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第12話 エマ博士との思い出【ユーグ視点】

 私には前の世界の明確な記憶がない。

 何か大きなカタストロフと、それに伴って大切なものがいくつも私から離れていった記憶がおぼろげに残っているだけだ。


 そして、この世界に魂だけが飛ばされたが、私に気づく人間はいなかった、エマ博士を除いては。


 ここは私が元いた世界と同じく、絶望的な破局(カタストロフ)を経験している真っ最中であった。そんな中、彼女の瞳に輝きが失われることはなかった。


 彼女は精力的に星の再建に携わりその過程で私にある人形を見せた。


「試しに入ってみて」


 その人型は人間のようだが人間ではない。

 この世界に存在する『魔法』というものでも『人間』を造り上げることはできないが、エマ博士ほどずば抜けた能力のある者ならそれに似たようなものは造れるのだ。


 わたしはその中に入ることによって、彼女以外の人々にも認識されるようになった。


「あなたの言葉には深みがある。そして、優しくてユーモアもある。あなたが前の世界にてどのような立場でどのような経験をしたのかは知らないけど、あなたの存在を私しか認識できないのはもったいないのよ」


 それが、私がこの世界で存在するための人造人間(ホムンクルス)を作った理由だと言う。


 エマ博士の本意はわかりにくかったが私を認めてくれていることに違いはない。


 この世界の動力には『魔法』と言うものが使われている。

 それがすべての物理的存在を動かし、あるいは変質させて、人々の生活を支え利便性を高めている。


 人造人間の私の体は常人では考えられぬほどの『魔力』を保有することができるようだった。


 エマ博士はそれに面食らい、そして言った。


「魔法の源が魂なのか肉体なのかはいまだにわかってはいないわ。いずれにせよ、あなたはそのどちらにおいても常人離れした存在だったのでしょうね」



 ◇ ◇ ◇


 彼女たちがいた場所には小さな街ができかけていた。

 『瘴気』と言う人間や環境に害をなすものを阻むため、赤いレンガで壁を作って街を囲っていた。


 はるか遠方の四方は山々にぐるりと囲まれている。

 もともとそこは最大一万メートル級の山を有する火山帯であった。

 大崩壊(カタストロフ)の時に、最も高い山をはじめとするいくつもの火山が大爆発を起こし、中心部分が陥没して今の地形のようになった。大爆発でできたカルデラ地形は瘴気を阻むのに都合がいいので、人々が移住し街を作り始めている最中だったのである。


 大崩壊の前の世界の住宅は、魔法で形作られた多面体をいくつも積み重ねるような形にしてあったらしい。


 しかし、今は人口が激減したうえに瘴気による被害に立ち向かうために魔法を使わねばならない。人類には以前のようなものを建てるほどの魔力の余裕はない。だから、原始的に自然にあるものを活かしながら人々が住まう家などを建てていかねばならなかった。


 かつての火山帯のふもとの平野部には大森林が広がっていた。火山の噴火で一部焼けてしまったが、それでも多くの樹木が残っている。


 それらもいずれ瘴気によってじわじわと死に絶えてゆく運命だろう。そうなるまえにそれらを木材にして住宅建築にいかすことにした。


 エマ博士は時々植物採集にゆく『地球』と言う星で伝統的(レトロ)な木造建築の図をいくつか持ち帰ってきた。その星では世界各地で様々なデザインや機能を持った木造建築があったらしいが、その中からこの地の気候に合った木組みの家、骨格を木材で作り粘土や漆喰で壁を作ってゆくデザインが採用された。


 私の膨大な魔力は街の建設にも大いに役に立った。


 そうしてできた街並みは異世界人にとっては「ロマンチック」に見えるようだ。良い意味で評価してくれているらしいので、それはそれで良かった。


 私が街の人々との交流を深めることができるようになったのとは対照的に、他の人間に警戒心をむき出しにしいつまでたってもエマ博士のそばを離れない少年がいた。


 猫型獣人の少年の名はシアンと言った。

 敏捷性と柔軟性に優れた体質を活かして、瘴気で魔物化した生物の退治に大いに役立っていた。


 あとで知ったことだが、獣人と言うのは昔はかなり差別されていたらしい。

 差別は大崩壊の直前の社会では、建前上はやってはいけないこととなっていたが、それで人の心が簡単に改まるわけではない。現にシアンは助け出される前にはある研究者によって奴隷のように扱われていたらしい。


 彼が私に対する警戒心をゆるめ普通に話してくれるようになるまでに、十年近い月日がかかった。その頃には私たち三人は一つのチームのような形で『エマガーデン』の開発と運営を手がけながら、ティミヤンの街を支えていた。


 しかし、それは突然終わりを告げる。


 精力的にきびきびと動く人だったから忘れていたが、エマ博士は人間では相当な高齢でいつ寿命が尽きてもおかしくなかったのだ。


 彼女は私とシアンに後を託し帰らぬ人となった。


 博士の残した魔法技術と私の魔力量、そしてシアンの戦闘力があれば、二人でガーデンを守っていくこと自体に問題はない。


 しかし、ガーデンは『ダンジョン』というものに登録されていた。

 ダンジョンと言うのは魔物を倒して貴重なものを手に入れることのできる場所であり、魔物の被害から人々を守るため、国は関係者に組合をつくらせ管理を任せるようにしている。


 おかげでやってくる冒険者の対応や組合との折衝をやらざるを得なくなったが、それが私やシアンではどうもトラブルを招いてしまうのだ。


 彼らに言わせると私はどうも『魔性』らしい。まあ、魔力量が非常に多いのでそう言われても仕方がないのかもしれない。


 わからないのは『傾国』である。私の容姿のせいで国が傾くらしいが、なぜ人の外見で国が傾くのだ?


 なんにせよ、困った……。


 しかし助け船があった。

 私たち二人ができないことは、エマ博士の従弟(いとこ)のリンデンが引き受けてくれた。


 しかし、リンデンも高齢であり、なおかつ自分の魔道具店の経営もある。


 それで彼はこの世界を見守る『超越者』に求人をお願いしたらしい。


 そしてやってきた。

 少しあどけなさの残る女の子。


 いやいや、異世界人は肉体が若いころに戻るというから実年齢はわからない。だが、黒目がちのその目が彼女の誠実さと真面目な人柄を物語っている。


 名前をミヤと言った。


 よし、彼女の居心地が少しでも良くなるようにまず部屋の準備だな。


 次の日は施設の案内をしてあげて、今後の魔法の訓練も私が引き受けなきゃならないかな。


 ひさしぶりに気持ちが高揚していた。



【作者あいさつ】

 読みに来ていただいてありがとうございます。

 『魔性』『傾国』など、ユーグの認識はちょっとずれています。

 回想編はここまでで、次回から再び巨大ハエトリソウに格闘していた時間軸に戻ります。


 評価頂けると嬉しいのでぜひ<(_ _)>。


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