第15話 漲る力、迸るマグマ
明くる日。
時間は、ぴったり正午といったところだろうか。
──そろそろだろう。
「ルディア」
「もういいのかい? まだ、不安が残っているように思うけど?」
何を言っているのやら。
そんなの、不安に決まっている。今から戦うのは、この異世界で初めての障壁だから。
「不安に決まってんだろ。でも、同時に安心もしてる。いざって時は、お前が止めてくれるだろうし」
なので、俺はそう言ってはにかむ笑顔を浮かべるのだ。
俺にはルディアがいるので、何の心配もしなくていい。最悪の場合でも、俺が死ぬ事はないだろうなと思える。
それに、『形態変化』もバッチリ習得済みだ。
──あの時々こそ、怒りに身を任せて使った力。
もう、負ける気はない。
──しかし、今日は違う。今日は戦って、勝つためにこの力を揮う。
◇◇◇
ルディアによる『転移』スキルで、あの荒れ地に舞い戻ってきた。
見渡してみると、広大な荒れ地の真ん中に、男がいた。真っ黒な長髪に、ギラギラと輝く真っ赤な瞳を持った、美しい男。
見紛うはずもない、シュトルツである。
「やっと来たか」
「ああ、準備に手間取ってな」
そんな会話を交わして、お互いに戦闘態勢を取る。
「あの剣は使わないのか?」
「ああ。熔けちゃいけないんでな」
「なに?」
如何に魂を使用した剣であろうとも、俺の〝熱〟には耐えられない可能性があった。
なので、黒銀蒼の竜剣は使わない。
「さぁ、戦ろうか」
そう呟きながら、俺は肉体に宿る属性概念を変化させていく。〝火・水・土・風〟──自然四大属性を均等に統べていたものを、極熱──〝炎〟だけに一極化させて。
俺の純白の長髪が燃え滾る炎のような紅蓮の色に変化する。後ろ髪がチリチリと音を立て、灼け落ちた。長かった髪は、俺自身の熱によって短髪になるまでに灼ける。
体が灼けるように熱い。これだ、この感覚だ。
力が漲る。魂が燃える。
迸るマグマのような力が湧いてくる。
名を冠するとするならば──
「燃え滾る竜……カッコイイ名前だろ」
これがピッタリなのではなかろうか。
「アハハっ、ピッタリじゃないか! さて、どうなるかな?」
ルディアもこう言ってくれているしね。
もう、負ける気がしない。俺の視界にあるのは〝勝利〟の二文字のみだ。
「フンッ、少し姿が変わったくらいで、オレが負けるとでも──」
やっぱり、油断しているな。ま、俺の勝機はそこにしかないわけだが……笑えるほど上手く行ってしまった。
「ふぐぅっ!?」
「遅い」
シュトルツ……コイツは、さぞや困惑した事だろう。
当たり前だ。つい一秒前まで目の前……それも、拳など届くはずもない位置にいたのが、急に懐に現れてブン殴られていたのだから。
核熱ロケットというものがある。原子力推進……またの名を〝核熱推進〟というのだが、それを利用したロケットの事。
原理としては、核分裂炉又は核融合炉が生み出す高熱により、直接推進剤──多くは水素が用いられる──を加熱膨張させ、ノズルから噴出して推進する方式。
今回は、これを利用した戦術を編み出した。
名付けて、超炎熱化加速推進。
原理も前述のそれとほぼ同様で、水素の代わりに魔子を用いている。
まず魔子についてだが、魔物というのは全身が魔子で構成されている……または、血液の代わりに液体魔子が巡っているのだが、俺の場合は前者。なので、それを利用する。
身体を構成する魔子の一部を、燃え滾る竜状態によって生み出される熱で加熱膨張させて、背中から体外に噴出する。人外じみた方法だが、これでいい。
欠点といえば、自力で止まるのが困難な事ぐらいだ。直線上の瞬間最大速度は音速にすら届くものであり、視認するのは容易ではない。なので、デメリット以上にメリットが大きい。
