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第29話 憎悪と贖罪

 リーベは、目の前に立つ美青年に向き直った。

 そして、出来る限り柔らかい言葉で話しかける。


「まずは、自己紹介から致しましょうか。わたくしは、リーベ」

「…………俺はアブーリア」


 アブーリア──と、リーベは聞いた名前を心中で反芻(はんすう)させる。


「あなた、どうして黒仙(コクセン)なんかに協力しますの? ヤツが大犯罪者だと言うのは、死刑執行を通じて各国でも大々的に知れ渡りましたから、知らないはずがないですわよね?」

「関係ないだろ。俺の雇い主だから、ってだけだ」


 答える気はないんですのね──と、リーベは少し残念に思う。しかし、この回答もリーベの想定内だったので、衝撃(ショック)ではなかった。


「……それもそう、ですわね。黙らせてから聞く方がいいですわ」

「強気だな……。こんな(ダル)い事、あんまりしたくないんだけどな」


 相互の宣言で、戦いが始まる。

 アブーリアは壁に立てかけていた巨大な鎌を取り、高く跳躍した。


(あんな巨大な鎌を持った状態であんなに高く……。ただの人間とは思えませんわね。まさか、魔人なのかしら?)


 リーベが言う〝魔人〟とは、身体構造が魔物化した人間の事である。

 魔人は、通常の人間よりも魔子の扱いが上手くなったり、魔物化によって身体能力が大幅に上昇していたりする種族だ。魔人であるならば、巨大な鎌を持ったまま超級の身体能力を発揮する事も容易いだろうと推測されるのである。


(であれば……補助(サポート)向きの能力であり、〝竜化〟したとて腕力や足力が上昇するわけでもない、華奢な方のわたくしならば……避けるよりも、受けた方がいいですわね)


 瞬間的にその答えを導き出したリーベは、問題なく『衝撃吸収』の魔法効果が付与された『結界』でアブーリアの鎌を受け止める。


「……面倒だな」

「それはわたくしのセリフですわ。魔人だなんて……厄介な事この上ないですわよ!」


 そのまま結界を操作して、吸収した衝撃を反射する事でアブーリアを弾き飛ばした。リーベは身体能力こそ他の概念竜や……通常の龍族(ドラゴン)の最上級族と同等であるものの、知略等では劣らない。

 ただ、身体能力が通常より劣るのは事実。それをアブーリアも見抜いたのか、どんどんと戦闘のボルテージを上げていく。


「……あんた、手強いな」

「ウフフ、防御やサポートだけならば一丁前ですわよ」

「だが、守ってばかりじゃ勝てないだろ」

「まぁ、そうですわね。攻撃系魔法も、わたくしの体質……というか、存在性質に合っていないのか、上手く使えませんもの」

「勝機がないんじゃないか? それとも、時間稼ぎか」

「あらまぁ、あなた、何か勘違いしていらっしゃる?」


 そうなのだ。

 確かに、素の状態では攻撃系の魔法やスキルは扱えない。扱えこそするものもあるが、十全な効果を発揮出来るかと問われれば、答えは否である。


「何だと?」

「わたくしが、勝てぬ戦い……それか、時間稼ぎだけというつまらない事のために戦うとでも思っていますの?」


 それを聞いたアブーリアは、なんとも言えない顔をした。顔を(しか)めた、とも言うかもしれない。


「…………つまり?」

「勝算があるって言っていますのよ」


 シュトルツの相棒らしく、自信を持った物言いをするリーベである。


「これは隠し裏技と言いますか、隠しておきたいモノだったんですけどね。まぁ、使わなければ勝てないので仕方ないのですけれどね」

「奥の手だろうが裏技だろうが、使わせなければ問題はない」


 アブーリアが言う事も一理あるのだが、それを許すほどリーベは甘くない。

 リーベの美しかった長白髪が、どんどんとくすみ、黒く染まっていく。美しかった碧眼も、ギラギラとした意思を宿す赤い瞳に変わった。純白のドレスも、漆黒に染まっていった。


