第2話 森での死闘
そこにいたのは、息を呑むほど美しい少女だった。
髪色は、黒と銀を混ぜたような……黒銀色とも呼べる色だ。瞳は、純真無垢といった感じの、溌剌な輝きを秘めた純蒼色。
……とは言ってみたが、要はチョー可愛い美少女ってコト。
色々ふざけてみているが、この世界に来て初めての人間……。役割とか色々言われたけれど、今はこっちの方が重要かもしれない。
「食べないでぇええっ!!」
「きゅいきゅいっ!」
食べたりしないし!!
何か誤解されているようだ。まぁ、今の俺は竜なんだし、怯えられても仕方ないがね。
食べたりしない、とは言ってみたが、伝わるわけな──
「ふえ……? 食べない? ほんとに? 食べないの?」
伝わった!?
《アハハ。この世界、結構便利でね。思念……〝想い〟っていうのかな? それを乗せて発声する事で、やんわり伝わるんだよ》
や、やんわりって……。
つまり、ちょっとだけ伝わる、と?
《まあ、そんな感じ。あとは、キミの発声器官がダメダメだからかな》
おい、ちょっと失礼じゃないか?
確かに今はまだ幼竜って感じだが、これからだなあ──
《ハイハイ、わかったから。それより、あの娘の質問に答えてあげたら?》
それもそうだな──と、俺は思考を切り替える。
「きゅいきゅい」
ほんとだよ。
「……食べたりしない、んだよね?」
「きゅい」
ああ。
さて、初対面だし、名乗った方が──
そこまで考えて、ムムム、と唸る。
俺の名前は天音龍我。これは、覚えている。……が。ルディアの名前的に、この世界で日本名ってのはかなり希少……というか、存在するのか?
《わかんないけど、聞かない名前ではあるね。その、アマネリュウガって感じの名前も》
ふーん。
じゃあやっぱり、前世の名前のまま……ってのは、マズイよな。
《そもそも、魔物が名前を持ってるのがマズイと思うよ。そもそも、それは今の君の名前じゃないし》
は?
やっぱり、竜も魔物なんだ──じゃなくって、どういう事だよ?
《まず、この世界で個体名を持つ魔物っていうのは、強力な存在だ。存在として上位に位置してるんだよね。あの娘は人間。だから、名前を名乗ろうものなら、余計な恐怖心を抱かせる事になると思うよ》
先程までのフザケたような雰囲気が嘘だったかのように、真剣な声色で説いてきたルディアだ。
そう、なのか……。それなら──
「きゅいきゅいっ!」
よろしくね!
特に名乗らずよろしくね、これがベストアンサーだろう。
《そうだね、それでいいと思うよ》
だよね。
さて、あの娘の反応は──?
「……………………あ、あたし、フィエット……よろ、しく……」
未だに怯えてる感が否めない……。
俺が無害な存在だと伝えるには、どうするのが正解なんだ?
《さぁね。コツコツ信頼関係を構築していくしかないんじゃない?》
それもそうか。コツコツ、ね。ゆっくりやってくしかないかあ……。
──と、言うわけで。
謎の声ルディアや、人間の少女フィエットと出会う事で、俺の異世界生活が幕を開けた。
前の世界に未練がないわけではもちろんないが、コチラの世界に渡ってしまったからには仕方ない。前の世界に帰る方法も探しながら……とりあえずはこの世界で生き残ってやろうじゃないか。
──というのが、地獄とも言える異世界生活の幕開けになってしまったのだった。
◇◇◇
「きゅい、きゅい?」
フィエットは、どうしてここに?
「えっ、えっ? ええっと、あ、雨が降ってきちゃったから」
確かに、洞窟の入口があると思われる方向から流れてくる風に乗って、心地良い雨の匂いがやってきていた。外の事は気にも留めていなかったので、盲点である。ちょっと考えれば聞かなくてもわかる事だった。
「………………」
「…………」
気まずい空気だ……。
どうしよう、どうにかしてこの空気を打開しなければ──
──そう思った、その時だった。
ぐぅううう……。
俺の腹が鳴った。
……。
これはこれで気まずいんだが???
「……お腹、空いてるの?」
「きゅ、きゅい……」
う、うん……。
「……ちょっと、待ってて」
そう言うと、フィエットは隠れていた岩陰から何かを取り出した。
かなり小さな麻袋で、何かがパンパンになるまで入っている。
「これ、食べて」
フィエットが差し出してくれたのは、小さな木の実だった。
「……毒、なんかじゃないよ。美味しいよ」
「きゅい、きゅい……」
じゃあ、遠慮なく……。
パクリと一口。
「きゅい……!」
美味しい……!
