10杯目
「……ん」
――朝、律はアラームや誰からも起こされることなく、自ずと目を覚ます。覚醒した律は、ベッドの上で半裸で寝ていた。
「あ。起きた。おはよ、律」
「お、おはようございます……」
「よく眠れた?」
首と目を左右に動かすと、明朗な声がした。巽の声だ。起きあがろうと身じろぐと、体が少し重く感じる。律は意識がまだはっきりとしないまま、返事をした。
「あ、はい……」
「よかった。昨日よく動いてくれてたから、若いからって無理させちゃったんじゃないかと思って……」
「……」
巽は昨晩のパジャマ姿ではなく、ラフなトレーナー姿に着替えていた。若々しい姿はそのままに、昨日のような情欲唆られる雰囲気は一掃されている。
巽の言葉に昨夜のことを思い出した律は、照れ臭くて何も言葉を返せなくなっていた。
「ちょうど起きてくれてよかった。朝食できたから、呼びに来たところだったんだ」
「……あ。……ん、っと……何もかもお世話になりっぱなしで、スンマセン……」
「ぜーんぜん。オレメシ作るの好きだし。知ってるでしょ?」
寝台から上半身を起こした律に、振り返って巽が片目を瞑って笑う。その笑みに釣られ、律もようやく微笑み返すことができた。
「はーいどうぞ」
移動したテーブルの上に用意されたのはトーストにハムエッグだった。半熟の目玉焼きに、ハムが2枚。副菜には茹でたブロッコリーとプチトマトが付いている。
「理想の朝ごはんすね」
「そう? あ、オレ朝食べたらさ、店に行くから」
律はハムエッグから巽に目線を上げる。
巽は目玉焼きに塩をかけながら告げていた。
「律はどうする? しばらくここでゆっくりしてもらってもいいし、もちろん食べ終わったら帰ってもいいけど」
塩を置いて、巽が律を見る。
律は巽の視線を真っ直ぐに受け一時尻込みしたものの、意を決して気持ちを告げた。
「……あの……俺も、一緒に厨房にいていいですか? 巽さんの傍にいたいんです。なんかあったら手伝うので……あ、でも、俺のワガママなんで、お給料なんてもちろん要らないッス……」
土曜日はワンプレートのランチタイムがないので、普段ならばアルバイトの出番はない。――だが律は、まだ巽といられる理由を必死に探していた。律は巽から目を逸らさないよう、必死で巽を見続ける。
「その……巽さんとまだ、一緒にいたいだけなんで……」
律の言葉を聞き終えるなり、巽の驚いた表情が新鮮な野菜のように瑞々しい笑みを彩った。
「……じゃあ、もう少し一緒にいる?」
「……っ、はい! ウス……っ!」
「じゃあ、食べたら行こっか」
これからも共にいることを約束し、2人とも食事を再開する。
黙々と食事をしているが、律の心の中は明るい気持ちが膨らみ続けていた。
そしてふと、さらに欲張りたくなる。
「あの、巽さん」
「ん?」
「巽さんって、休みとかあるんスか?」
「んーと、日曜と祝日は店休みだから、その日は仕込み以外はゆっくりしてるよ。どうして?」
律は巽の問いに、再び食べる手を止めた。
改めて言葉にして伝えようと思うとやはり照れ臭い――だが、律は熱くなる顔を堪えながら巽にはにかんだ。
「その、デートじゃないすけど、一緒に出かけられたらいいなって……。浮かれてますかね、俺……」
律と見つめ合った巽は表情の読めない真剣なポーカーフェイスに切り替わる。――かと思えば不意に立ち上がり、リビングに置いていたスマホを取って何やら弄り始めた。
「巽さん……?」
「デートいいね、行くに決まってるよ。オレ久々に雑貨屋巡りしたいと思ってたんだ。それよりもさぁ……」
巽はダイニングテーブルの前まで戻って来ると、スマホの画面を見せて小悪魔のように微笑んだ。
「……アラームが鳴るまで、もうちょっとゆっくりしよ」
「え、ちょっ……巽さん? お店は……?」
「これぐらい遅れたってよゆーで間に合うよ。オレはみんなのマスターだからね」
「意味不明っす。とりあえずそれ言えばなんとかなるって思ってますよね?」
「可愛げがないなぁ……オレの決め台詞に文句言わないでよ」
巽のスマホ画面に示されていた時間は、10分。
スマホをダイニングテーブルに置いた巽は、律の手を引いて寝室へと誘う。
「俺は律の激重の恋人だからね……。本当に素直で可愛いのはどっちなのか、オレが教えてあげるよ」
律が押し倒され、巽が上から組み敷く昨日とは真逆の姿勢。昨日の熱や交わりが、律の頭と体に思い出され反応を示す。律は寝転がりながら苦笑いを浮かべた。
「巽さん……元気過ぎないすか? 昨日だってほぼ一晩中……体力ヤバイですよ。昨日のこと、根に持ってます? 俺もう……」
「ぜーんぜん。オレ、大人だからね……昨日みたいに頑張らなくていいからさ、オレはただ律が気持ちよさそうなところが、もっと見たくなっただけだよ……」
「図星じゃないっすか……んっ……」
まだ昨晩の体温と皺が残るシーツ。
律の視界を支配する巽の情熱的な瞳。
『チャイム』の朝は騒がしい。
巽と律の共鳴は始まったばかりで、終わりなど全く見えるはずがなかった。




