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初(道之・育心)

 これは、道之と育心が出会ったばかりの頃の話。二人はその時、高校三年生であった。

 道之のクラスメイトである正午しょうご来翔らいとを交え、育心の家でお好み焼きを焼いていた日だ。


「風飛が初めて小さくなった時ってどんな感じだったの?」


 話を始めたのは来翔である。

 育心に向けての質問だったが、育心は口いっぱいにお好み焼きを詰めたばかりだったので、代わりに道之が応答した。


「そんなこと聞いてどうすんだよ」

「ほら、俺将来は〈チャイル〉と〈スタッフ〉について研究するつもりだからさ、参考に色々聞いときたいなって」


 道之と正午はその将来の夢に聞き覚えがあったため、嘘ではない。しかし同時に、来翔がそう単純な男でないこともよく知っていた。

 正午は眉を顰める。


「面白がっているのではなく?」

「やだなあ、半分は真剣だよ」

「残り半分は面白がってんじゃねえか!」


 道之の怒鳴りに近いツッコミを浴びた来翔は、あざとくキャッなんて言って怖がってみせた。勿論、二人には通用しない。

 そんな三人を見ながら咀嚼していた育心は、ようやく口の中を空にできたらしい。


「俺が初めて子供になったのは、道之に初めて会った時だぞ」


 突然告げられた内容に三人は固まる。

 〈チャイル〉が初めて子供化するのは、中学に上がるかどうかの時期が平均だったはずだ。

 来翔は確認をとる。


「え、それってつい最近だよね」

「ああ、そうだな」


 二人が出会ったのは、高校二年の冬だ。

 雪こそ降らなかったものの、零度を下回る中、道之の少し前を薄着で歩いていたのが育心であった。

 ――あんな格好で寒くねえのかな。

 思っても、見ず知らずの人に声をかけるというのは難しい。幸なのかどうか、道之と行き先が同じ方向だったようで、しばらく後を追いかける形になった。

 少し進んだところで、ふらついたように見えた育心が次の瞬間、倒れる。


「お、おい!」


 流石に見て見ぬ振りは出来ず、道之は大慌てで近寄った。

 顔を見てみればほぼ白であり、青紫になっている唇だけが目立つ。頬を触れば氷かと思った。

 ひとまず温めねばと思った道之は、自分の巻いていたマフラーを育心に巻きつける。

 身体が揺れたためか、育心はうっすらと目を開けた。手がゆっくりとマフラーに向かう。


「そんなに寒いか?」

「どう考えても寒いだろ! てめえは年寄りかよ」


 カスカスの第一声に、道之は思わずツッコミを入れた。

 自分を慌てに慌てさせている本人がなんと呑気なことか。

 一方で、育心は首からだんだんと溶けていく感覚を味わっていた。さらに心地よさを求めて、マフラーに顔を埋める。


「ほんとだ、これあったかい」


 頭のほとんど回っていない状態で、滑舌もどこかふわふわした育心の声は、庇護欲を煽られるものだった。

 この時、道之の〈スタッフ〉スイッチが限界までオンされたわけだが、育心には話していない。墓まで持っていくつもりである。

 次の瞬間、育心が子供になったため、言う機会を逃したとも言えた。

 一瞬戸惑った道之だったが、人間はなぜか驚きすぎると冷静になるようだ。状況を瞬時に理解し、回答に辿り着く。


「お前、〈チャイル〉かよ」


 しかし、育心から返答はなく、道之は育心を抱え上げるとどこに向かうか考えた。

 ――俺の家はまだ先……、木島の家の方が近いか。

 足を一歩踏み出す。すると、足元で音がした。どうやら育心の荷物が落ちたらしい。

 落ちた物は鍵だった。

 道之は選択肢がもう一つあることに気づく。


「なあ、お前の家ってここから近いか?」


 流石に耳元で話したせいか、育心が朧げにでも目を開いた。潤んだ瞳と、触れている部分から伝わる体温は、育心に熱があることを訴えている。


「そこの角……、曲がって二つ目、左手の家」


 思ったよりも近かった。それなら確実にそこへ行った方がいいと、鍵を拾い、道之は言われた通り角を曲がる。

 そこには平屋の一軒家が建っていた。

 インターホンを押すが、誰かが来る気配はない。鍵をさせば簡単に回ったため、家自体は合っているようだ。

 玄関には他に靴がなく、静けさからしても、現在家は無人と分かる。風呂に入れるか、せめて毛布を用意してやりたいところだが、他人の家を漁るのは気が引けた。

 ――冬だし、寝室行けば厚手の布団があるだろ。

 そんな考えのもと、部屋の中をチラチラ覗きながら廊下を進む。廊下はフローリングだったが、部屋内は畳の確率が高い。

 嫌な予感がした。


「お前の家ベッドねえの? 布団派?」

「そうだが……」


 敷かなければならない。

 寝室ならそこだ、という育心のか細い声を聞き捉え、その部屋の襖を開ければ布団が閉まってあった。

 部屋の隅にヒーターがあるのを確認。


「暖房つけていいか?」


 育心が頷いたのを見て、ひとまず道之は自分の上着で育心を覆うとヒーターの前に座らせる。それから大急ぎで布団を敷いた。

 上着とマフラーを取っ払えば、突然晒された育心の肌は寒さに震える。布団に寝かせるが、入ったばかりの布団はかなり冷たいのを道之も知っていた。

 だから、とにかく暖を与えねばと、自分も布団に入り育心を抱え込んだ。

 これが二人の出会いであり、育心の一番大事な思い出である。熱の出ていた育心の記憶はかなりぼんやりとしているが、あの日必死に自分を助けようとしていた道之の表情だけは、やけにはっきりと覚えていた。


「それまで俺は、不安を抱えたことがなかったらしい」


 ――なんで、こいつはそんな悲しいことを真顔で言えんだ。

 眉を下げてしまったのは、道之だけではないようだ。

 そんな三人の表情を伺うことなく、育心は空になった皿を見つめて何やら考えていた。


「というかあれだな」


 結論が出た育心は顔を上げる。その結果、真っ直ぐ見つめられることになった道之は、いち早く目を逸らしたい衝動に駆られた。

 しかし、逸らすわけにはいかない。ここで逸らしては育心を裏切ることになる、気がする。


「道之に出会ったことで不安とか、不満とか、そういうものを知ったのかもしれない」


 それまでは我儘を言う相手がいなかったから。

 子供化する条件は不安を抱えること。本人が不安と受け取らなければ、子供化することはない。

 それは一見楽かもしれないが、一生完成しないパズルとも捉えられる。


「ほら、おかわりいるだろ」

「いる。ありがとう」


 空白を埋めるように、道之は育心へ新しいお好み焼きを取り分けてやった。

 正午は残った生地を流し入れ始め、来翔はお皿を掲げ、軽口をたたく。


「ママー、僕もおかわりー」

「誰がママだっ!」

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