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第4章 冷たい歓迎、冷たい夫(後半)

 部屋に戻ると、冷たい石の壁に囲まれた空間が重くのしかかってきた。

 窓を閉めても隙間風は止まず、夜の空気は骨身に染み入るほど冷たい。王都で過ごしたぬくもりに満ちた部屋とはまるで違い、ここでは心まで凍りつきそうだった。


 私は暖炉に火を入れようとしたが、薪が湿っていてなかなか燃え上がらない。火花が散り、やがて煙だけが立ちこめた。

「お嬢様……」

 エマが心配そうに顔をしかめる。

「大丈夫よ」私は平然と答える。「すぐに慣れるわ」


 本当は指先がかじかんで、震えを抑えるのに必死だった。

 けれど、ここで弱音を吐けば、確かに兵士たちが囁いた通りになってしまう。

 私は唇を噛み、火を育てることに集中した。


 その時、扉がノックされた。

 「入れ」

 無骨な声が響く。アレクシス殿下だった。


 彼は部屋に足を踏み入れると、冷ややかな視線を巡らせた。暖炉から立ちのぼる薄い煙を見て、眉をわずかにひそめる。

「……慣れぬだろう」


「ええ、少しだけ。でも、すぐに慣れます」

 私は毅然と答えた。


 殿下はしばし黙って私を見つめていた。氷のように冷たい眼差し。だが、その奥に何かを探るような気配があった。

 やがて彼は、手にしていた布袋を机に置いた。

「これは領民からの贈り物だ。粗末なものだが、受け取れ」


 袋の中には、手編みの小さな布手袋と乾燥した薬草が入っていた。

「寒さを和らげるのに使え、と」


 意外だった。辺境の領民たちは、都会の令嬢を快く思っていないはずだ。だが、その中にも私を案じる者がいる。


「……ありがとうございます」

 私は布手袋を両手にはめ、ぎこちなく笑みを作った。


 殿下の瞳が一瞬だけ和らいだように見えた。しかし次の瞬間には、再び氷の仮面に覆われる。

「早く休め。明日からは領地を見て回る」


 そう告げて、彼は部屋を後にした。


 扉が閉じられると、私は深く息をついた。

 冷たい夫。冷たい歓迎。

 けれど、ほんのわずかに見せた揺らぎが、確かに私の心に残っていた。


 私は暖炉の前に座り込み、薬草の香りを嗅ぎながら考えた。

 ——この地で生き抜くためには、殿下と共に歩まねばならない。

 氷の壁を崩すことができれば、きっと領民も私を認めてくれるだろう。


 窓の外では、雪がちらちらと舞い始めていた。

 辺境の冬は王都よりも早く訪れる。

 寒さの中で始まる新しい生活は、試練に満ちている。


 私は毛布にくるまりながら、明日への覚悟を胸に刻んだ。

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