第2話 それはミミックではない(2)
「ミヤさぁ、あんな連中にまでていねいな対応することないと思うぜ」
厄介なお客様がお帰りになったのを見届けた後、細長い尻尾を振りながらシアンは言った。
「あはは、日本時代の接客のクセでね……」
私は笑ってごまかす。
そんな私をキトンブルーのような色合いの瞳が見つめる。
キトンブルーとは猫が子供の時にだけ見られる青い目の色の事
だが、猫の場合、白目の部分が青いのに対し、シアンの顔は人間なので黒目の部分が青い。
「お客様は神様ってね。私が死ぬ間際には『カスハラ』って概念も広がり始めてたけんだど」
ぼんやりと思い出したことを私は口にする。
「へっ、カス……、なんだって?」
「説明するのは難しいな……、つまりその、カスが腹立つ言いがかりをつけるってことよ」
カスタマーハラスメントの略『カスハラ』。
カスタマーもハラスメントも一から説明するのが面倒くさいので言い換えてみた。
意外としっくりくる言い回しだったのか、なるほどとシアンはうなずいた。
この世界に私を転生させた『神』が与えた仕事がこのダンジョンの管理運営。
でも、利益を出せとは言われていないし、実際、もうかってももうからなくても、給与はダンジョン組合から出ているので変わらない。必要以上に愛想良くする必要はないというシアンのいうことも一理ある。
「たださ、あんまり塩対応だと口コミに書かれるのよ」
この世界には私のほかにも地球から転生してきた者が多くいる。特定の空間の中で魔物を狩りその見返りに何らかの宝物を得ることができる場所を『ダンジョン』と名付けたのは、その転生者たちだ。
転生者の中のある集団が、各ダンジョンの構造や出てくる魔物、ゲットできるお宝などをまとめた情報誌を隔月で発行するようにまでなっている。
そこでは冒険者による口コミ評価も紹介されている。
『魔物はたいしたことないし置いてある宝もしょぼい、ついでに言うと、受付嬢の愛想も悪い』
『案内役の女の言い方が冷たい、あれでは萎える』
『難易度B級、ガイド役の女の態度もB級』
などなど……。
受付、案内、ガイド、そう言われているのは間違いなく私のことだが、この言われようはけっこうへこむ。
だけど、シアンが言っていた『ていねいな対応』を心がけたら、さっきのような目にあったりもするので、なかなかバランスが難しい。
「俺がいつだって助けに入れるとは限らないんだからな」
シアンが機嫌悪そうな口調で言う。
我らがダンジョンの用心棒的な立場のシアンだが、他にも様々な仕事を抱えている。いつも私のそばについてもらえるわけではない。心配で忠告してくれているのだろうなというのは理解できる。
考え込んでいると後ろから声がした。
「どうしたの、二人して仏頂面で?」
振り返ると長身の麗人が穏やかな笑みを浮かべ立っていた。
「ユーグか。今日は果樹園のチェックだっけ?」
シアンも振り返り尋ねた。
ダンジョンに必ず一人は常駐しなければならない治療師。
名はユーグ、人手がないので各エリアの見回りなどもやってくれる。
銀の髪に黄緑色の瞳、優麗な美貌の持ち主だが無性である。
聞いた話だが、実は彼(彼女?)は私と同じ異世界人である。
私のいたところとは違う世界から魂だけ渡って来たらしい。
このダンジョンを作り上げた前任者は人造人間を作成し、そこに魂を宿らせ自由に動けるようにしてあげた。
前任者は彼(彼女?)の魂の性質を見て、自分と同じ女性だと思い女の体を用意したが、宿ってみるといつの間にか無性の体に変わってしまっていたそうだ。
人造人間は本人が希望する形にいろいろ姿を変えられる。本人が意図しなくても、魂の状態に合わせて自動的に変わってしまう場合もある。ユーグには性別に対する意識が無かったようなのでこうなったらしい。
無性とはいえ、その美しすぎる容貌は何かと騒動を起こす可能性があるので、対外的にはあまり顔を出さず、医療業務がないときはダンジョン内の見回りや植物の手入れなど、裏方の様々な雑用を引き受けてくれている。治療師として外部の人と接しなければならないときは、魔法で顔にあざを作り、色眼鏡をかけてごまかしている。
「リンゴの花のつぼみが膨らみかけていたよ。楽しみだね、今年はどれくらい黄金の実がなるかな?」
邪気のない笑顔、破壊力ありすぎ……。
「黄金のリンゴは俺にとっても必須の食材だからな」
シアンが答える。
獣人であるシアンはその優れた身体能力から、実験動物として扱われ虐待を受けていたところを前任者に救われたそうだ。それに恩を感じ、彼女が亡くなった後もこのダンジョンに残って管理を手伝ってくれている。
ちなみに黄金のリンゴが必須というのは、そのリンゴは体内に入った瘴気を輩出させる効果がかなり強いらしい。獣人は人間より瘴気に対する感度が高いので、できるだけこまめに排出するようにしなければならないのだ。
「今日はもう新たに客は来ないだろうし、閉めるか?」
シアンが私とユーグに聞いた。
ダンジョンの攻略者は通常午前中に訪れ夕方には終了して帰っていく。
S級などのトップクラス難易度のダンジョンなら中で泊りのケースもあるが、うちのようなB級ではそれはあり得ない。日が傾きかけた時間帯に新たな挑戦者が訪れることは考えにくいのだ。
「そうね、でも片付ける前に客にかみついた『ハエトリソウ』の状態を確認したいんだけど、ついてきてくれる?」
私は二人に打診した。