四月馬鹿(スタッフ)
〈堀 刀威〉
「俺、まさくんの顔に飽きたかもしれない」
なるべく深刻そうに、顔も真顔を貫いた。
いつも通り阿宮家で勉強中のことである。そういえば今日は四月一日だ、と刀威は思い出し、思い出したからには嘘をつこうと実行した。
――今考えたにしては中々いい嘘なんじゃない?
その証拠に匡からのレスポンスはない。
刀威は様子を伺うため、匡へ慎重に視線を向ける。そこには「何言ってんだこいつ」と言いたげな匡の顔があった。
「あれ、騙されてない?」
「騙されるわけないだろ」
匡はやや大袈裟に見えるため息を吐く。
「普段あれだけ俺の顔をどうこう言ってるやつが何言ってんだ」
完全に呆れている匡。
対して、刀威はついつい口角が上がってしまう。止めようと両手で頬を押さえたが上手くいかず、声まで出てしまった。
「ふぇへへ」
「……なぜ笑ってる」
笑う箇所なんてなかっただろう。と匡が聞けば、刀威が目尻を下げ、見つめてくる。
「俺がまさくんの顔好きなの、しっかり伝わってて嬉しかったから」
本当に嬉しいのだろう刀威は、またニヤニヤと笑った。
その表情を見て、匡は出しかけた言葉をしまい、代わりに再びため息を吐く。
「この問題の解説も同じくらい楽に伝わってくれれば良いんだけどな」
急に話を勉強に戻され、刀威は頬に手を当てたまま口を尖らせた。その顔のまま匡を見つめ直す。鼻で笑われた。
泣く泣く問題集へ視線を戻したため、刀威は匡が安堵の顔を浮かべたことに気づかない。
――九割方、嘘だと思ってたはいたが……。
〈阿宮 澄〉
その日、澄は体調が悪かった。どうせ、また体質のせいだろうと決め打ち、小景の部屋を訪れてみたのだが……。
――あれ、これ本当にマズいやつ?
改めて確認すれば、どうやら頭の痛む位置は違うし、拒否反応では出ない喉の痛みまである。これはもう確実に体質のせいじゃない。
眺めていたスマホの電源切る。
「あ」
澄はなるべくわざとらしくならないよう、何かに気づいた声を発した。ベッドに寝転がり漫画を読んでいた小景は、視線をこちらに向けることはなかったが何事か聞いてくれる。
「どーした?」
「ごめん、用事あったんだ。帰るね」
嘘だとバレて当然の台詞になってしまった。出来れば気づいて優しくして欲しい、という澄の欲が出たのだ。
しかし、小景の視線は漫画に向いたままだった。
「あっそ、じゃあな」
出て行ってくれて清々する、くらい思っていそうな反応に、澄には掴みかかってやりたい気持ちが湧く。
――でもうつしたくないし……!
気持ちを抑え、鞄を肩にかけた澄は廊下に出た。「バイバイ」と言って扉を閉めようとする。
「リンゴジュースでいいか?」
小景の声がして驚き視線を向けるも、小景はまだ漫画を見ていた。ドアノブを握る手に力が入る。
――全部分かってて、あえて素っ気なくしてたな?
「こっちゃんのイジワル‼︎」
言い放つのとほぼ同時に、力任せに扉を閉めた。部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
悔しいことに憂鬱な気分が少し晴れた。
〈平川 出海〉
無事高校入学が決まり、ここから三年間、麦晴と再び一緒にいることが確定した。そんな中訪れた四月一日である。
体質関係なしに、これだけ同じ時を共にしていればどんな嘘をついても一瞬でバレるだろう。とかいう動画配信者みたいな思いつきをした出海は麦晴の家にいた。
「俺さ、嘘ついたことないんだよね」
まずは明らかな嘘をついてみる。段々とレベルを上げていって、「え、それ嘘? 本当?」となるラインを見極めるのが、今回出海がやる検証だ。
ちょっとした暇つぶし。そのはずだった。
麦晴は手元のゲーム画面から少し上に視線をずらす。
「あー、確かに。つかれたことないかも」
――信じちゃったよ。なんでだよ。
他人に比べ、麦晴にはより多くの嘘をついてきた。嘘というか、素直にならなかった代償だけれど。
しかし、こうなると今までの言動全てが、真実として受け止められている可能性が出てきた。
――それは困る!
