第11話 灼熱暴走
「ガフッ」
ああ、ダメだ。
クソッ、そうだった、そうだったよ。
この世界は無情だ。無情なんだ。この、無情な世界は──
「トリステスさんッ!!」
吐血して倒れそうになったトリステスさんを、俺は慌てて支える。
「ひゃはは♪ あれぇ? 庇ったの? 死にたいの? ひゃは、ひゃははは♪」
そんな青年の嗤い声が聞こえたが、そんな事はどうでもいい。
「なん、なんで、おれ、おれを……」
「カハッ……う、ふふ……無茶が……過ぎ──ゴフッ」
トリステスさんは、喉と両肘、心臓、両肺、その他の臓器がある場所に穴が空いていた。そこから大量の血が流れている。
喉に穴が空いているので、本来ならば喋れないハズの重傷。この命が燃え尽きるまで、もう秒読みだ。
「もう喋らないでくれ! もう、もう……お願いだ、回復に、専念して……」
「ひゃは? 無理だよ? それ、治らないもん! ひゃははは♪」
は?
何だと……?
「グフッ……ふふ……らしい、ですわよ……」
「喋るなって、なあ!」
回復魔法は、その全てが神聖魔法という魔法に集中している。元素魔法や精霊魔法には、使えそうな回復系魔法はない。
精霊魔法:豊穣の祈りならば外傷だけでなく、内傷──つまり、体力や魔力の消耗すらも完全回復させる事が可能だが、発動条件として周囲が密林である事というものがある。なので、発動出来ない。
「もう……わたしは、助からない……。う、ふふ……アヴラ……ジュ、さん……どう、か……生きて──」
それだけ言い残して、トリステスさんの瞳から生命の燈火が消える。
──この、無情な世界は──どこまでも、残酷なんだ。
「ひゃははは♪ 死んだ? 死んだよね? ひゃはは、死んじゃった! ひゃははは♪」
どうしてだ?
なんで失った?
また、俺が弱いから?
いや、俺は──。
「ひゃはは、キミも死んでぇ──っ♪」
そう叫びながら、青年が俺に向かって爪を振り下ろす。
「──っくぅっ! ぼうっとしないっ!」
ルディアが、黄金の三鈷剣で爪を受け止めていた。
体が熱い。
自分が灼け死んでしまいそうなほどに、熱い。
これは、何だ?
不甲斐なさ?
怒り?
憎しみ?
その、全てだろうか。
いや──今は、そんな事どうでもいい。
俺は、抱き起こしていたトリステスさんの遺体を炎で焼けないギリギリのところに安置する。
「お前……名前は?」
果てしない憎悪を抱えながら、謎の青年に問いかける。
「ボクの名前? そうだね、面白そうだから教えてあげる! ボクはシャム」
シャム……。
そうか、シャムか。それが──
それが、俺が今からぶち殺すヤツの名前か。
「シャム……お前、お前は……俺が、殺す」
紅蓮の色に染まった髪を逆立たせながら、俺はそう告げた。
◆◆◆
何が起こっているんだ? ──というのが、ルディアの偽らざる本音。
目の前には、普段と違う様相に変化したアヴラージュ。
(アヴの身に何が起こっているんだ……?)
アヴラージュは、姿形がいつものそれとは大幅に違う。
美しい純白の長髪だった髪は、今や燃え滾る炎を連想させる紅蓮の短髪だ。瞳も、血よりも深い深紅色だったものが眩い黄金色の瞳に変わっている。
極めつけは、即頭部から生える一対の角。それは、赤から紫にグラデーションする鋭利な竜角。
村で変化した時は、髪がうっすら赤くなるだけだったというのに、今や鬼神の如き様相だ。
最も変わっているのは、彼が放つ熱量。
彼は、熱など放たない。そんな存在ではない。
しかし、今はどうだろうか?
