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初(椰雲・一)

 最近まで厚手の上着を手放せない気温だったのに、気付けば半袖を出そうとしている。そんな季節の変わり目は体調を崩す人が多い。

 一もそのうちの一人だった。

 椰雲は一の額へ触れたが、冷えピタ越しなので熱くはない。一の目が、手の下で細められた。


「熱は高くないよ」

「いくつ?」

「七度五分」


 熱よりも頭痛と倦怠感が酷いらしい。

 ――この場合は風邪と同じ対処でもいいのか?

 ここ数年、体調を崩した覚えのない椰雲に看病の知識はなく、手元のスマホだけが頼りだった。ネットの海から使えそうな情報だけメモに写すと、椰雲は立ち上がり扉へ向かう。


「どこ行くの?」


 布ズレの音と共に声が聞こえて、椰雲は振り返った。思った通り一が起き上がっている。


「コンビニ行って必要なもの買ってくる。お粥とか作れないし……。卵のにする?」

「ああ、うん。卵のにする」

「じゃあ、サクッと買ってくるから。寝て待っときな」


 ヒラヒラ手を振って、椰雲は扉の向こうに消えていった。扉の閉まる音を聞き、一は枕へ頭を落とす。

 何も出来ることがないと言うのは苦痛だ。何かやりたくても身体がそれを拒否してしまう。

 ――そういえば、初めて小さくなったのも今みたいな時だっけ。

 寝転んだまま、身体も頭も使わずに出来るとなると、かなり限られてくる。当時、中学三年生の一が手を伸ばしたのはスマホだった。かといって、ずっと手に持っているのは辛いし、そもそも画面を見ているのも辛い。

 そこで一は、動画投稿サイトからランダムプレイリストを選択し、枕元に置いておいたのだ。

 ぼんやり聞いていく中で、なんとなく好きだなと思ったのが「くもぱち」こと椰雲の作った曲だった。

 改めて歌詞を確認し、一が抱いたのは恐怖である。恐怖というと大袈裟だが、不安と心配の混ざったそれは恐怖に近かった。

 このまま死んだらどうしよう。そう思ったのだから。

 考え事をしている内に時間が経ったようで、椰雲が帰ってきた。一が寝ている可能性も見越して、なるべく音を立てぬよう扉が開かれる。しかし、一が起きていることに気づくと、声をかけてきた。


「ただいま〜。……何で小さくなってんの?」


 言われて初めて、一は自分が子供化していることに気づく。過去に感じた不安、それに引っ張られたようだ。


「初めて子供になった時のこと思い出してたからかな」

「それまた何で」

「今みたいな状況でね」


 納得した椰雲はビニール袋をミニテーブルに乗せる。それから、この部屋に置いていくものと、台所へ持っていくものの仕分けを始めた。

 一はその間にも話を続ける。


「君の曲を聞いてたんだ」


 そう言った途端、椰雲は手を止めてゆっくり振り返った。俺? と自分に向かって人差し指を向ける。

 一が頷くと、椰雲は顎に手を当てた。


「どの曲?」

「初投稿のだよ」


 椰雲は該当する曲を思い出す。それから、眉を下げて「あー」とか「うー」とか、言葉にならない声を出した。大方、脳内で照れと懺悔と喜びの三箇所を飛び回っているのだろう。

 最後に落ち着いたのは懺悔の場所だった。


「なんか、ごめん」

「何で謝るの?」


 一は面白いものを見れてご機嫌である。柔らかく笑いながら、不思議そうな視線を椰雲へ向けた。

 椰雲は一旦視線を交わらせたが、すぐに逸らしてしまう。


「だって、俺の曲聞いて小さくなるほど不安になったんだろ」


 初投稿の曲だ。しかも、何故かそれが広まって今に至るので、椰雲自身もどんな曲だったかよく覚えている。

 内容がとんでもなく暗かったことも、その理由も、全て覚えていた。

 メガネの奥であの日の自分を睨みつける椰雲へ、一は「だから、何で謝るの?」と繰り返す。


「僕はあの時あの曲に出会えて良かったよ」


 肯定的な言葉に、椰雲は顔を上げた。

 一は目を細め、理由を述べる。


「一度しかない人生で、自分が死ぬ前に死の概念を教えてくれる。そういう媒体があるって素敵なことだと思うから」


 椰雲の中で、謝り、自分を責める理由が消え去った。〈スタッフ〉は少しでも〈チャイル〉のためになれたら、それでいいのである。

 なんなら、現状を冷静に見えるようにもなっていた。

 ――熱上がったか。

 一は頬を赤くし、目を潤ませている。子供化に加えて、呑気に会話をしていたことで、一の身体が悲鳴をあげはじめたようだ。

 しかし、一の口は止まらず、「それにね」と続ける。


「そんな記念的な曲の作成者が目の前にいるなんて、運命としか言えないだろう?」

「……アホぬかせ」


 椰雲は鼻を摘んでやりたいところだったが、病人にそれはやりすぎだと思い、頬をつつくに留まった。そして、指先から伝わる高めの体温に〈スタッフ〉スイッチを入れ、まず立ち上がる。

 一はそれを目で追った。


「またどこか行くの?」

「飯作ってくる」


 椰雲が手に持ち揺らすそれは、先ほど買ってきたたまご粥だ。パッケージから出して、電子レンジで温めれば完成という、大変便利な商品である。

 しかし、一はあまりお腹が空いていなかった。あからさまに嫌そうな顔はしないが、眉を下げ抵抗してみる。


「ご飯なら自分の分を先に作って食べなよ。僕その後でいいから」

「いや、一が食べ終わるまで俺は食べない」


 抵抗虚しく、残念ながらスイッチの入った〈スタッフ〉は〈チャイル〉を第一に動く。つまり椰雲は一を最優先に動くわけだ。

 おそらく、本当に一が食事を終えるまで自分のことはしないつもりだろう。

 ならば、部屋から出て行こうとする椰雲を何とか呼びつけ引き留めた。


「せめて抱きしめて、戻してくれない?」


 子供化を解く条件は〈スタッフ〉に抱きしめられることだ。元に戻れば、かろうじて自分でも動けるだろう。

 だがしかし、椰雲は真顔で応答する。


「看病しやすいし、そのままでいいでしょ」

「……君は本当にあの曲の作者と同一人物かい?」


 完全に詰められ、手の思いつかない一は苦し紛れで話題を変えてみた。

 もちろん、椰雲は悪戯な笑みを浮かべるだけだ。


「さっき運命がどうのこうの言ってたのは誰でしたっけねえ?」


 椰雲が部屋から去って行った。

 追って反抗したいが身体は言うことを聞かず、まず起き上がってくれない。一は大人しく、子供のままお世話されるしかないのだった。

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