第26話 仙術と絆
ふぅ、なんとかなったな。
白い溜息を吐いた俺は、ゆっくりと地面に触れる。
「…………やっぱグロいな……」
案の定、地面すら凍てつかせた氷ごと魔獣群の肉体がバラバラに砕け散った。
そこで、パチパチパチと拍手しながらルディアが歩み寄ってくるのに気づく。
「なんだよ、やり過ぎってか?」
「まあ、それはあるね。もうちょっと加減を覚えてほしいよ」
うっ……まあ、そうだな、それはそうだ。
今回はルディアが全力で抑えつけてくれたのでなんとかなったが、とてもそういう環境が整っていない状態で使っていい技ではなかった。〝氷雪流穿〟なんてカッコイイ名前をつけたはいいが、使う機会は少なそうである。
「でもまあ、見逃すよ! ボクは、アヴの成長が素直に嬉しい」
ルディアはそう言って、俺の頭を撫でてくれた。
前なら払い除けていただろうが……今は、俺も素直に嬉しい。
「えへへ……」
思わず照れてしまって、そんな声が出た。
「やはりお前ら、そういう関係性だったのか」
「あらあらまぁまぁ……美しいですわ……♡」
「ルディア……お前に〝誰かを愛す〟という感情があったとはな」
「うんうん」
うるさいな、外野は。
本当にうるさい。
「まぁなんだかんだ、勝てたんだからいいじゃない」
ルディアまで……。
まあ、確かにそうなんだけどね。
──結局、未だに迷いは断ち切れていない。
断ち切りさえ出来れば、ルディアの隣に立つに相応しくなれるだろうか?
「はいはい、この話は終わり! それより、この騒動の黒幕を見つけなきゃね」
「黒幕?」
「うん。だって、そうだろ? 今までこんな事はなかったのに、急に起こったんだぜ? 何者かの意思が介入していると思うべきだと、ボクは思うな」
ルディアの提案を聞いたシルティオスは、長考するように唸っている。
「だが、今日から三日間は〝水竜祭〟の期間内だ。ヴァルネリは私達のいつも以上の庇護を受ける事になる。そんな時に、わざわざ魔獣をけしかけるか?」
「だから、じゃないかな。そういう常識があるからこそ、この期間中に襲撃すればいつも以上の動揺と混迷を招く事になるだろう?」
ふむ──と、シルティオスは更に考えている。
ま、問題もそこそこ。そこは、俺が指摘してやるとしよう。
「だが、誰が、何のために? そもそも、どうしてこんな事をする必要があるんだよ?」
そうなのだ。
何者が、何の動機でこんな事をしたのか。黒幕がいると言うのなら、それに関する根拠が必要なのだ。
「それに関しては思い当たる節も幾つか。私達の庇護の下で罰を受けた者は、私達や私達の国に恨みを持つ者はいるだろう。が……」
「そんな奴らに、魔獣をけしかけるような魔法やスキルを扱えるとは思えないよね」
うーむ、確かに。
そんな小悪党(推定)にそんな力があるとは思えんな。
うーん難しい。
はてさて、これ如何に──
「針停止」
そんな声が聞こえた。
「「───っ!?」」
動けない。
目も、口も、腕も、足も、何も動かせない。
辛うじて、『魔力探知』は使える。
ルディアも、シルティオス達も、誰一人動けていない。経過時間は一秒にも満たないが、全員にとって永遠にも等しい衝撃だっただろう。
「刻印札」
その声が聞こえた時、一枚の御札のようなモノが飛来してくる。
俺、ルディア、シュトルツ、リーベ、シルティオスは結界を張れたので助かったが……。
「おにぃちゃん!!」
経験の差か……シルティアスは反応が遅れ、御札の餌食になってしまった。
シルティアスの足元に魔法陣のようなものが出現する。俺達の『停止拘束』は一秒程度で解けたが、シルティアスはまだ動けない。
「チッ、何者だ」
シルティオスが冷たく告げる。
「そんな事どーでもいいやん」
シルティオスの背後からおちゃらけた声が聞こえた。
ぶっちゃけ驚愕している……。シルティオスは油断するような奴じゃないし、何より──
「いつの間に……」
「ボクでも感知出来なかった。何かの術を使ってるのは確かだよ」
ルディアすら、この男の出現を感知出来なかったというのだ。
そうなると俺も感知不可能だから、そこはもういいのだが……問題は、シルティアスだ。
「彼女をどうする気だ」
さり気なく男の足元を凍らせながら、俺は問う。
このまま行くと、シルティアスがどんな目に遭うかわかったもんじゃない。ここで、逃がしてはいけない。
「抹殺命令。邪魔はさせないよ」
お互いに戦闘態勢。
そうして、戦いの火蓋は切られる。
◇◇◇
コイツ、強い!
