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第14話 雇われ管理人の一日(2)~実験室~

 食器の片づけが終わると私は再び従業員の生活空間である塔に戻る。


 塔の最上階には植物の実験室がある。

 最上階全てを占有しているのでけっこうな広さがあり、上はドーム状のガラス窓になっていて陽光が取り入れられる。

 夜に上がればちょっとしたプラネタリウムだ。


 ギフトのスキル『品種改良』の実験はここで行う。


 それ以外の魔法は別の場所でユーグに少しづつ教わっている。

 魔法には属性があり、「火水風土」そして「光闇」。

 この辺はゲームでよくある属性と同じで、私は「土」「水」「光」が得意らしい。


「さすがは植物に関する魔法が得意なだけのことはあるね」


 そうユーグに言われた。


 『品種改良』の実験は今はプリムラ(西洋サクラソウ)と言う春の園芸品種の花を扱っている。地球でも品種改良が行われバリエーションの多い花だったので、いわば初歩の初歩。


「ミヤ、そろそろ夏野菜の苗を外に出そうと思ってるんだけど……」


 ユーグが入ってきて言った。


 私たちが食べる食事の野菜はガーデン内の菜園で取れるものでほぼまかなえる。

 根菜類以外の野菜の苗は、この実験室の完全に瘴気を遮断した水や空気のもと、種から育てる。そして、ある程度育つと外に出して瘴気にも慣れさせ、さらに育つと菜園に苗を定植する。


 おそらくエマも地球から持ち帰ったすべての植物をまずこの中で育ててみて、そのあと、段階的に瘴気ただよう外気にならしていったのだろう。


「じゃあ、これだけ持っていくね」


 ユーグはトマトやナスの苗のポットをかごにまとめて言った。


「そういえばユーグ、夜光ニゲルがそろそろ枯れるんじゃ?」


 私がここにやってきた初日、帰りにガーデンの入り口で見た夜に発光する花。

 エマが品種改良の魔法を施したものでベースはクリスマスローズである。


 エマが術式を書いて残した数少ない『品種改良』の魔法であり、それを使うことのできるユーグは『美しい術だ』と感想をもらしていた。


 クリスマスローズは変わった花で花びらが退化して蜜線となり小さく雄しべのまわりにある。私たちが花びらだと思っているものは、花びらを支えるガクにあたり、それがいつまでも散らないので花がいつまでも咲いているように見える。


 その性質を利用してエマはガクの部分が発光するように改良し、長い期間、夜のガーデンの入り口を照らすようになっている。


 魔法で行う品種改良は、地道な交配作業でなされた品種改良と違い、繁殖能力が無くなり花が枯れるとしおれていく。ゆえに元のクリスマスローズは多年草だが、『夜光ニゲル』となった苗は、花期の終わる今の時期に枯れていってしまう。


 クリスマスローズ自体は丈夫な植物でどんどん株が肥大して大きくなるので、それを株分けして魔法をかける。苗自体はそれで調達できるので問題はない。


「そうだね、さすがにそろそろ撤去しなきゃね」 


「夏からは何を植えるの?」


「それは季節が来てからのお楽しみ」


 そう笑いながらユーグは苗ポットの入ったかごをもって部屋を出て行った。


 ユーグが出てくと、私は自分が『品種改良』をしたプリムラの鉢を手に取った。


 植物に意識の照準をあわせると、背丈、花の形状や大きさ、色、実がなる場合は花と同じく大きさなどの他、食べられるかどうか、味の成分等々、もろもろの特性がPCの画面をクリックするように確かめられる。



 『品種改良』の能力はそれを好きに書き換えて、植物そのものの性質を変えていける。それで作ったのが、レモンイエローベースにオレンジ色の筋の入った薔薇咲きの花。薔薇咲き(八重咲き)や花びらに筋などの性質は単独では地球でも見るけど、それらの性質を全部併せ持つのは珍しい。組合の受付に飾るためのものなのでできる限り華やかにした。


 こうやって『品種改良』で見た目を華やかに変えた花を、組合支部にプレゼントしている。

 受付担当のアーヴァは、事務所が華やかになると特に喜んでくれる。良好な関係を作るためのツールとしていい仕事をしてくれている。


 組合にやってくるのは無骨な男どもが多いので、飾っている鉢植えの花にまで目を止めてはくれない。だが、いつかはそういったものに興味のある人たちが出入りする場所に置けるようになればいい宣伝になるかもしれないな。


 万が一ここをクビになってもそれで花屋をやれば食いつないでいけるかな、などと考えてもいる。


 出かけるまでにまだ時間があるので、ついでに保管されている種や球根もチェックしておくことにした。部屋の端にくすり箪笥(たんす)のように引き出しのたくさんある大きなチェストが置かれていて、その中に品種別に種や球根が保管されているのだ。


 ユーグはそれを『エマコレクション』と呼んでいる。


『有効期限 201〇年〇月』

『発芽率85パーセント以上』


 このように書かれた未開封の種の袋もいろいろ保管されている。

 おそらくその年度の前年の日本にエマが行って、ホームセンターかどこかで購入したのだろう。


 日本の種苗法に基づき、販売されている種のほとんどは85パーセント以上の発芽が約1年間保証されている。発芽率は品種にもよるが普通1年ごとに5~15%ほど低下していき、何十年、何百年もたてば限りなくゼロに近づいていく。


 しかし、エマが保存している引き出しは時間の経過を止めた特殊空間であり、そこに保存している間は発芽率が落ちる心配もない。

 球根も同様で湿気や病気で腐ってしまう心配もない。


 それらが何百種類と仕分けされているのだ。

 自分に使う機会がなくても、後々誰かが育ててくれることも予測し種や球根を収集したのだろう。


 つくづくすごい人だな、エマって。

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