 ──『本質反転(アンヴェルシオン)』──


 危険を察知したのか、アブーリアが突進を止めてすぐに後ろに飛び避ける。

 先程までアブーリアが居た地点を、謎の横薙ぎの一閃が通り過ぎていった。

 姿が反転したリーベの手には、漆黒の巨大な鎌。


「わたくしもシナジーを感じていましたのよ、鎌使いという点では」


 彼女が使った『本質反転(アンヴェルシオン)』というのは、一部の概念竜のみが使用出来る特殊技能である。その存在自身が司る概念を反転させ、その権能を変革させるモノ。

 愛の反対は無関心……という言葉があるが、それは心理的にはそうだろうが、概念的には違う。

 愛の反対は、憎しみである。憎しみ、憎悪、嫌悪。

 変化した彼女の種族名は、〝憎悪の黒竜(エヌ・ドラゴン)〟。愛が反転した憎しみを司る、攻撃的な彼女の一面である。

 そして彼女が持つ鎌の名は──〝忌憎の鎌(ハーヴェスター)〟。

 無差別に命を奪う、無慈悲な刃。


「それでは、行きますわよっ!」


 害意に表情を歪ませたリーベは、忌憎の鎌(ハーヴェスター)を持ったまま高く跳躍した。


「チッ」


 アブーリアはまた後ろに飛び退く。先程までアブーリアがいた地点にリーベが着地すると同時に、軽い爆発が起こった。


「なんてこったよ……」

「うふふ、まだまだ行きますわ」


 それから、激しい攻防が繰り広げられた。──かに思われたが。


「────何っ!?」


 忌憎の鎌(ハーヴェスター)の刃を持っていた鎌で受け止めようとしたようだが、リーベの実力……そして彼女の武器の強さを、アブーリアは甘く見ていた。

 受け止めようとして構えた鎌の刃が、忌憎の鎌(ハーヴェスター)の刃が砕いていく。そのままアブーリアは追い詰められ、彼の首に到達する直前で止まった。


「もうおわかりですわね? 詰み、ですわ」


 そうして、リーベの勝ちが確定したのだった。



「もう一度聞きますわ。あなた、どうして黒仙(コクセン)なんかに協力しましたの?」


 リーベとしては、そこが気になって仕方がなかった。アブーリアの生まれは知らないが、どんな国でも、黒仙(コクセン)が犯罪者だという事は伝えられている。

 それなのに黒仙(コクセン)に用心棒として協力するその姿勢が、理解出来なかったのだ。


「……どうでもよかった」

「はい?」

「どうでも、良かったんだ。生きる意味がなかった。雇うなら雇うで良かったし、何より俺はアイツに負けた」


 それから、アブーリアは本当に気怠げに、語り始めた。


 ………

 ……

 …


 アブーリアは、ヴァルネリ共和国の暗黒貧民街出身である。本名は、アブーリア・トラジェディ。しかし〝トラジェディ〟の姓は彼自身と彼の親が捨てさせている。

 母親は、エリナ・トラジェディ。父親はマルス・トラジェディ。トラジェディは、夫の姓である。

 親に関しては典型的だ。産んだはいいものの、邪魔だという理由で捨てられた。

 そんなアブーリアには、弟がいた。

 名を、アルス・トラジェディ。アブーリアを『兄さん』と呼んで慕う、まだまだ年端もいかない少年である。

 二人は暗黒街で、造花を作って売る事で生計を立てていた。細々とした生活であるものの、アブーリアとしてはアルスと平和に暮らせるだけで良かったのだ。

 しかし……。今より二年前に、王侯貴族による暗黒貧民街の下級国民排除運動が始まった。当たり前だが、元々身体能力が高かったアブーリアを含む力を持った下級国民達は、その運動に抗った。

