第18話 熱狂
「うーん、キミとの鬼ごっこも飽きちゃったな。向こうの方が面白そう♪」
震え上がるような笑顔を浮かべたシャムが、唐突にそんな事を言い出した。
「────ッ!?」
次の瞬間、シャムは急に方向転換し、アグニル王国の『都市結界』に向かって全速力で向かい始めた。
「テメエッ!?」
「アハハ〜」
薄ら笑いを浮かべたままのシャムが、全速力で真っ直ぐアグニル王国へと向かう。
──間に合わない!!
焦る。
とにかく焦る。
(仕方ない、使うしか──)
そう思って、俺はまた肉体内の魔子を液状化して加熱膨張させ、背中から噴出しようと試みた。
──のだが。
『無茶だ、アヴ!!』
『ルディア?』
『ソイツは多分、前のより厄介だ。そんな相手の前で、また副作用が来たら──』
ああ、そういう事ね。
けど、心配しないでほしい。
『大丈夫だ。俺に任せとけ!!』
幾らドジな俺と言えど、同じ轍を踏む事はないだろう。
流石にね、流石に。
てかさ。
『ルディアはどこで何してんだ?』
『キミの中』
『ほわっ!? おま、いつの間に!? てか、サボってんじゃねーよ!』
『サボってはないよ。キミの中で、精力的に相手の観察・解析を行っているのさ』
ぐぬ……もっともらしい事言いおって……。
まあ、今回は許してやるか。
『じゃ、サッサと協力してくれ』
『喜んで♪』
「超炎熱化加速推進──全開」
背中に作ったバイクのマフラーのような噴出口から、加熱膨張させた液体魔子を一気に噴出する。
利点は、その勢いが強ければ強いほど速度も上がる事。
難点は、同条件に比例して停止が困難になる事。
しかし、俺は既に、その難点の解決策を模索済みである。それは──
「はっ?」
「ハハッ、ナイスアシストだよ、ルディア!!」
「まったく、人使いの荒い相棒だなぁ!!」
ちょうどいい地点で、受け止めてもらう事。
今回は、シャムの予想到達地点より少し先、『都市結界』の直前で、ルディアの『結界』で受け止めてもらった。
「お仕置きの時間だ、喰らいやがれ!」
「ま、待っ、止まれな──」
俺の右拳に熱が収束する。原理としては、灼熱熔化蹴撃と同じ。今回に関しては着地の心配が皆無なので、普通に打撃でいい。
力任せでいいのだ。ただ、コイツの侵入を防げばいい。
「──極熱赫灼拳打!!」
灼熱を纏った俺の拳が、向かってきたシャムの腹にめり込む。
貫通はしない。だが、それでいいのだ。逆に、喜ばしくもある。
目的は殺傷ではなく、飽くまでも吹き飛ばし。熱を込めたのはオマケだ。
「追うぞ、ルディ──」
そこまで言いかけた時、俺の視界に信じられないモノが映る。
ルディアは、俺の方に向かってきていた。かなり全力そうだ。
そして肝心の、俺の眼前には──
「調子に乗らないでよ」
シャムがいたのだ。
そう。ついさっき吹き飛ばしたハズの、シャム。
シャムが俺の喉に向けているのは、やはりというか、例の鈍く輝く爪。
──正直言って、シャムの事はかなりナメていた。
一度勝てたんだから負ける事はないと、そう思っていた。
しかし、前とは何もかもが違ったのだ。
速度も、膂力も、技量も、何もかも。
だが、違うのは何もシャムだけではない。
「なっ!?」
キィーーーン──という、金属同士がぶつかり合う甲高い音色を響かせて、シャムの爪が受け止められる。
俺の手には、漆黒の剣。
「もう、ルディアに庇ってもらうだけの俺じゃないんだよ」
他でもない、フィエットの意思と魂が宿る〝知性ある武器〟──黒銀蒼の竜剣である。
ルディアも、例の黄金に輝く三鈷剣を持ち出していた。
「エンドマーク!!」
ルディアが叫ぶ。それと同時にその三鈷剣から一閃の光が瞬いた。
放たれたのは闇色の光。その光は刃の形に収束し、シャムの心臓部を突き刺していた。
「カハッ……」
「おい、そんな技あるなら最初から使えよ!!」
「一回使うと再使用出来るようになるまで時間かかるんだ! いいから構えて!」
剣が溶けちまうから、あまり熱は使えないが……。
「紅炎!!」
俺は獄炎霊熱覇を刀身に纏わせた黒銀蒼の竜剣でシャムに続け様に三連撃を叩き込む。
「いける!!」
「ああ!」
そのまま二人の連携で仕留めようとした。
視界の端では、シュトルツもコチラに向かってきているのが見える。
もはや、勝ちは目前──
「うぉおぁああああああああああっ!!」
咆哮。
闇。いや、光。
それは、ルディアが放つ闇色の光にも似ていて──
「危ない!!」
ルディアが俺の前に『転移』して来て、俺に覆い被さるような体勢になる。
「聖域化結界!!」
リーベの声も響く。
そして、次の瞬間。
「──────」
全てを覆い尽くすような闇色の光が爆ぜ、俺の視界を包み込む。
◇◇◇
あれ、どうした……?
