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第4章 冷たい歓迎、冷たい夫(前半)

 馬車の車輪が最後の坂を登り切ったとき、視界に広がったのは灰色の石で築かれたヴァルハルト城だった。城壁は高くそびえ、黒々とした山脈を背にして不気味な影を落としている。王都の宮殿のような華美さはなく、むしろ冷たく、戦いに備える砦のように重々しい雰囲気を漂わせていた。


 「ここが……」

 思わず声に出すと、隣に座るアレクシス殿下が短く告げる。

 「ヴァルハルトの城だ。今日からお前の住処になる」


 その言葉には温かみも歓迎の響きもなかった。まるで「牢獄に送られる囚人」に伝えるかのような無機質さだった。


 城門をくぐると、待ち構えていた兵士たちが一斉に槍を突き立て、膝をついた。

 「殿下、ご帰還を!」


 だが、その列の後ろに控えていた侍従や女官たちの表情は硬く、私に向けられる視線には警戒と疑念があった。

 「都会の令嬢が……辺境で何をできる」

 そんな声なき声が、彼らの目に映っていた。


 馬車を降りると、冷たい風が頬を打った。王都では春の陽気に包まれていたのに、ここでは空気そのものが鋭く、肌を切り裂くようだ。


 「セレナ・アルディア様、こちらへ」

 案内に立ったのは、年配の侍従だった。礼は失していないが、声に柔らかさはなかった。私は無言で頷き、殿下とともに石造りの城内へと足を踏み入れた。


 広い廊下を進むと、壁には王家の紋章と並んで、ヴァルハルト家の紋章が掲げられていた。黒地に銀の狼。その眼差しは凍り付くように冷たく、まるでこの地を象徴しているかのようだった。


 やがて食堂に通された。長いテーブルには燭台が置かれていたが、料理は簡素なものばかりだった。硬い黒パンに塩漬けの肉、煮込んだ豆のスープ。王都での食卓とは比べものにならない。


 「……質素ですね」

 私が思わずつぶやくと、殿下はパンをちぎりながら答えた。

 「贅沢は敵だ。ここでは兵を養う方が先」


 彼の言葉は冷たいが、そこに偽りはなかった。領主として当然の判断なのだろう。私はスープを口に運び、冷めた味わいを飲み下した。


 食事の間、会話はなかった。殿下は黙々と食べ、私もまた無表情のまま食事を終えた。長い沈黙の時間が、かえって互いの距離を突きつけてくる。


 その後、私の部屋に案内された。厚い石壁に囲まれたその部屋は、王都の寝室に比べれば寂しいほど質素だった。家具は最低限で、暖炉はあるものの火は入っていない。窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしていた。


 荷物を運び込んでいたエマが小声で囁いた。

 「お嬢様……皆の視線が厳しゅうございます。まるで、お嬢様が敵であるかのように」


 私は鏡台の前に座り、髪飾りを外しながら答えた。

 「当然よ。彼らにとって私は、王都から押し付けられた異物。信じられるはずがないわ」


 鏡に映る自分の顔は相変わらず無表情で、感情の影は見えなかった。だが胸の奥には、強い熱が渦巻いていた。

 ——必ず、彼らに認めさせる。

 この冷たい城に、自分の居場所を築いてみせる。


 その夜。


 廊下を歩いていると、背後から声がした。

 「王都のお嬢様には、ここは堪えるだろうな」


 振り返ると、兵士の一人が嘲笑を浮かべていた。

 「すぐに泣いて帰ると噂してるんだ。殿下も、どうせ長くは続かんと思ってる」


 私は彼を睨み返し、冷ややかに言った。

 「泣くのはあなたたちの方かもしれませんよ」


 兵士は一瞬たじろぎ、舌打ちをして去っていった。

 背中に残る緊張感を押し殺しながら、私は胸の奥で固く誓った。


 ——この城で生き抜く。冷たい夫に認められるその日まで。

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