座標がぐちゃぐちゃになっていたので、宮殿跡より少し離れた場所に。
あの時、実は全員がかなりの危機だったのだ。
リーベは、大規模魔法技である〝深き愛の祝福〟を使ったばかりで、まだ自然回復に頼っている状況。
シルティオスと俺は言わずもがな。大技を使った影響で、二人とも魔力欠乏症直前のギリギリである。ルディアもそうだ。
シルティアスも、かなり無茶な止め方をしたせいでまだ戦えない。
よって、戦えるのはリーベが説得したアブーリアと、俺達が戦っている間も休んでいたシュトルツとなるわけだ。アブーリアに『空間転移』なんていう高等技術は扱えないので、必然的にシュトルツが『転移』を使う事となる。
「黒仙め、どこまでも忌々しい……」
地上に出た途端、シルティオスがそんな事を言い出した。
「アイツは、私達が作戦を潰す事すらも予測していたのだろう。簡単だ、シルティアスが救出されるまでに貯められたエネルギーだけでも放つつもりだ」
血の気が引いていくのを、自分でも感じる。
つまり、作戦は失敗。
アブーリアとシュトルツは戦える……とは言ったが、戦った俺達よりマシってだけだ。アブーリアではあの空を穿つような主砲は破壊出来ないだろうし、シュトルツはシュトルツでかなり消耗している。あのキカイもシルティオスが作っているので、生半可で壊れるような代物でもないだろう。
「…………まさか、私達が戦えなくなっても守れるように、なんて思って万全に作ったのが裏目に出るとはな」
そう言って、シルティオスが自嘲している。
これに関しては、シルティオス達が悪いとは思えない。
ルディアに回復魔法をかけ続けてもらっているが、未だ動けるような状況ではなかった。
そんな歯痒い状況の中で、キカイは、残されたエネルギーの全てを解き放とうとしていた。
◆◆◆
シルティアスを抱いていたシルティオスが、昔を懐かしむように思い出していく。
………
……
…
思い出せる最も古い記憶。
先程までいた地下で、シルティアスと共に目覚め、育った記憶。
その頃のシルティアスはまだ幼くて。自分の後ろを着いてきて一緒に過ごすシルティアスをとても可愛く思った。
ある日、外に出てみると地上が燃えていた。
一面火の海。
憐れんで火を消したところ、人間に崇められるようになった。それが、〝水竜様〟としての始まり。
それから、シルティオスとシルティアスは協力して様々な事をした。
最初は国とも言えない小さな村だったヴァルネリを襲う魔獣を駆逐したりもしたし、様々な弊害や脅威から守ったりもした。
結果、ヴァルネリは有数の巨大国家へと成長した。それも全て、シルティオス達の庇護あってのものである。
常に変化し続け、退屈は来ない。それどころか、忙しい日々。特にシルティアスは民事の調停にも立ち会い、街の平和に貢献していた。
一方のシルティオスも、頻繁に現れる事はないにしても、常に街を俯瞰していた。ヴァルネリに警察のような役職がないのも、自分達がいたから。
今思えば、その日々は多忙と愉快に満ちていて──
………
……
…
なんて幸せだったんだろうか──と、シルティオスは想い出した日々を噛みしめる。
背後では、遂にエネルギーが解放された音が聞こえた。蒼天を穿つ主砲から放たれたエネルギーは空で弧を描き、王都に向けて落ちてきている。
──覚悟は、決まった。
「シルティアス、聞こえるか?」
ゆっくりとシルティアスに語りかけると、シルティアスは薄っすら目を開けて応じる。
「おにぃちゃん……? どう、したの……?」
「お前に、これを」
そう言いながらシルティオスが差し出したのは、シルティオスの髪色と同じ露草色の雫型の宝石がついたネックレス。
「こ、これ……」
これは、〝夢見の雫〟というユニークアイテム。シルティオスの権能と魔力が籠もった宝石であり──シルティオスの、核。
「お前に、持っていてほしい。どちらにせよ、もう私は持たないだろうから」
「え……あ……い、いや、だよ……いや、だ……」