視界が……暗い……?
「おい、リーベ! しっかりしろ!!」
この声……シュトルツか……?
リーベに何か……。
目を開けられない……どうにか──
「…………?」
薄っすらと瞼を上げる。瞼の隙間から入り込んでくる光が眩しい。
目の前には、一つの人影があった。
「ルディア……?」
ルディアだ。
全身から流血し、今にも意識を失ってしまいそうな雰囲気だった。
「ゴフッ……無事で、良かった……」
吐血しながらも、俺に向かってそう告げるルディア。
声をかけようとして、俺自身も血を吐いている事に気づく。
それを認識して初めて、全身を巡る激痛にも気づいてしまった。
あれで仕留める気だったのに……。
今の俺は、やはり魔力欠乏症になっていた。このままでは、死あるのみ。
先刻のように回復して貰いたかったが、一番近くにいるルディアは重傷な上に自身の回復に魔力運用を回さなければならない。なので、俺を回復する余裕などないだろう。
声がちらっと聞こえたが、シュトルツとリーベも無理そうだ。何やらリーベも負傷したようだったので、納得である。
「うっ……」
つまり、自力でどうにかするしかないわけで……。
「アハハっ! 前は負けたけど、やっぱりもう負けはないや!」
当のシャムは、楽しげにそう告げる。
そんな間にも、俺は魔血を吐いていた。
いつの間にか、燃え滾る竜状態も解けている。
だが、そんな事は関係ない。
「え? キミ、まだ戦っちゃう気? 大丈夫なの?」
クソが、いっちょ前に心配なんぞしおって……そこはルディアそっくりだな。
「二万年早えーよ、俺の心配なんざ」
「死んじゃうよ?」
死ぬ──確かにそうかもな。
けどよ──
「テメェ殺して死ねるってんなら本望だ」
覚悟は既に、決まっている。
「へえ。それじゃあ、殺してあげる♪」
ただ無邪気に笑いながら、俺に接近するシャム。
俺は地に立ったまま動かない。
それからの戦いは熾烈を極めた。
俺はシャムの攻撃を食らったら終わりだが、相手は俺の攻撃なんて効かない。
果てしなく不利な戦いだ。
「ゴフッ」
また血ィ吐いちまった……。これ以上は……マジで死にかねない……。
「アハハっ! 本当に死んじゃうよ? そんなに死にたいの?」
「クソが……」
そうしてまた、熾烈な攻防を繰り広げる。
今のところは均衡を保っている。……が、しかしだ。すぐに均衡は崩れてしまうのだ。
「あっ──」
「アハハハハッ! 殺ったぁ!!」
シャムの、鈍く輝く鋭利な爪が俺の喉元に迫る。
間違いなく、この爪には〝破壊〟の概念効果が込められているのだろう。防御する手段は極端に少なく、その上今の俺が食らえば一巻の終わり。
ああ、終わりか──なんて、そんな事を考えてしまった、その時だった。
「──ッ!?」
シャムの腕に、闇色の光を放つ刃が突き刺さる。
それは──
「何、やられそうになってるんだよ……! ボクの相棒なら、こんな窮地……簡単に脱せるだろ……っ!!」
「ルディア!!」
満身創痍のルディアが、俺の援護に入っていた。
そして──
「グハッ!?」
「その通りだ。オレの同類であるならば──負ける事など、許さん!!」
シュトルツも。
「な、なんとか……間に合いましたわ……。ご武運を!!」
リーベまでもが、俺を支えてくれていた。
リーベが使った能力で、体力や魔力の大半が回復し、魔力欠乏症も治った。
「このっ……死にかけのクズがァ────っ!!」
シャムも、ようやく本性を顕わにしたな。
すぐに癇癪を起こす。精神的には、まだまだ子供ってわけだな。まあ、それは俺も同じだが。
「手間取らせやがって……シャム……!」
俺の体から炎が立ち昇る。
髪は燃え滾る炎のような紅蓮の短髪に変わり、瞳は希望を宿す黄金色へと。
即頭部からは、赤から紫にグラデーションする角が生えた。
「くそっ、死ね、死ねっ!!」
シャムの爪から放たれた干渉波が、俺の四肢を貫く。
だが、だから何だというのか。
「うぅううううううぅぅぅっ!!」
俺は回復に回せる魔力を全て、右腕の回復に回した。幸い、右脚はまだ使える。
だから、今は。
「………………何なんだよ……キミは……。なんで、動けるんだよ……?」
今は、ただ。
「何なんだよ、お前は───ッ!?」
治った俺の右拳に極熱が収束する。
ここでコイツを倒して……アグニルの破壊だけは防ぐ! 絶対に──ッ!!
