第1話 それはミミックではない(1)
「おい、あんなミミックがいるなんて聞いてないぞ!」
私に向かって唾を飛ばしクレームをつけているのは、ダンジョンを挑戦しに来た『冒険者』たちである。ちなみにこやつらが『ミミック』と呼んでいるのは、正確に言うと、ミミックではない。突然変異の巨大ハエトリソウである。
我がダンジョンは植物性の魔物たちが主に放たれている。
その中の温室コースにそいつは生息している。
そいつが口、いや、口に見える葉っぱの部分をアングリ開けて宝箱をくわえていたのである。
「あの、入り口には注意書きがあったはずなのですが、お読みにならなかったのですか?」
私は反論する。
言っては悪いが、冒険者としては致命的な注意力の欠如だと思う。
しかし、男たちは私に反論されるとは思っていなかったのだろう。
「あのなあ、この傷見ろよ!」
男の一人が、手首からひじまでくっきりと刻まれたの歯型の傷を見せる。
宝箱の入った葉っぱの中をよく見ようとして、別の葉っぱをよけたらそれに嚙みつかれたらしい。
「とにかく受付嬢じゃ話にならんわ、責任者呼んできてくれる?」
別の男が横柄な口調で私に要求する。
受付嬢ね。
若いお姉ちゃん=受付嬢と解釈しているのか?
そういう発想をするあたり、こいつらも私と同じ『異世界人』ってやつか?
そういえば、髪はけばけばしく金や赤や青だが、よく見ると顔立ちは三人とも東洋系だ。この世界に転生するにあたり私もそうだったが、『神』は肉体を全盛期に戻してくれる。彼らもおそらくそうだろう。
だが、クレームの付け方にそこはかとないおっさん臭が感じられる。
髪や目や肌の色は希望によっては変えてくれるので、調子に乗ってこんな毒々しい色にしたのだろうか?
私の場合、希望したわけではないが、このダンジョンの管理者の仕事をしているうちに、髪は薔薇茶色に、瞳も花緑青色になってしまった。彫りの深い顔立ちと相まって、彼らからすれば、地球の日本という国から来た同郷の異世界人には見えないのだろう。
「責任者ですか、目の前にいますよ」
できるだけ穏やかな笑顔を浮かべ彼らに対し答えた。
「はあっ、なに言ってんだ?」
「冗談だろ!」
彼らは目を丸くして言った。
「いえ、私がここの責任者なので今お話をうかがっているのです」
彼らはしばし沈黙した。
人間は信じたくないものは信じない生き物だ。
彼らの中にある今までの『常識』からすれば、見た目若い小娘がダンジョンの責任者であるなど信じられないのだろう。
「やっぱりB級はだめだな、こんなお嬢ちゃんが『責任者』やってるんだから」
なるほど、彼らはこのダンジョンを貶めることで自分の中の『常識』と折り合いをつけたようだ。馬鹿にしているが、そのB級を攻略できないのはどこのどいつだと問いたい。
「とにかく、ダンジョンでの怪我は自己責任ということですから。後で文句は言わないと誓約書にも署名をされましたよね」
私のツッコミに彼らは言葉をつまらせる。
「この程度の怪我でしたら数日でふさがります。ただ、かさぶたができた時に死ぬほどかゆくなる可能性は否めません。かゆみ止めでしたらギルドの事務所にも置いておりますし、保険に入っていれば薬代はそこから落とすこともできます。ここで怪我をしたという証明書が必要ですか?」
「んなもんっ、いらねえよ!」
けがをした青髪の男がはき捨てるように言った。
無保険か……。
保険にもピンからキリがあり、B級ダンジョンだと対象外になる契約がけっこう多い。金をケチってB級を対象外にしているやつらほど、後から文句言うんだよね。
「とりあえず、うちで対処できることは以上です。では、またの挑戦をお待ちしております」
これ以上の問答は無意味なので、話を打ち切って私は三人にお帰りを促す。
舌打ちしながらも三人は出口の方へ足を向ける。
にべもない私の対応にこれ以上文句つけても無駄だと悟ってくれたようだ。
よかったとほっとしたのもつかの間、別の切り口から彼らは私に声をかけた。
「お嬢ちゃんさ、せっかくかわいいのにそんなつっけんどんな態度取っていたら台無しだぜ」
知るか!
「これから一緒に飲みにいかない、せっかくだからニコニコしている顔も見てみたいんだけどな」
ナンパかよ……。
「お誘いは大変ありがたいのですが、後片付けなど仕事が山積みでして……」
角が立たないように断る、だがしかし……。
「いいじゃん、行こうよ」
断ってきたのを見て彼らは実力行使に出た。
私の腕をつかんで引っ張っていこうとしている。
まずい!
歴戦の勇者も挑戦する『ダンジョン』という施設の管理をやっているが、私の戦闘力ははっきり言ってゴミレベルだ!
B級にてこずる連中とはいえ、男三人でこられたら対抗できない。
どうすれば?
そう思った矢先、素早く動く影が男たちに迫った。
「いい加減にしろ、このカスども!」
おお、救いの神!
危機一髪という状況下、三連続のドロップキックで男どもをなぎ倒した。
さすがは猫タイプの獣人、身が軽いね。
「シアン!」
「いつまでこんなのの話聞いてるんだ、ミヤ」
「ああ、ちょっとね……」
私が言葉を濁すと、彼は青灰色の柔らかそうな髪を自分でなでながら苛立ちを抑えようとした。
「コホン、お客様、攻略がお済みでしたら出口はあちらです」
気を取り直して私が出口を指し示すと、三人のチンピラは風のように走り去っていった。
読みに来ていただきありがとうございます。
今までの貴族令嬢をヒロインとした作品とは違い、等身大の女性(前世での実年齢不明)を主人公にした、お仕事スローライフものです。
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