それを、シルティアスに渡してしまうという事。
それが何を意味するか、流石のシルティアスでも理解出来る。
(全員、抗っている。今も、動きを止めていない。しかし……全員がここまで消耗し、リーベが全快じゃない辺り、このままでは確実にマズイだろう。一番可能性を感じるアヴラージュでさえ、まだ動けるほど回復出来ていない……)
もはやこれしか手はない──と、シルティオスは再び覚悟する。
「これからのヴァルネリを……私の分まで、頼んだぞ」
シルティアスの頭を撫でながら、シルティオスは無慈悲にも、そう告げた。
「リーベ、頼めるか?」
「……ええ。次は生きて、会いましょう」
リーベも何かを我慢している。それは、涙なのか、それとも……。
「いや、いやだよ……おにぃちゃん、やだ……わ、私……」
泣きじゃくるシルティアスに背を向け、シルティオスは飛翔した。
自身のコアとも言える〝夢見の雫〟が外に出た事で、最後の魔力制限がなくなり、どんな時よりも強い魔力を発する。
魔物も人間も、死ぬ間際になると思いもよらない強い力を発揮するものなのだ。それが仕組まれた事なのか、〝生命〟の意地なのかは、わからない。
「──〝輝ける生命の昇華〟──ッ!!」
強大な光波エネルギーの塊となったシルティオスが、放たれた〝幻光砲波〟に突っ込む。
ヴァルネリ共和国、〝水竜祭〟一日目。強大なエネルギー同士が上空で衝突し、弾けた。それは花火のような幻想的な輝きを放っている。その光が、暗い夜空を彩っている。
そんな中で、シルティオスの意思は──
(ああ、ダメだ……どうか、どうか、最後の足掻きを──)
弾けた光の一粒一粒に宿ったシルティオスの微細な意思が、そのままヴァルネリに降り注いだ。降り注いだ光はヴァルネリへの〝加護〟に変化する。
シルティアスは、弾けた光を見てまたも涙を流す。
「…………うっ……ふっ、うぅ……ひぐっ……………」
託された〝夢見の雫〟を握りしめながら、嗚咽を漏らす事しか出来ない。
「……おにぃちゃん………………」
先程まで大いなる混乱に陥っていた国民達が、幻想的な光を目にして感動している。
「…………っ!!」
「シルティアス!? 待って、どこに行くの!?」
制止するリーベの声を無視し、シルティアスは飛翔して最も高い場所──〝星天機環〟の主砲の上に立った。
それを見た国民達は、「水竜様だ……」「水竜様が立っているぞ!」と騒ぎ始める。
「今のは! 私の兄──〝水竜〟シルティオスの意思です! 命懸けで事態を終息させた、シルティオスの覚悟です!!」
大声量となったシルティアスの『思念』が、国中に響き渡る。
「皆さんが知らない水面下で様々な事が起こり、中心地である宮殿が破壊され、かなり、混乱していると思います! けど、それでも、みんなで明日を笑って過ごせるように!! ────どうか、どうか力を貸してください!!」
口下手なシルティアスが、自身も混乱した中で伝えられる事は支離滅裂で、言葉が上手く纏まっていなくて……。
それでも、必死さは伝わる。
「水竜祭はまだ一日目! 皆さんと明日を笑えるように、協力しましょう!!」
辛そうにも思える溌剌な声が、国民の心に火をつけた。
「うおおおっ! 水竜様の御加護だァ────ッ!!」
「シルティオス様が我らを守って下さったのだ!!」
「シルティオス様万歳! シルティアス様万歳!!」
『水竜様万歳! 水竜様万歳!!』
そうして、国民達は一致団結。どんどんと行動を開始し、全員が祭りの再興に向かっている。
そして、事態は終息を始めた。
◆◆◆
俺の隣で、ルディアが静止している。というか、驚きで硬直している。
……俺だって、わかってるさ。
キカイから放たれたエネルギーを止めたのはシルティオスだ。……それも、多分……命を薪に変えた火の光を以て止めたのだろう。
「……無情だな、ルディア」
「どうしてだい?」
「涙、流さないんだもんな」
「それは、キミもだろう?」
