第10話 回想(7)~ティミヤンの街~
ダンジョン組合支部では二十歳前後の女性に出迎えられた。ゆるふわショートボブのクルミ色の髪をした中肉中背の優しい雰囲気の人だ。
「エマガーデンの新しい責任者だよ」
リンデンは私を紹介した。
「初めまして、私はアーヴァ。組合支部の受付や事務作業をやっています。異世界人は冒険者としてならよくやってきますけど、同じ街で働く方は初めてです」
「いやいや、大豆ショップの経営者のケンジさんがいるよ」
「ああ、そうでしたね。でも、ダンジョンに関係のある方は初めてです」
アーヴァとリンデンの雑談。
ケンジと言う日本人ぽい名の人。
そんな人が経営している大豆ショップ。
豆腐とか売っているのかしら?
調味料のしょうゆやみそも売っていたらうれしい。
アーヴァは私の方に向き直り話しかけた。
「仕事でお会いすることが多いでしょうし、この街でわからないことは何でも聞いてくださいね。できる限りお答えしますし良かったら案内もしますよ」
「ありがとうございます! あの、さっきおっしゃっていた『大豆ショップ』って、もしかして?」
「う~ん、大豆で彼の故国の調味料をつくって販売していて美味しいから人気があるのよ。この街の飲食店にもいくつかおろしているところがあるわ」
おおっ!
多分間違いなく、しょうゆやみそ!
よっしゃ!
「そっか、同郷だもんね。シアン君、連れて行ってあげたら。休日でよければ私が一緒に行ってもいいわよ」
顔合わせは『大豆調味料』の話もあってか、和気あいあいと終わった。
支部を出た時にはもう日没時だった。
「ユーグに連絡したら夕食食べてくればって言われたけど、帰ったらまだ話もあるだろうし、弁当を買って帰ろうか?」
リンデンに別れを告げた後、シアンが提案する。
「お弁当を売っている店があるの?」
「行きつけの『ライシュレッカー』なら持ち帰り用を作ってくれる。ミヤはまだ金を持ってないから、ここは俺が出しておくよ」
「ありがとう!」
赤い壁の店に入ると、栗色の髪を後ろで一つにまとめ、ヨーロッパの民族衣装『ディアンドル』に似た服を着ている若い娘が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、シアン。あら?」
娘は私に気づいて首をかしげる。
「今度うちで働くことになったミヤだよ。異世界からきたんだ」
シアンが私を紹介する。
「まあ、よろしく、私はニナ」
ニナは後ろでまとめた髪を揺らしながら、気さくな笑みを浮かべた。
「持ち帰り用はひき肉料理しかないけど、なにがいい?」
シアンが私にメニューを手渡す。
そこには前世でもおなじみの料理があった。
ハンバーグ、ミートボール、スコッチエッグ、そして、メンチカツ。
付け合わせの野菜。
さらにトーストか丸い塩パンのどちらかが選べる。
「これらのメニューは異世界人の要望でできたものなんですよ。それがもとの住人にも評判が良くて定番になったの。店の制服もね、なぜか知らないけど、こういう服の方が雰囲気が出るって言われてそうなっちゃったのよね。普段はもうちょっとシンプルな格好をしているのよ」
ニナは説明する。
「俺は今日はハンバーグにしようかな、ミヤは?」
「同じものを」
「はぁい、ハンバーグ弁当二人前ですね」
あれ、ユーグのは?
買って帰らなくていいのかと私はシアンに聞いた。
「ユーグは人造人間だから食事は必要ないんだ。食べる機能は備わっているから、朝食だけはいつも一緒に食べているけどな」
シアンが答える。
ユーグの『正体』を初めて聞いた。
人造人間、無性で人間離れした美貌はそれゆえか。
しばらくするとバスケットに入った『弁当』を二つ、ニナが持ってきてくれた。
「お待たせしました。取っ手に青いリボンが結んであるのがシアン用だからね」
バスケットを二つ、シアンに手渡しながらニナが言う。
「どっちも同じメニューじゃないの?」
私は疑問を口にした。
「実は、俺は玉ねぎとかニンニクとかネギ類が苦手なんだ。味が嫌いとかじゃなく、食べたら血が変になるというか、だから、そういうのを抜いたものをいつも特別に作ってもらうんだ」
そういえば地球の犬や猫は、玉ねぎを食べると血液中の赤血球が溶けて「溶解性貧血」とかいう症状をおこすんだったっけ。猫型の獣人も同じような症状が出るのかな。玉ねぎなどの料理の名わき役を食べられないのはもったいない気もするが、体質ならば仕方がないね。
店を出た私たちは、行きに使ったポータル横の城門から外に出た。夜になると門を閉められるからぎりぎりセーフだったとシアンが言う。
ここはティミヤンをくるっと囲む城壁の東側にある門で、北のS級ダンジョンがある街セージにつながる街道に面している。その街道をはさんだ向こう側、十分ほど歩いたところに『エマガーデン』の入り口がある。
私の靴はこの世界にやってきたときのサンダルのままだったが、リンデンがガーデンに帰り着くまで限定で靴擦れと疲れを防ぎ、いつもより早く歩くことのできる魔法をかけてくれた。だから、帰り道はたいして苦にはならなかった。
散歩を楽しむようにしばらく歩くと、ガーデンの入り口らしきものが目についた。
レンガつくりの看板。
花壇には花びらが五枚の花がうつむきがちにいくつも咲いている。
その花々が白くぼんやりと光を放っているので、街灯も存在しない夜だけど『エマガーデン』の入り口が初見でもすぐに分かった。
「きれいな花、夜に光るのね」
「ああ、夜光ニゲルのことか。博士が品種改良した花だよ」
品種改良!
私のギフトと同じスキルか。