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9杯目

「え、えっと……はい……巽さんが良ければ、俺は……もちろん……」

 巽の急な提案にしどろもどろになりながら、律はありのままの気持ちを伝える。しかし話している途中動揺で巽の視線を正面から受け止められず、目を逸らしてしまった。


「……でも、いいんスか? 明日は土曜だし、店の営業が……」

「土曜は格安ランチの提供はないから、大丈夫だよ。仕込みも大した量ないし」

「そ……そうすか……」


 律は意を決して視線を巽に戻す。

 するとそんな律と再度視線が交わった巽は、仄かに紅潮が残る顔で名画のようにたおやかに微笑んだ。


「着替え、適当に用意しておくからお風呂入ってきていいよ」

「う、ウス……」


 榛摺(はりずり)のような深い茶の瞳に迷い込んだ律は、固唾を飲んだ。特に断る理由もないので、言われるがまま案内された浴室に入る。


 ――付き合って初日だが、巽さんは()()()()()を望んでいるのだろうか?


 シャワーを浴びながら、律は内と外から高揚してのぼせそうになる頭を必死に巡らす。――先刻の巽の発言と雰囲気に、律の思考は年相応に混迷していた。

 

 巽に好意を抱いているのは事実であるが、男性との経験はないためやはり不安はある。結局考えはまとまらないまま、律はせめてもの自分なりのけじめとして冷水を全身に浴び頭を冷やしてから浴室を上がった。脱衣所に用意されていたスウェットは巽のものなのか、律には上下丈が少し短かった。


「……風呂、あざした」

「ん、おかえり。やっぱりちょっと小さかったね。樹兄さんのがあればよかったんだけど……」

「全然す。……なんか、その、なんというか……たぶん、こっちの方が気持ちは暖かいっス」

「はは、それならいいんだけど……。じゃあ、オレも入ってくるね」


 巽は屈託なく笑うと、律の傍を通り過ぎて行く。律は形容できないやるせなさを感じていた。……仕事中、自分はどうやって巽と話していただろうか……。

 律は体を走るむず痒い感触と思うように振る舞えない不器用な自分に、悶々としていた。



「お待たせ」

 スマホを弄りながらリビングで待っていると、巽が風呂から上がってくる。


 ワンピースのようなロングタイプのパジャマに身を包んだ巽は、華奢で童顔な顔つきも相まって、店にいるよりずっと子どもらしく肌も露出していないというのに、どこか官能的に律の目に映った。巽と相対した律の気分は、否応無しに上昇していく。


「よいしょ、っと」


 巽は胡座をかく律の隣へそっと腰を下ろした。しゃがむ動作の際、肩同士がそっと触れる。

 律は自分の心臓の音が巽に聞こえてしまうのではないかと錯覚するぐらい、胸が早鐘を打つのを感じた。


「……疲れっす」

「ん? 何?」

「いや、その……お疲れ様って、言っただけっす……」

「ああ、ありがとう……律もね。掛け声とか、オジサンぽくてごめんね」

「巽さんはオジサンじゃないすよ……」


 隣で律を見上げる、いじらしい巽の目線。

 わざとなのか無意識なのか容姿も仕草も全て年下に思えるぐらい可愛らしい巽に、律は思い切って体を向けていた。


「……あ、あの、巽……さん……っ」

「ん?」

「っと、その……え……っと……、……もう一度、ちゃんとキスって……していいすか……?」

「……うん、いいよ」


 巽は目を細めると、従順にそのまま瞳を閉じる。律を受け入れてくれる純粋な姿勢に、胸がときめいた。


「……じゃ、失礼します」


 律は一言呟くと巽の肩に手を置き、息を止めるように繊細なタッチで接吻を交わした。

 確かめ合うような――まるで誓いを立てるような、5秒ほどの長めのキス。

 律がゆっくりと唇を離し顔を遠ざけると、天使のような無垢なまなざしの巽と目が合った。


「……キス、やっとちゃんとできたね」

「……はい……」

 

 年上とは思えない、初心な少女を思わせる心底幸せそうな顔だった。巽の飾り気のない言葉と破顔した顔が愛おしくて、律は巽の顎に手を添え少し上を向かせる。


「ん……?」

「あの……もう一回……」


 律は声をかける時間も惜しいと、巽の返事を待たず再び唇を重ねる。

 もう一回、とは言ったものの一回ではとても足りず、律は啄む様に短いキスを何度も繰り返した。それは探るような優しい触り方から徐々に押し付けるように強引さを増していったが、巽は拒む事なく律の動きに合わせ続けた。唇を離すと、互いの乱れた息遣いがより鮮明に耳を刺激する。