身体から放たれた熱で地表が溶岩になってしまう程に、高い熱量を放っている。
周辺一帯を覆い尽くす炎など、今のアヴラージュを前にしては火の粉程度の熱量しか放っていないように思える。
実際、彼自身の熱で、彼の一部が灼けていた。
それは、髪だ。
本体に近い部分は灼けてなどいないが、それよりも遠い位置にある髪の毛が灼けていた。
そう。本来は長かった髪が、短髪になってしまうほどに灼け、燃えていたのだ。髪の毛や身体の一部は、エネルギーが尽きない限り無限に再生するというのに、その再生が追いつかないほどの熱。
(今のアヴはもう……ボクには、止められない……)
アヴラージュよりも永き時を生きるルディアですら、絶望する事しか出来ない。
そんな圧を、今のアヴラージュは放っていた。
青年──シャムは、焦りを隠せない。
(何が起こってるの? さっきまでコイツ、こんなんじゃなかった!)
それは、見た事もない事象。
最初は、簡単な敵だと思った。傍にいたルディアこそ厄介だが、それ以外は道端に転がる石ころレベルの雑魚。
そう思っていたというのに。
今、目の前に立つ者は、特別な存在である筈のシャムが自然と恐怖心を抱くような様相に変わっている。
(こっ、これは……? ボクが、もしかしてこのボクが、この程度の奴に怖がってるの……?)
それは、シャム自身も理解し難い事象。
自分が、恐怖している。
目の前の存在に、恐怖している。
今すぐにでも逃げ出したくなっている。
(そんな事は……ありえない!!)
果てしない悔しさを憶えたシャムは、目の前の存在に、がむしゃらに挑みかかる。
◆◆◆
「ボクを殺すだって? 思い上がるなよ、クソ野郎──ッ!!」
フザケたような口調すらかなぐり捨てて、シャムが俺に襲いかかる。攻撃方法は、やはり鈍く輝く爪だ。
「殺すったら殺すんだよ、ゴミが」
俺は爪を跳ね除けて、シャムの腹を殴りつける。
「──ッ!?」
心底驚いたような表情で、シャムが後ろに飛ぶ。
見てみると、シャムの腹部がドロドロに熔けていた。
「熱ッ!? 熱い、熱いぃいいいっ!! きっ、キミっ、お前、何者なんだよ!?」
「教える義理はねェよ」
淡々と答えながら、俺はシャムにゆっくりと歩み寄る。
すぐには殺さない。たっぷり甚振ってから殺す。
楽に死ねると思うなよ──ッ!!
「くっ、来るな! 来ないで、来ないでくれ!!」
そんな俺の心の内が視えたのか、急に命乞いを始めた。
何なんだよ、コイツは。
都合が良すぎるだろ。
コイツは俺から奪ったのに、俺はコイツから奪っちゃいけないのか?
そんなわけない。奪われたら、奪う。命が奪われたなら、同じものを奪う。
それだけだ。
「許すわけ無いだろ、クズ外道」
そう告げながら、俺はシャムの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
そして、また腹を殴る。
蹴る。
折る。
貫く。
投げる。
叩きつける。
反撃など許さない。許せない。
「あがっ……グフッ、ゴハァッ……」
俺の無慈悲な連続攻撃を食らったシャムは、全身のいたるところがドロドロに熔けていた。小さく蹲って、果てしない激痛と熱に耐えているようだ。
当然、それを許す俺ではない。
シャムの力……そして技量は、間違いなく本物だ。
それを証拠に、ルディアと互角の戦いを繰り広げていた。
だが、それが何だというのか?
そんなもの、圧倒的な力で超えればいいだけの話。俺には、なんら関係のない事。
「終わりだ」
「だっ、だずげでぇ……殺ざないで……だずげでぐだ──」
「死ね」
俺は一気に体から発する熱の温度を上げる。
「アあぁあアああアあアアアアァ────ッ!!」
最期にそんな叫びを上げ、シャムは──極大化した灼熱によって、跡形もなく消し炭になった。
アヴラージュ……怖いね。