ああ、確かに。
俺も、涙が流れない。一緒に戦った仲のヤツが死んだっていうのに、涙すら……。
でもまあ──
「シルティアスの場所ってわかるか?」
「うん? まぁ、探せばわかるかもね」
「そんじゃ、教えてくれ」
一つだけ、やっておきたい事がある。
◇◇◇
ヴァルネリから南へ少し離れた場所にある崖の上に、シルティアスはいた。
まったく、どんな場所で悲しんでんだか……。もっと見つけやすい場所にしてほしかった。
「────誰?」
あ、バレた。
「俺だよ、俺」
「……なんだ、あなたか」
「名前で呼んでくれない? って、教えてなかったっけ……〝アヴラージュ〟っての」
「アヴラージュ、ね……。それで、何の用?」
なんか、チクチクしてる……。
ま、そりゃそうだわな。大切な兄を亡くしたんだし──
………………もしかしたら。もしかしたら、美羽もこんな感じになっていたりするのかな。
「いや? ただ、お前がさ、どっかでめちゃくちゃ悲しんでて、生きる意味を失って……とか考えちまってな。だって……ほら、誰でもわかる事だけどさ、辛いだろ?」
きっとコイツは今そんな感じじゃないかって、そう思ってしまったからわざわざ来たのだ。
これを伝えた時、ルディアは俺を変なものを見る目で見たよ。でも、無性にそう思えて仕方なかった。だってシルティアスとシルティオスの関係は……俺と美羽に、少し……本当に少し似ていたから。
「……そりゃ、辛いよ。だって、だって、私……おにぃちゃん……が……」
また泣き出してしまった。
………………。
下手な事言うもんじゃないので、ただ頭を撫でておいた。
「…………何、すんのよ」
「……うん、うん。辛いよな……」
「アヴラージュに私達の何がわかるってのよ」
「わからない。今一つ……どころか、何もわからないかもしれない。でも、でもな、似てるんだよ」
「似てる? 誰と?」
「俺と。俺にもな、妹がいた」
急に語りだしてしまったので、シルティアスはかなり困惑しているようだ。まぁ、この反応が普通だろう。
「…………なんか話したいから話しちまうけど、俺ってさ、転生者なんだよね」
「て、転生者? 何それ? き、聞いた事ないよ……」
あ、前例ないんだ。
『前例はあるよ。どうやら、人間が記憶と能力を保持したまま別の存在に生まれ変わる事例があるみたいだ。でも、アヴみたいに別世界から転生してくる事例はないんだよ。その代わり、別世界からそのまま飛ばされてくる人間はいるっぽいけどね』
あ、補足ありがとう。
って、どこで聞いてるんだ?
…………返事ないし。ま、いいや。
「前世は人間でさ、俺にも可愛い妹がいたってわけ」
「……あっそう」
「それが、お前らに似てた。かく言う俺も、その妹を庇って死んだわけだしな」
「……………………」
シルティアスは黙っている。果たして、この事を聞いてどう思っているのかは、わからない。
『こればっかりはボクにも。物事は知覚っても、感情というものはどうにも理解らない』
聞いてないし、わからない方がいいんだよ。わかりすぎてもダメなんだ、心ってのは。
「……だからって何か言えるわけでもないし、相変わらずお前らの事はわかんない。でも……まぁ、元気出せよ。ま、今は俺がいるし? 思う存分泣いてくれ」
俺がいるし、ってなんだよ。
ま、いいか。励ますのとか、俺は苦手だ。だから、こんな事しか言えない。
「…………」
「…………?」
シルティアスがずっとこっちを見ている……。
「どうした? 誰かの胸の中で泣きたい感じか?」
ま、そんなわけな──
「うぉあっ!?」
ま、マジで抱きついてくる奴があるかよ……。
…………まぁでも、それだけ悲しいんだろうな。そう思ったので、頭を撫でながら、出来る限り寄り添う。
ぶっちゃけ、俺も多分、失った側の感情を、想いを、わかった気でいるだけなんだろう。まだ、わかろうとしている最中なのだ。
そうして俺は、慟哭するシルティアスを一晩中慰め続けたのだった。