「り、律……すごいね……」

「巽さん、大丈夫すか? ごめんなさい……可愛いくて、つい……」

「大丈夫……オレも、頑張らなきゃね……」

 

 巽はとろんと呆けた顔で律を見上げていた。今まで見た事のない巽の表情に律が見惚れていると、巽は躊躇なく律の両膝の間へと手を伸ばそうとする。


「た、巽さん……?」

「……ありがと律。オレも律にもっと愛して欲しいから、頑張るね……」

「……! それは、なんか……だ、駄目っす……!」

「え……? わっ」


 律は巽がスウェットパンツに掛けていた手を上から封じると叫んだ。律の柄にもなく大きな声と動きに驚いた巽は、ビクッと肩を上げた。


「……怖いの、律? 大丈夫、律は気持ちよくなってくれるだけでいいから怖くな……」

「ち、違うッス……! 俺は巽さんにも……2人で気持ち良くなりたいんすよ……! それにその……もうちょっと、キスしたいっす……」


 律の渾身の頼みに、巽は戸惑うように俯く。上目で律を捉えた巽の瞳は、ガラス細工のように美しく不安定に揺れていた。

 

「そっか、ごめん……。オレ、昔からずっとゲイって事隠して生きてきたから、実は前の上司としか『恋人』として付き合った事がなくて……その人はキスよりも()()()を触る方が悦んでくれてたから、それが1番いいと思ってたよ……。年上なのに、情けないね……」


「んなことないっすよ。そもそもお兄さんをずっと一途に愛してたって聞いてますし。……おかしいのはその上司ッスから。言うほど俺もあんま経験ないし、男性なんて本当に未経験なんで……。何でも教えてください。……巽さんの、気持ちいいトコとか、全部……」


 律は瞳を濡らすいたいけな巽を前から抱えると、自身の膝の上に跨らせた。

 接触と距離が近くなった事で、自ずと熱感が高まる。律は熱に浮かされたまなざしで金糸のような直毛を撫でると、ピアスホールのある耳元に囁いた。

 

「……可愛いっす、巽さん……。……次は舌、入れますね……」

「律……んっ……」


 巽は口内に侵入してきた舌の感触に驚いたのか、弱々しく身じろぐ。巽の初々しい反応に意外性と興奮を覚えながら、律は巽の腰と尻をしっかりと抱き寄せ、体の密着度を上げていく。


 巽の舌先や歯茎、口内の隅々を余すとこなく丁寧に吸ってなぞることを繰り返す。

 やがて律の愛撫を受けるだけだった巽も、次第に律の舌に応えて自らの舌と唾液を絡め始めた。身構えるように律の胸に乗せていた手も律の頬に移動し、両手で愛おしそうに律の顔を抱えている。

 そんなあまりにも心地良い快感の連続に律は時間も理性も忘れ、巽の口腔奥深くを欲望のままに探っていた。

 自分でも呼吸が荒くなり力の制御が効かなくなっているのがわかる。時折踏ん張らないと体勢が崩れ、頭と心は甘美な感覚の中に蕩けそうだった。


 

「ん……んぅ……っ」


 巽の苦しそうな声で律は理性を取り戻す。永遠とも感じられるような甘い時間も、律が唇を離すことで儚く途切れた。


「り、律……?」


「巽さん、すいません……興奮しちゃいました……。苦しくなかったっすか?」


「……そんなの、全然……むしろ……、……」


 律と突然繋がりを断たれた巽は、縋るように律を仰いでいた。――巽が何を言いたいのか、言わずとも表情で容易に想像がつく。

 目を潤ませ不服ながらも陶酔した様子を隠せない巽を、律は悪巧みをする少年のような、らしくない笑顔で覗き込んでいた。


「……まだ、したかったっすか?」


 答えを知りながら尋ねる、意地悪な悪魔にでもなった気分だ。――しかし純真な年上の天使は、赤面し目を泳がせながらも素直に頷いた。


「…………うん、もっと欲しかった。オレ、あんなに心が満たされるような気持ちいいキス、初めてだったから……」

「それは嬉しいっすね。……俺も巽さんの初めてをもらえて、光栄っす」


 律が巽の腰に両手を回すと、巽と目が合う。巽は目が合うと、無邪気に微笑んで律の頭を撫でた。2人を包み込む温かく和やかな空気――撫でられた律は、惚けた顔で巽を一点に見つめていた。そんな律を見て巽は顎を引くと、恥じらうように口元に手を当て、口を開く。


「……律がよかったら、ベッド、行きたいな……」


 抗えるはずのない、愛する人からの熱烈な扇動。律は一瞬思考が止まったが、その後の答えは――考えるまでもなかった。

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