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第11話 回想(8)~逆さコーンの塔~

 入口の通用門を通って帰ってきた私たち二人をユーグが迎えた。


「おかえり! はやかったね」


 ユーグが待っていた部屋は、日中に従業員が休憩する部屋で食堂も兼ねている。


「ああ、弁当を買ってきたんだ」


 シアンが答える。


「この匂いは『ライシュレッカー』だね」


「当たり!」


「じゃ、お茶を入れるね。肉料理ならミントとタイムのブレンド茶でサッパリさせた方がいいね。うちには菜園や果樹園、薬草(ハーブ)園もあって、そこで取れたものを使って自炊することもあるんだよ」


「朝食はそれでユーグが作ってくれる」


 シアンは私にもこのガーデンの食事情を分かるように説明してくれる。調理台でお茶を入れてくれているユーグを横目に、私たちはバスケットを開けた。


 おお、いい匂い!

 まだホカホカ!


「バスケットに保温魔法が施されているんだ。中から箱を取り出したら自動的にバスケットだけ転移魔法で店に帰ってゆくよ」


 なんと便利な! 

 あれだな、牛乳瓶のように後で店にお返しする容器。しかも勝手に帰ってくれるなんて、手間いらずでいいね。


 ユーグがお茶を持ってきてくれた。


 自分は食べないで私たちをニコニコと見つめているだけのユーグが、気にならないと言えばうそになるが、ハンバーグ弁当は美味しくいただいた。


 夕食を終えるとユーグは、私の部屋を用意したから案内すると言った。どうやら私たちが出かけている間に準備してくれたようだ。


 入口を入るとすぐ挑戦者らの受付を行う部屋があり、その奥には医務室や従業員の休憩室兼食堂、そして物置がある。そこから渡り廊下でさらに奥へ行くと従業員の生活空間がある。


 遠くから見るとソフトクリームのコーンを逆さに伏せたような円錐形の塔。


 ダンジョンなら塔は挑戦する場所。

 シアンの背におぶさって塔を見上げた時はそう思い込んでいた。だが、そこが私たち従業員(私を合わせて三名だけらしいが)の生活空間らしい。


 最上階まで階段は四周半回っている。その途中の踊り場の前に部屋の扉があり、中にそれぞれの個室があるそうだ。私の部屋はシアンより下でユーグよりは上の位置に用意されていた。


「客間を改装した急ごしらえなので必要最低限の家具しかないけど、使い勝手はいいはずだよ、さあ、どうぞ」


 ユーグは扉を開け私を部屋に誘った。


 中には一人用のベッド、クローゼット、机と椅子、大きな姿見の鏡などが配置されている。そして、部屋の中にも扉があり、その中に洗面台やトイレ、シャワールームなどの水場、まるでホテルのシングルルームみたいだ。


「あの、質問していいですか?」


 この塔について感じた違和感を、私は聞いてみることにした。


「この塔の内壁と外壁の間にこれだけの部屋が作れるスペースがあれば、もっといろんな場所に部屋がたくさん作れるのではないのかなって?」


 しかし、この塔には五つしか部屋の扉がない。


「いい観察眼だね。塔の外壁と内壁の間は、実際には人一人が通れる程度のスペースしかないんだ」


「えっ?」


「そのスペースを魔法で折りたたんで一つにまとめて個室をところどころに作っているんだ」


「魔法で?」


 違和感の正体はそれか!

 あくまで塔をパッと見た目の印象だが、内壁と外壁の間にこの部屋ほどのスペースが取れるとは思えなかったのだ。


 これが魔法でこしらえた部屋!


「あの、魔法が消えたらこの部屋は一体どうなるのですか?」


 一抹の不安が消えず、私はさらに質問した。


「そんなことはあるわけないけどね。魔法はこの国の人々の生活に密接にかかわっているもので、消え去るなんてありえないことだよ」


 う~ん、この世界の人々にとって『魔法』は、私たちが元いた世界の『電気』や『水道』のようにあって当たり前のものでなくなることを想像できないのか。


 でも、その認識は甘いのだよ。

 天災などでライフラインの恩恵は突然消え去ることはあるのだから。


「もしそうなったら、内壁と外壁の間の狭いスロープ状の廊下に、外から持ち込んだものと一緒に投げ出されるだけだけどね」


「狭いスペースの中で家具に押しつぶされてしまったりとかは……」


「いやいや、家具も魔法で作ったものだから、部屋と一緒に消え去るだけだよ」


 なるほど。とりあえず部屋にかかっている魔法が消えても、中にある家具で圧死なんて心配はしなくて済みそう。でも、実際のスペースがそんなに狭いのなら、あまり大きなものは持ち込まない方がよさそうね。


「異世界人って面白いことを気にするんだね」


 ユーグは笑った。


「元いた世界じゃ魔法なんてないのが当たり前だったから……」


「そうか、ごめん。慣れてないんだね」


「いえ、どうもありがとう」


「じゃ、ゆっくり休んでね。足りないものがあったらまた造るから言ってね、おやすみ」


 ユーグはそう言って部屋を後にした。


 『造る』って魔法でかな?

 『存在』をしっかりと感じることのできるこれらのファニチャーが、みんな魔法でできたものだなんて信じられない。


 私はクローゼットを開けた。

 中には私が最初に着ていたワンピースがハンガーにかかっていた。


 そういえば、今着ている服の『洗浄』能力は脱がなきゃ発揮できないのだな。

 今着ている服を脱いで私はワンピースに着替えた。ノースリーブのAラインシルエットなので着ていて楽、そのまま寝巻にも転用できそう。


 私はベットにダイブした。


 固さといいシーツの肌触りといい理想的なベッドだった。前世ではどんなに疲れていても入浴を欠かしたことのない私が、そのまま眠りに落ちるほどに。


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