第31話 白と氷炎
「おっ、来たんやね。前の部屋のは……聞くまでもないか、殺しとるんやろ?」
おちゃらけたような態度で俺達を迎え入れたのは、漆黒の男物の着物に見を包む男──言わずもがな、黒仙。
それと……もう一人。
「……黒仙、いい趣味してるよ。わざわざ数を合わせるなんてね」
「せやろ? ま、一人少ないのは想定外やったけどな」
純白の女物の着物に見を包み、鼻から上を覆い顔を隠す仮面を身に着けた少女のような……話に聞いていた、黒仙の相棒枠──
「そこのとは初めましてだね、初めまして。私は〝白仙〟。一応、アレの妹」
「おいおい、お兄ちゃんを〝あれ〟呼ばわりかいな?」
そうだ、白仙だ。確か、兄妹揃って仙術を使うとかなんとか……。
「……黒仙は私がもらう」
「なら俺は白仙を」
「お? ええやん。異論ないな?」
「ない。私も、アイツの実力気になる」
さて、対面は決まった。
戦場を一旦俯瞰してみよう。
目測だが、この部屋は縦五十メートルに横百メートルほど。高さは十メートルくらい……かな?
そして多分、この部屋が最奥の一個前。コイツらがいるし、何より、部屋の奥にはまだ扉がある。
そして、戦場は二分化された。俺達側から見て、左が俺と白仙、右がシルティオスと黒仙だな。
なので、俺と白仙の戦闘領域は左側五十✕五十の正方形。
さてさてこれにて──
「ぶち殺したる」
「殺す」
「殺してあげる」
「ブッ殺す」
戦いの始まりを告げるゴングが鳴った。
早速白仙が飛ばしてきたのは、仙術〝空撃ち〟。
実はこれ、初戦こそ困らされたものの、対処はもの凄く容易なのだ。実態としては魔力で固めた空気弾と同じだそうなので、俺が押されていたのは完全に俺が大袈裟に困惑してしまっただけだったのだった。
なので、その〝空弾〟も簡単に弾けてしまう。手法としては、これは魔力で空気を圧縮して作った弾なので、魔力衝突による相殺で空気を解き放ってしまえば威力は消える、という寸法である。
「残念!」
「ちぃ、そりゃ通じるはずもないか」
おっと!?
ちょっと煽っただけなのだが……四方八方から〝空弾〟が飛んできた……まさか、準備してたのか?
『そうっぽいね。しかも、この部屋自体の魔力密度が高いせいで、〝ある〟のはわかるけど場所が掴めない感じになってるよ』
面倒だな、それ……。
まぁとりあえず、本体を叩こう。
そう思って俺は、とりあえずの牽制で〝大気圧縮断切〟を白仙に放った。
精霊魔法:大気圧縮断切。風属性の最上級精霊魔法で、その原理は彼女らが使う〝仙術〟にも似通ったものがある。魔力によって圧縮した大気の刃で相手を斬り裂く魔法である。
圧縮された大気の刃……であるため、仙術の〝空弾〟と同じく不可視の刃。普通ならば回避不可である。普通、ならば。
避ける手段は三つ。
一、高精度な『魔力探知』で『大気を圧縮している魔力』を感じ取り、避ける。
二、『危険察知』というレアスキルで、当たる前に避ける。しかしこれはただ『危険』を察知するだけなので、精度は低い。
そして三……これは現実味が薄い手段だが、放った瞬間から軌道を読んで避ける。これに関しては無理筋で、ほぼ不可能である。
一番ありそうなのは〝一〟の手段だが、どうかな?
『おっと、避けたね。これは〝一〟じゃないかな?』
やっぱりか。
まあ、〝仙人〟を名乗っているくらいだし、想定内だわな。
「避けるか」
「視えるからね」
「答え合わせまでしてくれるとは、余裕だねぇ」
「だって私は負けないから」
何なんだコイツ。
じゃ、どうせ見えるならちょっと変化球で行ってみようかな。
『変化球って?』
獄炎霊熱覇と大気圧縮断切を組み合わせてみるんだよ。
『うーん? つまり、飛ばすのは〝大気の刃〟ではなく炎の刃って事だね?』
そうそう!
だから、生み出した獄炎を魔力で圧縮、刃状に成形して……。
「……それ、何?」
「うーん? 名付けるとするなら、〝獄炎霊熱断切〟って感じかな」
で、これをあと数十個は生み出そうかな。
『……アヴってさ、やっぱり殺る時はちゃんと殺るよね』
え?
当たり前じゃん。
殺るならとことん、しっかり殺る。それが俺だからな。
『非情ぶってるんだろうけどさぁ、それって辛くない?』
ギクッ……。
あ、あのなぁ、俺だって格好つけたい年頃なんだよ。ちょっとは見逃してくれ。
『ふーん。ま、いいけど』
まったく、本当に五月蝿い奴である。
「さ、面倒だからもう終わらせようぜ」
「ふっ、君が負けるって事?」
「テメーが死ぬって事!!」
俺は作り出した獄炎の刃を一斉にけしかけた。
今度は不可視ではなく、押し寄せる物量で圧倒する戦法だな。
これで少しは削れる──と思ったのだが、なんとびっくり、白仙はもの凄く身軽に攻撃の連続を回避していた。
あれ、なんだろう?
素直に凄いとは思ったのだが……なんか、違和感がある気がする……?