どうにか今までの嘘を無かったことにしなければ。出海は苦渋の決断を下した。
「俺は今からお前に嘘をつく」
「……まって、それどっち」
複雑な状況を作り出されたことに麦晴はいち早く気づく。しかし、覚悟を決めていた出海の方が一枚上手だ。
揺らがないうちに言い放ってしまおう。
「隣にいるのが麦晴でめっちゃ嬉しいよ、ばーか」
これさえ伝わっていれば、今までも、この先も、何を言ったところで現在の関係に影響しないだろう。
珍しい出海からの直球な言葉に、麦晴は目を見開き、顔を赤らめた。死ぬまで覚えてようと、出海の言葉を噛み締める。
しかし、咀嚼したことで気がついた。
「嘘をつくってのが嘘だよな。流石にな。あれ、でもそれだと俺馬鹿にされてねえ?」
頭上にはてなを浮かべる麦晴。それを見て出海はほくそ笑んだ。
――精々悩むがいい。俺の本音に気づけなかったお前が悪いんだからな!
見事な責任転嫁であった。
〈水城 椰雲〉
「椰雲くんって彼女いたことあるの?」
椰雲はおやつ用に買ってきたケーキを落とすところだった。
話を振ってきた一は「大丈夫?」と言う割に、心配してなさそうな顔だ。体制を立て直しつつ、話には付き合ってあげる。
「いきなりどうした」
「んーとね、僕がこの家に来るようになって暫く経つけど、そういう話聞かないなって。そもそも僕以外を家にあげたことないんじゃない?」
引っ越してから一ヶ月も経ってないんだぞ、そりゃそうだろ。という言葉は飲み込んで、椰雲は気の利いた返しを考える。
ふと、いたずら心が騒いだ。
「彼女いたことあるし、なんなら彼氏もあるけど」
「えっ」
一は口を開けたまま固まる。
偏見はない。ただ、椰雲の隣に自分以外の同性がいたことが信じられなかった。
――信じたくない、のか。
それは非常に言語化しにくい現象であり、感情であるため、モヤモヤしたものと表現する他ないのが悔しい。
――この関係において、恋愛に口を出す権利はない。
そういうものなのだ。
ずっと会話を止めたままなのもおかしいだろう。一はどうにか返事を探す。
しかし、見つけ出す前に椰雲がネタバラシをした。
「なんてな。嘘に決まってるじゃん」
「う、嘘か。そっか……」
思わず一は胸を撫で下ろそうとして、下ろしきれず止まる。素直に疑問を口にした。
「どこからどこまでが?」
椰雲はにこりと笑うだけで、冷蔵庫に食品を詰める作業へ戻る。その日から何ヶ月経っても、結局答えてくれなかった。
〈継辺 道之〉
育心は机に頭を横たわらせ、パソコン作業中の道之を見上げていた。
「道之は嘘つかないのか」
せっかくだからイベントには乗っておけ、そういうつもりで育心は声をかける。
道之はチラリと育心に視線を送るも、すぐに作業を再開させた。
「逆に聞くけど、ついて欲しいのか?」
片手間ではあるが育心を構ってくれるらしい。そのことに喜びを感じつつ、育心は考える。
案外、答えは早く出た。
「それが本音の裏返しなら、欲しい」
道之は本音を隠すタイプの男だ。平気で一人抱え込む癖がある。一部でいいから、この際育心に話してほしかった。
「じゃあ言わない」
エンターキーを押し、道之は答える。思い通りに行かなかった育心は顔を歪めた。
その顔の前に道之は頬杖をついて、面と向き合う。
「もう不安にさせないって決めたから、嘘はつかないし、言いたいことがあったらはっきり言う」
嘘をついているようには見えなかった。
育心が呆気にとられている中、道之は「そう決めたんだよ」と言い残し作業へ戻ってしまう。
思った回答方法では無かったけれど、欲しい回答をもらえた育心は、満足げに笑みをこぼし呟いた。
「そうか」




