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生配信中の足コキ(机の下)と、心音重なるワンルーム

「……ねえ、健太。今夜、アレやるから」


「アレ?」


PCウイルスの件から数日後。

もはや当たり前のように合鍵を持って俺の部屋に入り浸っている真白が、冷蔵庫から俺の麦茶を取り出しながら言った。


「ASMR配信よ。……久しぶりだし、みんな『ママ』に飢えてる頃だから」


「あ、ああ。じゃあ俺は静かにしてるか、ベランダに出てるよ」


俺はコーディングの手を止めて立ち上がろうとした。

この部屋の防音性は高いが、さすがに同じ室内で男の生活音がしたら炎上不可避だ。


しかし、真白はストローを咥えたまま、俺の服の裾をクイクイと引っ張った。


「……行かないで」


「へ?」


「一人は……まだ、ちょっと怖いの。……だから、ここにいて」


上目遣い。少し潤んだ瞳。

先日の一件(住所特定未遂)がまだトラウマになっているのだろう。

そんな顔で頼られて、断れる男がいるだろうか。いや、いない(反語)。


「わ、わかった。じゃあ、俺はここで仕事してる。呼吸音すら立てない地蔵になるよ」


「ん。……いい心がけね」


彼女は満足げに微笑むと、デスクの横にダミーヘッドマイク(耳の形をした高性能マイク)をセッティングし始めた。



『——あらあら、迷える子羊ちゃんたち。今夜も眠れないの?』


配信が始まった。

俺はデスクに向かい、キーボードを「無接点静音モード」で叩いていたが、背筋がゾクゾクしていた。


すぐ隣、手を伸ばせば届く距離に、あの『夜空メルディ』がいる。

彼女は高性能マイクに向かって、とろけるような甘いウィスパーボイスを囁いている。


『今日はね、特別に……耳かきをしてあげる。ゴリゴリ削って、脳みそまで溶かしてあげるわ』


彼女がマイクのシリコン製の耳を、竹製の耳かきでカリカリと擦る。

俺はヘッドホンをしていないのに、その生音が直接鼓膜に届く。

視覚と聴覚の暴力だ。


しかも、問題はそれだけじゃなかった。


(……な、何してるんだ、こいつ……!?)


俺は冷や汗を流しながら、必死に声を押し殺していた。


デスクの下。死角になっている足元。

そこで、真白の**素足**が、俺のふくらはぎに絡みついていたのだ。


『……んっ……ふふ、ここが痒いの? もっと奥がいい?』


マイクに向かってリスナーに語りかけているセリフだが、状況が状況だ。

どう考えても、俺に向けて言っているようにしか聞こえない。


彼女の小さな足指が、俺のズボンの裾から侵入し、スネの素肌をツーっと這い上がってくる。

冷たい。でも、柔らかい。


(ちょっ……声出せないって分かってて……!)


俺が恨めしげに横目で見ると、彼女はマイクに向かって甘い吐息を漏らしながら、目だけは楽しそうに俺を見てニヤリと笑っていた。


『あら、ビクッてしたわね? ……敏感な子。お姉さん、ゾクゾクしちゃう』


彼女はマイクの耳元に唇を寄せ、湿った音を立てる。

**クチュ……ちゅぷ……。**

同時に、デスクの下では、彼女の足裏が俺の太腿の内側を、いやらしく愛撫していた。


配信上の数千人のリスナーは、このリップ音が「自分たちに向けられたもの」だと思って歓喜しているだろう。

だが、現実は違う。

彼女は俺の太腿の感触を楽しみながら、俺の反応を見て興奮し、その熱をマイクに乗せているのだ。


(……こんなの、公開羞恥プレイじゃないか……!)


俺のイチモツが悲鳴を上げそうになった頃、ようやく彼女は『おやすみなさい』と配信を切り上げた。


「……ぷはっ。お疲れ様」


配信終了ボタンを押した瞬間、彼女は素の女子高生の声に戻り、大きく伸びをした。

そして、ずっと俺の足に絡みついていた自分の足を引っ込めた。


「……お前なぁ。放送事故になったらどうするんだよ」


「んー? 健太が声出さなきゃいいだけじゃない。……それに」


彼女はゲーミングチェアを回転させ、俺の方を向いた。


「ドキドキしたでしょ? ……仕事の手、止まってたわよ」


「……否定はしない」


「素直でよろしい」


彼女はクスクスと笑うと、俺の膝の上に——まるで飼い猫が定位置に戻るように、ちょこんと座った。

あまりに自然な動作すぎて、俺も受け入れてしまっている。

背中を預けてくる彼女の体温が、シャツ越しに伝わってくる。


「……ねえ、健太」


「ん?」


「今日、帰るのめんどくさい」


彼女は俺の胸に後頭部をグリグリと押し付けながら呟いた。

隣の部屋だぞ。徒歩5秒だぞ。


「……泊まってくか?」


「……ん。一緒に寝る」



消灯後のベッドルーム。

シングルのベッドに二人。狭い。

でも、不思議と窮屈ではなかった。


真白は俺の腕を枕にして、しがみつくようにして横になっていた。

シャンプーの香りと、女の子特有の甘い匂いが鼻腔を満たす。


暗闇の中、彼女の寝息だけが聞こえる。

さっきまでの小悪魔的な妖艶さはどこへやら。今はただの、無防備な少女だ。


「……健太」


寝言かと思ったが、違った。

彼女の手が、俺のパジャマの背中をぎゅっと掴む。


「……私ね、ずっと一人だったの」


「……」


「絵を描くのも、配信するのも、全部部屋で一人きり。……ネットの向こうにはたくさん人がいるのに、画面を消すと、シーンってしてて」


彼女の声が少し震えている。


「あのウイルスの時、本当に怖かった。全部バレて、居場所がなくなっちゃうんじゃないかって」


俺は何も言わず、彼女の頭に手を置いた。

サラサラとした髪をゆっくりと撫でる。


「でも、健太がいた」


彼女は顔を上げ、暗闇の中で俺の目を探した。


「隣に、こんなにお人好しで、私のわがまま聞いてくれて……私の足を気持ちよさそうに受け止めてくれる変態・・がいてくれて、よかった」


「最後の一言は余計だ」


「ふふ」


彼女は小さく笑うと、身を乗り出し——。

俺の頬に、チュッ、と柔らかい感触が触れた。


「……おやすみ、健太。……大好きよ」


それは、配信用の『メルディ』の声でも、いつもの毒舌な『真白』の声でもない。

17歳の、等身大の女の子の声だった。


俺は一瞬思考停止して、それからゆっくりと彼女の背中に腕を回した。


「……おやすみ、真白」


抱き寄せると、彼女は安心したように俺の胸に顔を埋めた。

数秒後には、規則正しい寝息が聞こえてきた。


モニターの光も、キーボードの音もない夜。

俺は、人生で一番温かくて、一番心臓に悪い夜を過ごすことになった。

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