『ボクも感じたよ。なんだろうね、これは……』
とりあえず、もっとやってみよう。
ちょっと煽ってみようか。
「ほらよ!」
「……これは」
俺が放ったのは仙術で作り出す〝空弾〟だ。
「これが仙術ねえ。案外簡単じゃね?」
煽る時も煽る。
すると、白仙はこめかみに青筋を立てながら激怒しているようだった。そのまま構えて、今度は肉弾戦に打って出るようである。
「……侮辱するんじゃないよ」
っと、更に速い……。
放たれている連続殴打は、黒仙の時と同じく衝撃が浸透するような感覚で痛みが打ち込まれていた。
そして……ちょっと、思い出してきた。
あれだ、学校に一人はいる、リズム感がめちゃくちゃイイ奴。あれだ。日々の物事を音楽やリズムに変換して、色々とスムーズに進める高スペックな人。
つまり、俺の連続攻撃もリズムに変換して、当たらないように行動を打っていけば当たる事は少なくなる……というか、当たらない。
だったら、わざとリズムの中に隙を作って、そこを突くように攻撃すれば──
「ちっ、当たった!」
「よしっ!」
謀ったな──と、白仙が悪態をつく。
作戦は成功。
俺に〝考え方の工夫〟をちょっと教えてくれて感謝もしているし、もう終わらせてやろう。
『ちょ、待っ──』
ちょっと気分がいいので、初手から凍み氷る竜である。
俺の髪がどんどんと浅縹色に染まっていく。同時に、俺の体表から氷霧が放たれ始める。
「なっ、なっ、何だよ、何、その姿……!?」
あ、そうか。
黒仙には見せたけど、コイツには見せてないんだったな。
「氷結化」
氷結化。格好良く言ってはいるが、ただ空気中の水分子を凍らせているだけだ。
俺は前方の地面を氷らせ、まずは白仙の足を固定。足が固定されれば、リズム感や回避もクソもないからな。
そして俺の真正面に、分厚い氷の壁を作る。これは防御用ではなく、単なる時間稼ぎ。まぁ、防御出来れば御の字って感じだな。
そんで、この壁の役割はもう一つ。相手に、今の俺の状況を知らせない事。
さて、俺の純白髪が紅蓮の色に変わり始め、後ろ髪がチリチリと音を立てている。もちろん、燃え滾る竜への『変化』だ。
俺の体から出ていた氷霧が、湯気に変わる。
「──なっ、何!?」
壁の向こうの白仙も温度変化に気づいたのか、驚愕の声を上げている。
俺がコイツと戦う事になったのは幸いだった。情報としては知っていただろうが、経験はないに等しいから。それに比べて黒仙は、俺と一度戦っている。
勝ちやすさで言えば、圧倒的に白仙の方が俺はいいのだった。
と、言うわけで。
俺は、体内に熱を溜め始めた。
さて、そろそろだな──と思った瞬間、壁にしていた氷が砕けた。
想定よりタイミングがズレてる……。まあ、いいか。
とりあえず俺は前腕部と足首からバイクのマフラーのような噴出器官を露出させる。
行うのはやはり、超炎熱化加速推進。
けど、超加速まではいかない。ちょっとした推進力を放出する程度にしておかなければならない。これがミソなのだ。
だって──
「仙術〝空蝉〟──」
「そりゃ、使うよなァ!」
使うに決まっている。
だって、俺も使うから。
「なっ──ッ!?」
「空蝉返し」
この〝空蝉〟という仙術だが、俺はこの術のヒントを過去の自分自身から得ていた。
それは、冒険者登録の時。それも、身体能力を測る時だ。あの時の俺は、魔力を限界まで薄めて、存在感すらも薄めて、完全に測定水晶球を誤魔化していた。
なんと仙術〝空蝉〟は、それとほぼ同じ事をしていたのだ。魔力や気配を一瞬で、瞬間的に限界まで薄める事で、一瞬だけ『本当に相手が消えた』ように錯覚させ、そこからの小規模転移で『本当に消える』術。
なので、実は俺にとっては〝空撃ち〟よりも習得し易い仙術だった。経験って大事なんだなって、本当に思わされたよ。
で、また〝空蝉〟を使われても面倒なので──
「──これで終わりだ」
溜め込んでいた蒸気を一気に推進力として噴出口から噴出する。そのまま白仙の首を掴み、地面に叩きつけて──
「……諦めろ」
勝ち、確定!
さて、邪魔されても面倒なので四肢の骨は折っておこう。
そう思ったので、サクッと四肢の骨をバキバキにしておいた。
『………………』
なんかドン引きの雰囲気を感じる気がするが、気のせいだろうと思うので基本的には無視である。
それで、シルティオスに加勢しようと思った──んだが……。
あれ?
『一方的だねぇ。彼の事だから、ボク達……いやキミとリズムを合わせて追い詰めていたんじゃないかな? キミ自身早く終わったから、彼もちょっとぐらい驚いているかもしれないけど』
そうなのだ。
俺がシルティオスの方を向いた頃には、既にシルティオスが黒仙を完膚なきまでに叩きのめして追い詰めていた。
多分、ルディアが言っているように、黒仙と白仙の連携した庇い合いを嫌がってリズムを合わせていたんだろうが……。
なんだか、えげつない。美羽を守ろうとしていた俺と姿を重ねたりなんてしていたが、それが失礼に思えるほど、シルティオスは圧倒的だった。……実際失礼なんだけどね?
ちょっと驚く俺の前で、戦いは決着の時を迎えようとしていた。




