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放課後(澄・小景)

 突然だが、浦都うらと 小景こかげ阿宮あみや きよは幼馴染である。

 小景の母が〈チャイル〉で、澄の母が〈スタッフ〉の相方同士なのだ。そのため、産まれて間も無く出会い、自分達の体質を知った後も一緒にいる。

 お互いに知らないことなんてほとんどない、と思う。

 ぼんやりとした頭で思考しながら、澄はカーペットの上に寝転がり、目の前にあるウサギのぬいぐるみを眺めていた。

 やがて、一階から千歳――小景の母である――の声が聞こえると、階段を上がる足音がして、部屋の扉が開く。


「おかえり〜」

「……勝手に部屋入んじゃねえよ」

「千歳さんがいいよって言ってたもん」


 扉に背を向けている澄は、入ってきた小景の表情を見ることが出来ない。しかし、眉を吊り上げ、目を細めていると完璧に分かっていた。

 怖いね〜なんて、ぬいぐるみに話しかける。もちろん返事はないので、澄自らぬいぐるみの手を動かして、返事をしている風にした。

 小景は澄の背中を見ながら、鞄を床に置いて座る。


「制服、皺になるぞ」

「そうねえ。お前と同じ制服だったら、もっと大事にしたんだけどな」


 その声はどう受け取っても拗ねていた。

 小景は大きく息を吐く。


「まだ言ってんのかよ……。もう三年になったんだぞ。いつまでも拗ねてんじゃねえ」

「いつまでも拗ねるし、掘り返す」


 澄の手は、未だぬいぐるみの腕を動かしている。まるで自分ではなくそのぬいぐるみと話しているようで、小景は気に食わなかった。

 なので取り上げた。ぬいぐるみの顔が掴まれ、潰される。


「お前は誰と話してんだ」

「こっちゃんが俺と話したいって言うなら、話してあげてもいいよ」

「……こっちゃんはやめろ」


 かろうじて小景の口から出てきたのは呼び方に対する文句だった。だって、やっとこっちを向いた澄の顔が青白かったのだ。

 調子を狂わされてしまい、乱暴に自分の頭を掻く。


「調子悪いならさっさと返って寝てろ」

「はは、ここまで頑張って来たのに酷いなあ」


 澄はなんとか寝返りをうった。それだけでも、身体がギシギシいっている気がする。

 〈チャイル〉のお願いで動く〈スタッフ〉は何かロボットっぽいと思っているが、滑らかに身体が動かなくなるこの時こそ、澄が自分はロボットなんじゃないかと疑う瞬間だった。

 頭に手を置いたままの小景は何やら考えて、鞄をミニテーブルに近づける。


「宿題手伝え」


 その言葉が耳に届いた瞬間、澄の身体から重りが落ちた。

 ――我ながら単純すぎる。

 全く起き上がる気がしなかった身体は簡単に起き上がり、テーブル横に座り直す。


「いいけど、教えるだけね。やるのは小景だよ」

「ケチくさ」

「ケチじゃないですう」


 広げられた数学のテキストを見れば、数ヶ月前にやった覚えのある問題が並んでいた。


「この範囲、俺二年のうちにやらされたよ」

「ほーん、やっぱそっちの方が早いんだな」


 ――"そっちの方が"……ね。

 喉の少し下あたりに何かが詰まって、出てきそうで出てこない。

 小景も澄が不快感で顔を歪めているのに気づいた。


「なんだよ。俺に教えられて良かったじゃねえか」

「そうなんだけど……」


 制服も、授業スピードも、二人の間に異なる空間での時間があることを、ありありと知らしめてくる。

 さらに、自分以外にそれを知っている人間がいるかと思うと、胸が痛いし、息が詰まった。

 澄は頬をテーブルにくっつける。なんだか頭も重くなったような気がした。


「知らない小景が増えていってるって思うと気持ち悪い、吐きそう」


 少し見上げた位置にある小景の顔は、呆れなのか嫌悪なのか、とりあえず不快感を表している。


「……重い」

「知ってる」

「自分で分かってるのがタチ悪い」

「監禁されてないだけ嬉しく思った方がいいよ」


 "監禁"に対して、小景は少し身を退けた。目の前の澄は「傷つくなあ〜」なんて言って笑っている。

 小景は思い出す。昔からこいつはこんなだったか?

 多分違う。少なくとも、目に見えて執着されていると分かったのは、高校に入ってすぐの頃である。


「なんで」

「ん?」

「何で俺に執着すんの。お前の周り他にも〈チャイル〉のやついるだろ」


 兄の匡をはじめ、よく一緒にいるはじめも〈チャイル〉だ。

 お願いをするのが小景である必要はない。

 ゆっくり頭を持ち上げた澄は、首を傾げる。


「何でだろね。自分でもよく分かんないや」

「はあ?」

「でも、」


 傾げるのをやめた頭は、部屋を見渡すように動く。

 小景の部屋は特別広いわけでもなければ、狭いわけでもない。しかし、どこか狭く感じるのはあちこちに置かれたぬいぐるみ達のせいだろう。

 中には購入したものも混じっているが、ほとんどは小景が自ら作ったものだ。何がきっかけかは忘れたが、暇になると布と綿を買い集めてきて、チクチク縫っている。

 ぬいぐるみを作っている間、小景が自分のことを放っておくようになるので、その趣味を澄はあまり好いていない。好いていないが、感謝はしているのだ。

 澄の視線が小景へ戻ってくる。それから、にっこりと口角が上がった口を開いた。


「この部屋見せてくれるの、俺にだけでしょ? それが最高に嬉しいから、かもね」


 澄は、先程取り上げたウサギのぬいぐるみをテーブルの上に持って来て、再び「ね〜?」と同意を求めている。

 趣味が可愛い、なんて揶揄われた日には、再び登校拒否をするだろう、と小景は思う。しかし、「可愛い」が揶揄だと捉えるようになったのも澄のせいではなかったか。

 思えば、いいように手のひらで転がされてばかりである。

 ――結局のところ独占欲かよ。

 小景はあれこれ考えるのを諦めて、数学の問題に向き合った。それに気づいた澄も教える体制になる。


「ちゃんと教えるから、大学は一緒に行こうね」


 はいかいいえ、小景はどちらとも言えない声で答えを濁しておいた。



阿宮あみや きよ

 体質:〈スタッフ〉

 高校三年生。趣味はお菓子作り。

 週一で小景にお菓子を差し入れている。自分以外が作ったお菓子を食べると怒る。


浦都うらと 小景こかげ

 体質:〈チャイル〉

 高校三年生。趣味はぬいぐるみ作り。

 可愛い系のぬいぐるみが多くなったのは、澄のリクエストに応えてたから。

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