 毎日のように勃発する抗争。

 日々増えていく傷。

 だが、アブーリアはアルスを守れている。アルスのためなら、アブーリアは誰をどれだけ殺しても心は傷つかない。まるで、人を殺す機械のように。

 それでも、彼自身の心は充実していた。

 ──だが。


『は? ……は? アルス……?』


 それが弱みになっていた。

 血の赤に染まる家の中。

 横たわるアルス。アルスの体は既に冷たくなっていて、明確に瞳から生気が消えている。

 抱き上げても、いつも通り『兄さん』とは呼んでくれない。


 静寂。

 恐ろしい程に静か。

 そこでは、芯を失った機械が上げる悲鳴のような(きし)みのみが響き渡った。


 それからアブーリアは、生きる意味を失った。

 貧民街の人々に頼まれたから、用心棒として雇われた。

 下級国民を排除しに来た国お抱えの傭兵集団を、出来る限り殺した。

 殺して、殺して、殺して、殺した。

 死神だなんて揶揄されて、アブーリアの前に一人の男が現れた。


『アンタかいな、死神なんて言われてはるのは』


 漆黒の男物の着物に見を包む男、黒仙(コクセン)である。

 黒仙(コクセン)といえば、ヴァルネリの王政を揺るがした大犯罪者である。ヴァルネリが〝王国〟から〝共和国〟になった原因とも言える、歴史的犯罪者なのだ。


『……大犯罪者が、俺に何の用だ』


 なので……とは違うかもしれないが、アブーリアは食って掛かった。

 それに、黒仙(コクセン)は大笑いして答える。


『あっはははは! アンタ、凄いなあ。まあええわ。じゃあこうしよう。オレと戦って、負けたらオレに雇われへん?』


 アブーリアは、少し面白いと思ってしまった。

 これで死んでしまっても、雇われても、誰を殺す事になっても別にいいと思ってしまった。

 そして黒仙(コクセン)と戦い──圧倒的な差をつけられて、敗北した。


 ………

 ……

 …


「それからだ……それから、俺はアイツの言う通りに行動した。多くの人を殺した。多くの罪を犯した。もう、引き下がれなかった」


 悲惨な過去。

 アブーリア・トラジェディの人生は、悲壮そのものだった。

 しかしリーベは──


「………………腑抜け、ですわね」

「何?」

「腑抜けと言ったんですよ。あなたはとんだ腑抜けです」

「何だと? お前、何も知らないくせに──」

「知りませんよ。あなたの人生、境遇、気持ちなんて。でも、でもね……あなた、諦めるのだけは違うでしょう!!」


 リーベは、アブーリアの胸倉を掴んで叫ぶ。


「家族を失うのは辛いです。そりゃ、辛いでしょう。私だってわかります。でも、それでも、諦めるのだけは違う! わたくしは、断言出来る。わたくしは何かを失って、全てを投げ出した人間が成功した場面を見た事がない!」

「…………」

「〝あなたの弟さんはそんな事望んでいない〟だとか、〝弟さんの分まで長生き〟とか、そんな無責任で残酷な事を言うつもりはありませんけどね、諦めるのはダメですよ。絶対、そうです」


 リーベは、自分でも言葉に詰まる思いを感じている。

 何を言えばいいのか。

 何を言うべきなのか。

 そんな事、リーベじゃなくたってわからない。わからないから、わからないなら、わからないなりに、わかり合うには、とことんぶつかり合うしかない。


「……たくさん、殺したんだぞ。もう、後戻りなんて出来ない」

「それでも、もっとやる事があるでしょう。少なくともそれは、悪党に加担する事ではないのは確かです」

「俺に普通の生活を送る資格なんてない」

「だから、生きる理由を見失って、こんな戦いに見を投じていたのですか? ただ楽な方に逃げて、逃げ続けて」

「ああ、ああそうだよ。それの何が悪い」

「何もかも悪いです。大体、生きる意味を失ったってなんですか。あなたは、人間です。生きる事が出来るのだから、生きなくてはならない。大量に人を殺しています。なので、あなたに悔いのない死や日向のような生活が訪れる事はない。ちゃんと苦しんで、苦しみ抜いて、生きるしか道はないんですよ」

「………………」

「沢山の人々を殺したのなら、それと同じ……いや、それ以上の善行と奉仕で罪を償うしかない。いいえ、それだけしても贖罪にならないかもしれない。それでも、やるしかないんです」


 それだけ言い終わると、リーベは掴んでいた胸倉を離した。

 やるせない気持ちになる。

 これで良かったのか。

 まだ、不安だ。なので──


「どうしますか? 今ここで死ぬか、それとも生きるか」


 最後の審判を行う。リーベは忌憎の鎌(ハーヴェスター)の刃を向け、今一度アブーリアに問うた。

 それに、アブーリアは──


「……………………今まで、散々馬鹿な事をした。…………生きるよ。どれだけ苦しんでも、生き抜いてやる。だが、俺をこんなふうに誘導したんだ。生きる指標ぐらいは、用意してくれるんだろうな?」


 期待通りの反応に、リーベは笑みを浮かべた。


「いいですわよ。まあひとまずは、この騒動を沈静化するのを協力してくれませんか?」

「えー、超ダルそうなんだが……本当にそんな事しなきゃダメなのか?」


(吹っ切れたら口が増えた……。これもしかして、わたくしってば凄く余計な事をしたのでは……? もしかすると、面倒が増えただけだったりしますか……?)


 その答えは得られなかったが、リーベは大丈夫だと自分に言い聞かせる事で無理やり自分を納得させた。


「指標を与えろと言ったのはあなたではないですか。それとも、やはり今ここで死んでおきますか?」

「いやいや、やるよ。やるやる。生きるためだからな」

「それでは、部屋の奥まで着いてきてください」

「はいはい。ちゃんと協力するからな」


 ひとまずは解決しましたわね──と思い、リーベはアブーリアを連れて次の部屋へと歩を進める。

 リーベとシュトルツの戦いを書くつもりでしたが、リーベvsアブーリアだけで5000文字を超えてしまいました……。なので、シュトルツの戦いは次回に回します。

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