「これで終わりだよ、クソ野郎──っ!」
放つのはやはり、極熱赫灼拳打。
ただ、やはり速さが足りない。俺の拳はシャムの頬を掠めるだけで、致命の一撃にはなっていない。
「そちらだけでは足りない……でしょう」
いつの間にか隣に来ていたリーベが、俺の右腕までも癒す。少し見ればわかるのだ。リーベ自身も、ほぼ魔力欠乏症と同様の状態なのに……。
それでも、俺の治癒と、相手の打破……勝利に向けて、俺に託してくれたのだ。
「クソが……とっとと死にやがれよ、傍迷惑野郎!!」
「ボクはまだ死なない! ボクは、まだ、母さんに──」
俺は両拳に極熱を収束させ、シャムに連続殴打を浴びせる。
しぶといって言うなら。
「うぅううぉおおおおおおおっ!!」
何度だってぐちゃぐちゃに殴り殺してやる。
前世こそ、何も出来ないままだった俺。何かをするには勇気が足りなくて、結局何も出来ない、そんな俺。
だから、今世こそは──この世界では、たとえ細やかでも、危険でも。
誰かの役に立ちたい。
「力がっ、漲る!」
力任せでいい。
我武者羅でもいい。
「魂がっ、燃える!!」
今はただ、守れれば──
「俺のマグマが──────」
俺は、両拳に収束させていた熱を一気に右脚に収束させた。
最大威力をブチ込むなら、今しかない。
「クソっ、死ね──ッ!!」
やっぱり隙が大きすぎる──
「っ!?」
甲高い音色を響かせて、シャムの攻撃が受け止められた。
そう、誰あろう──
「させないよ。ボクのアヴには、指一本触れさせない」
ルディアだ。
ありがとう、ルディア。お陰で、ようやく……ようやく相手にも隙が生まれた。
相手が放った攻撃はかなり無造作で、しかしそれでいて俺の命を刈り取るものだったのだ。それを防いでくれたルディアには、感謝してもしきれない。
だから、感謝は──
「俺のマグマが、迸るぅうううぅ──ッ!!」
俺は右脚を振り上げ、シャムに向かって全力で振り下ろす。
──感謝は、勝利で。
「ボクは死なない、負けない!」
「死ぬんだよ、お前は!!」
ああ、だめだ。
勝利の女神は、いつだって俺にそっぽを向く。
「勢いが……足りない……!」
「ハハハハハ!! 結局はボクが勝つんだ!!」
たくさん庇ってもらった。
たくさん、サポートしてもらった。
もう、今以上の好機は訪れない。
負けられない。
「うぐぅうううううぉおおおおおぁああああああああ────ッ!!!!」
だったら後は、気合で──加速!!
「は? 勢い……強く……なって……っ!?」
「火事場の馬鹿力ってなァ、シャム! 一つ言っとくけど──」
そうして──
「根性、ナメんな!!」
防御していたシャムの腕を突破し、俺の足が胸部に届く。
あとは、貫くだけ──ッ!!
「うぅううぁあああああああああ────ッ!!!」
最後の力を振り絞って、最後の超加速。
──そうしてやっと、全員のギリギリが、勝利に繋がったのだ。
物凄く長い……。
読み飽きてしまっていたら、すみません。シャム君、ちょっと強すぎかな?