単純に膂力も敏捷もヤバイが……。
「針停止」
一番厄介なのが、この一秒間の停止。
単純に攻撃の手や回避行動が止まるので、攻撃をもろに受けてしまう。
わずか一秒の停止だが……たった一秒、されど一秒。かなり厄介だ。
しかしまあ、刻印札とやらが使われる事はない。あの状況的に、ある程度の準備と拘束期間が必要なのかもしれないが……まあ、好都合だな。
しかもコイツの攻撃は防御を透過してくる。何を言っているかわからないだろうが、俺だってそうだ。衝撃が浸透してきて内部で炸裂する……という感じ。
「仙術〝空撃ち〟」
「カハッ!?」
何をされた……?
「思い出した! ソイツの名は〝黒仙〟!! ヴァルネリの大犯罪者だよ!!」
ルディアの叫びが聞こえる。
黒仙……。ヴァルネリの大犯罪者との事だが……。
「おいシルティオス! お前、なんか心当たりとかなかったのかよ!?」
「…………」
クソ、なんで黙ってやがる!!
「なんとか──」
「……死んでいる」
「は?」
「ソイツは、既に死刑が執行されている」
何を言ってるんだ……?
だって、今、目の前に……。
「ああ、それ? ひと芝居打たせてもらった。それだけだ」
……そりゃ、心当たりなんてないはずだ。死んだと思っていたなら仕方ない。
「穿天氷!」
「仙術〝空蝉〟」
「消えた!?」
地面から巨大な氷の棘を生やすが、命中しなかった。黒仙が消えたのだ。
「仙術だ。ソイツはソレを使って、幾度もヴァルネリの国家転覆を謀ってきた」
仙術……コイツ自身も言っていたし、それはわかるんだが……原理は何だ? もしかして、コイツが使う〝針停止〟や〝刻印札〟も仙術か?
厄介技追加だな。不可視の攻撃である仙術〝空撃ち〟と、急に消失する仙術〝空蝉〟。
「チッ、強いな」
「こっちのセリフだよ。仙術……厄介すぎだろ!」
だが、少しずつ慣れてきた。
この仙術なんだが、その根本はほぼ魔力操作の応用だった。特殊なエネルギーとかではなく、その全てが魔力によって運用されている。
〝空撃ち〟は、魔力によって圧縮した大気の砲弾を飛ばす。だから不可視だったのだ。〝空蝉〟は、放出魔力を限界まで薄めた上で小規模に『転移』する事で視界外に消える……という感じだった。あの不可解な打撃は、魔力を浸透させる事によるものだったわけだ。
タネさえわかれば、対処は容易。
俺は地面に触れて黒仙の足元を凍らせて、ルディア達に視線で合図を送る。
瞬間、俺は燃え滾る竜に『変化』し、ルディアはあの三鈷剣を装備。シュトルツは両拳に思い切り魔力を溜め始める。リーベは魔法で俺達に強化をかけ、シルティオスは掌に光を収束させる。
全員が一瞬で攻撃態勢を取った。もう、相手に逃げ場はない──と、思われたのだが。
「ホント厄介やな……ま、この子は貰うで」
誘導されていた。
黒仙は、戦いの中で縛られたシルティアスの近くになるように誘導していたのだ。
「俺は用意周到なんや。そんな俺が、用意してないはずないやろ」
それだけ言い残して、シルティアスと黒仙は『転移』して消えてしまった。
「おい、ルディア!?」
「……ボクはちゃんと『空間掌握』で転移を阻害していた。けど、多分アイツは瞬発力を犠牲にしてどんな状況下でも転移出来るようにしていたんだろうね。ほら、後半はあんまり使ってなかっただろ?」
そういえば、確かに。後半は全く〝空蝉〟を使っていなかった。
これのためか……!
「さてどうするか、アイツらの居場所なんて知らないだろ?」
「それに関しては大丈夫だ」
「へ?」
「私達は、お互いに『視界共有』が可能なんだ。縛られているとはいえ……私の要求に承諾するぐらいは出来るだろう」
「連絡はどうするんだい?」
「それも問題ない。私達の〝絆〟は、妨害すら超えて繋がっている。どんな状況下でも、私達はお互いに『念話』が可能だ」
とんでもない奴らだった。
魔力妨害とか、そういうモノすら超える絆ってなんだよ……俺もほしい! まあ、誰と繋がるんだよって話ではあるがな。
「ボクとアヴだって、〝絆の廻廊〟で繋がっているんだよ?」
ブッ!?
マジか!?
「だって、ボクとキミは肉体的にも繋がっている状態だったじゃないか」
ちょ、その言い方は語弊が生まれますから……。
これじゃまるで俺とルディアが……その……致している、みたいじゃないか。
そんな事実は存在しないので、誤解が生まれてしまいそうな言い方はやめてほしいものである。
まあ、言い方的には間違っていない。致している事実はないが、俺とルディアは確かに繋がっていた。事実、ルディアは俺の肉体に出たり入ったり出来ている。
あの兄妹でも、流石にこれは出来ないんじゃなかろうか?
まあ、それはそれとして。ひとまずは事件解決への糸口が見つかったのであった。