ルディアならば視認ぐらいなら可能だそうなので、同格であろうシュトルツも視認出来る前提で挑んでいた。
なので、相手の油断のみが勝機だった。……のだが、案外簡単そうである。
「ばっ、馬鹿な……何だ、今のは?」
「へっ、油断したな、馬ァー鹿!」
ここぞとばかりに煽る俺。だが、これでいいのだ。
「チッ、舐めやがって……」
◇◇◇
いや、ヤバいかも……。
煽ったのは間違いだったかもしれない。
初手こそ俺が出し勝ちしたようなもんだが、それだけじゃ終わらなかった。当たり前だけど。
問題は、相手の肉体スペックだ。
シュトルツも素手で戦うタイプらしいが……拳速が速過ぎる。対応するのもギリギリで、反撃の隙がない。攻撃の出がもの凄く早いのだ。
しかも、あの反発力もある。下手に食らうと終わりなので、受け流すしか方法はない。
更に、コイツの技量も中々だ。先々を読んだ攻撃……といえばいいか。俺の攻撃や行動を読まれて、次々と対策を打ってくる。
「先程の威勢はどうした?」
「うるせぇなマジで」
相手も煽ってきやがるので、ちょっとイライラしてくる。
でも、キレてはいけない。キレて視野狭窄になれば、瞬殺される未来が待っているからだ。
「お前の熱も厄介だな」
「テメェこそ、何だよその拳速は」
「フッ、伊達に鍛えていないのでな」
無駄に格好良くキメやがりよってからに……。
だが、徐々に慣れてきている。
ここからは、反撃の時間だ。
「むっ!?」
「やっと焦ってきたみてーだなァ!」
ずっと溜めていたのだ。
激しい攻防の間も、ずっと。初撃から、ずっと。
最大効率の超炎熱化加速推進ならば、音速の壁すら易々と超えられる。
それを、ギリギリまで接近したところで──
「ぐふっ!?」
右肘から噴出し、音速を超えた殴打をブチ込む。
そして、必殺技は一つだけではない。
「ふぅうううぅ……」
俺は、生み出された灼熱を右脚に収束させていく。体外に放出されていた熱がピタリと止まり、放出されるはずだった熱までも、全てが右脚へ。
熱量は圧縮され、破壊力すらも生み出すほどに。
「くっ!?」
俺は高く飛び上がり、最高地点から落下を始める。
少しだけ残った熱で、申し訳程度に加速しながら──
………
……
…
「もう一つの必殺技を用意したい?」
ルディアが、少し驚いたような声で聞いてくる。
「一つだけで十分ではないかい? そのバーニングアクセラレーションとやらだけでも、十分に太刀打ち出来ると思うけど?」
「そうじゃないんだな、これが」
「じゃあ、どういう事だい?」
「万全を期したいんだよ。絶対勝ちたいからな」
「熱を収束させた蹴り、ねえ。確かに、とても有効だと思うよ。けど、なんで蹴り?」
「脚の方が、着地が楽だろ? あとはまあ、カッコイイからかな!」
………
……
…
「灼熱熔化蹴撃!!」
「高潔なる打破ッ!!」
俺の足とシュトルツの拳がぶつかる。
万物を破壊するほどの威力が篭もったシュトルツの拳は、かなり厄介だ。
厄介……それだけである。
解釈を拡大した俺の〝熱〟は、概念すら灼き尽くす。破壊の干渉波すらも熔かして、超えていくだけなのだ。
「ぐぅうっ!!」
「これで終わりだ、つったろ!!」
ぶつかった事で威力が拮抗し、勢いを保ちながら止まれた事が幸運だったな。
熱はもう、充填済みである。
「ううぅぅううううううぁあああああ────ッ!!」
今回三度目の、超炎熱化加速推進。
加速で威力が加えられ、繊細な均衡が崩れる。
俺の全力の蹴りがシュトルツに命中。そのまま、シュトルツを蹴り飛ばしたのだった。