「……ふふ、良かった」
……なんだか、少しだけフィエットとの距離が縮まった気がする。
そんな事を思いながら、フィエットが差し出してくれた木の実を頬張るのだった。
◇◇◇
──翌朝。
二人で話し合って、俺とフィエットは一緒に暮らす事になった。
フィエットは一人らしいので、幼いとはいえ竜である俺が近くにいれば、少しは安心だろうと思っての事である。
……というのは建前で、俺も寂しいのだ。
頭の中で聞こえてくる声は胡散臭いので、まともな人が近くにいてくれて助かっている。心細くない。
《ちょっと。それかなり失礼じゃないかい?》
失礼で結構。
お前の事は信用してないし。
……でもまあ、良き隣人になれる事を期待しているよ。
《ん……いいよ、任せて!》
なんだか嬉しそうだな。ま、俺の知ったこっちゃないが。
「いただきます」
「きゅいきゅい」
いただきます。
朝ご飯はフィエットが採っていた木の実である。今日は晴れているようなので、外に出てみようとも思う次第だ。
「いただきます、って、言うんだ?」
「きゅい?」
言わんの?
この世界の文明はよくわからん。日本文化に近いのかそれとも……って感じだな。たまたまフィエットがその文化に触れているって可能性もあるが。
「今日は、外、行くの?」
「きゅい。きゅいきゅいっ」
うん。木の実も採らなきゃだし。
この世界で生き残る。
やる事は、多い。
早速、外にやってきた。
久しぶりの太陽光が眩しい。照りつけるような眩しさが、俺の目を襲った。
「きゅいきゅい〜……」
いい天気〜……。
「そうだね。昨日の雨が嘘みたい……」
確かに、地面は薄っすら湿っている。しかしそれも、ほとんど乾いていた。
それから、森の中でかなりのきのみを集めた。
いちごのようなもの、ぶどうのようなもの……等々、元の世界でもあったような見た目の実がかなり。食べてみたが、味も似ている。
一応、もう少し採っておこう──と、俺がフィエットにアドバイスした、次の瞬間。
ガサガサッ!
何か大きなものが、草をかき分ける音。それから現れたのは……巨大な牙を持つ、トラのような魔物──巨牙大虎だ。
「グガァ───ッ!!」
「わぁ〜〜〜〜ッ!?」
「きゅい〜〜〜〜ッ!?」
って、冷静に考えてる場合じゃない!!
涙目で逃げ回る、フィエットと俺。サーベルタイガーは何を思っているのか、中々俺達を殺そうとしない。殺されたくはないけど!!
「ああっ!!」
「きゅいッ!?」
フィエットッ!?
フィエットが、転けてしまった。小石に躓いたと思われるが……どうするべきだ? 俺に何が出来る?
「いや、いやあぁ! 助けてっ! 死にたくない!! いや、いやだよぅ!!」
何が出来るとか関係ない!!
ここは気合で──
「きゅ────いーーーーーーーーーっ!!」
何かブレス攻撃でも飛び出さないか!? ──と思い、思いっきり咆哮する。と──
「グォオッ!?」
サーベルタイガーが、吹き飛んだ。
今のって……俺の、ブレス攻撃? ってか何だよ、これ! 衝撃波か……?
「グッ、グルルルルル……」
めちゃくちゃ威嚇されてる……。
でも、どうにかなりそうだ!!
「きゅいきゅい、きゅいっ!」
フィエット、逃げてっ!
「わ、わかった……!」
フィエットは怯えながらも、急いで逃げていく。多分、洞窟の方に向かったのだろう。
効くかわからないけど、とりあえずは全力で!!
向き合ったサーベルタイガーと俺は同時に動き出し──
「きゅいーーーーーっ!!」
俺が放った衝撃波で、サーベルタイガーが怯む。
その隙に背後に回り込んで、背後からも衝撃波! 更に怯んだ所で──
「グガァウッ!?」
首に噛みつく!!
発展途上とはいえ、牙くらいはある。なので、噛みつけば傷が出来るし、血も出るし、ダメージも与えられる。
「きゅいーーっ!!」
そして、ゼロ距離でまた衝撃波。なんなら、傷から直接体内に衝撃波を流し込む感じで──
「グガッ、グゥウ、グオォオンッ!!」
悲鳴を上げながら、最終的に衝撃波でサーベルタイガーの首が弾け……なんとか、勝利する事が出来たのだった。
◇◇◇
ズリ、ズリ……。
お、重い……。木の実を採るために、少し洞窟から離れていたのが災いしたか……。
今の俺は、殺したサーベルタイガーの胴体を噛んで引きずっている。魔物とはいえ生物なのだ。その肉も、食料の足しになるだろうと思っての事である。
数十分くらいかけて引きずっているが、それでようやく洞窟の入口が見えてきた程度である。
「きゅ、い……きゅ、い……」
「……あ」
洞窟を少し出たところに、フィエットがいた。俺の様子を見て、少し驚いているようである。
「……きゅ、い……」
……勝てた、よ……。
「ドラゴンちゃん……」
フィエットはなぜだか涙ぐんでいる。
「わぁあああああああんっ!! も、もう、死んじゃったかと……あたし、あたしぃ!」
結構心配をかけてしまったようだ。
なんか、悪いな──なんて、思ってしまう自分なのだった。




