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第16話 雇われ管理人の一日(4)~中心街のケンジのお店~

 街の中心部にはギルド支部のほか、議事堂や庁舎、そして各種有名店などが立ち並び、人通りも東門付近よりはるかに多い。


 ポータルは去る者用と来る者用の二つに分けられている。

 次の人のために私たちはさっさとポータルから離れるとケンジの大豆ショップに向かった。


 この店を訪れるのは初めてではない。

 懐かしい日本の味のお店ということで私はかなり常連となっている。


「おひさしぶりです!」


 ショップに併設する食事処を開けると、店員のコウジが私たちを見てあいさつをした。まだ十五歳の少年で、日本人ぽい名前だがそうではない。みなしごだったらしいがケンジに引き取られ、名前をつけてもらいここで働いている。


「今日は何を食べようかな?」


 アーヴァが中空にメニューの画像を浮かした。


 実はこの世界では本などの紙媒体は一般的ではなく。情報はほとんど中空にスクリーンを浮かして見る。この世界にやってきた日に魔道具店のリンデンやレストランのニナが紙のカタログやメニューを渡してくれたのは、やって来たばかりの私に気を使ってくれたからであった。


 木でつくられる紙は瘴気を取り除くなど、地球よりも制作より手間がかかるため貴重品の部類に入る。異世界人が比較的多くやってくる東門付近の店では紙媒体のものも念のために数冊おいてあるが、中心部ではそういう店も少ない。


 まあ、すっかり慣れたけどね。

 二人で一緒に見ることができるし、慣れるとこっちの方がやりやすいのよね。


「私は盛りそばと食後にそば粉クレープのあんことホイップクリーム、季節のフルーツ添えで」


「じゃあ、私はガレット。食後はミヤと同じデザートでお願い」


 私たちが住んでいるコロニー一帯の主食は小麦、そしてそば。

 気候的にその作物の生産が一番向いている。


 だからこの食事処はそばや小麦を中心としたメニューがほとんど。

 日本食のそばのほかには、フランスの名産となっているそば粉のクレープなどがメニューとして入っている。アーヴァはそっちがお気に入りらしい。


 サイドメニューとして野菜の煮物やてんぷらなど。

 この街は湖が近いので魚介類も豊富だ。

 寿司もメニューにあったらうれしいのだけどね。

 しかし、米はこの世界ではぜいたく品の部類に入り、寿司を作ろうと思えば、この街の一般庶民の半年分の食事代が吹っ飛ぶくらいの値段になるので現実的ではない。

 地球でもそれなりに贅沢なメニューだったが、こちらの世界では桁外れだ。


 米が作りにくいのは気候的な理由もあるが、主な原因はこの世界の瘴気のせいだ。


「土と水と空気、瘴気を一番よく含むのはどれか、わかるかい、ミヤ?」


 ユーグに以前質問されたことがある。


 答えは「水」だった。


 だから、水中に生息する魚介類は瘴気を取り除く特別な処置をしてからでないと食べられない。水を大量に必要とする米もあまり生産されていない。


「米があればもっと和食のメニューの幅が広がるのだけど……」


 事業主のケンジもそうぼやいていたが、作れないものを残念がっても仕方がない。あるものでできる限りの和食メニューの再現に挑戦しているみたいだ。


「おまたせしました!」


 来た、来た!


 運ばれてきたそばは日本のものと遜色ない。


 添えられているわさびは本わさびではなくホースラディッシュだが、日本でもチューブで売られている『わさび』の原材料はそれなので違和感はない。『本わさび』がないのは、米がこの世界では作りにくいのと同じ理由だ。松本や伊豆のように清流で育てられる植物はこの世界ではちょっと難しい。


「あいかわらず、箸の使い方巧いね。私には無理」


 アーヴァがガレットをナイフで切りながら言う。


 箸の使い方はね、日本人なら子供の頃からやっているから当たり前。

 そうでない人が身に着けようと思えば、うまくいく人と結局できなくてあきらめる人とに分かれる。アーヴァは後者だった。

 シアンは意外にも箸の使い方をあっという間に覚えた。この店ではてんぷらがお気に入りのようで、一緒に来たときはてんぷらそばをよく頼む。


「こんにちは、ミヤさん。アーヴァさん。これ、サービスです」


 店主のケンジがそばかりんとうの小袋を二つ携えて私たちの席にやって来た。

 転生の際に髪や目の色を変えている人も多い中、ケンジは黒髪黒目のまま、それを短く刈り込んでいて、実直なイメージが際立つ。


「いつもありがとう!」


 私はケンジに礼を言う。


「なんの、エマさんが私にしてくださったことを思えばこれくらい」


 ケンジが答える。


「私もいただいちゃっていいの?」


 アーヴァは袋を持って言う。


「もちろんです、気に入りましたら、併設している店で販売しているのでぜひ」


 宣伝もかねてたのかい!


 ケンジは十年ほど前、この街の創生期に転生してきた。

 その頃はエマもまだ生きていて、ケンジはしょうゆやみその生産と販売の事業を立ち上げる際、エマに相談し助力を求めたらしい。


 店は中心街にあるが、しょうゆやみそを作る場所は街の北側にある。

 この街の北から西は街道沿いで開けた東や南と違い、原生林に接していてそこでは魔物も頻出する。その魔物を防ぐため壁は東や南より高く設置され、万が一の場合に備え、地下に巨大空間が避難シェルターとして設けられている。


 その地下シェルターを作る際、醤油やみそを作るための地下空間もついでにエマが掘ってくれたらしい。地下の方が温度や湿度を一定に保ちやすいので作るのに都合がいいのだとか。


 さらにエマが地球に行った際、手に入れた何種類もの大豆の種や各種野菜の種をケンジは譲り受けた。大豆は契約農家に頼んで大量生産、野菜は自家菜園で栽培し食事処のメニューに入れるらしい。


 美味しいのも当然だよね。


「エマガーデンには足を向けて寝られませんよ」


 ケンジの口癖だった。

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