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感想(出海・麦晴)

「Tシャツのデザイン……っすか?」


 出海に両手を合わせ、頭を下げているのは確か二年の先輩だ。麦晴と同じダンス部だったと思う。

 昼休みに麦晴伝手で呼び出されたと思えば突然頼まれた。

 頼まれ事に悪い気はしないが、なんせ理由がわからず出海は困惑する。


「えっと、頼むの俺で合ってます?」

「小屋のハンカチの刺繍、デザインしたの君なんでしょ? だったら合ってる!」


 ハンカチ……と口の中で復唱すれば、なんのことだか思い至った。

 最近始めた刺繍の練習、そのうちひとつを麦晴にあげたのだ。出来の方はまだまだだが、デザイン自体はいつもの出海が好きな感じである。

 ――あれを麦晴が持ち歩いてんの?

 麦晴からは到底イメージがつかないテイストのものだ。あげた時も押し返されるだろうと思って渡したのに、予想は外れ、笑顔で受け取られたのだった。

 そこまで思い出したところで、麦晴に視線を向ける。彼は先輩の背後で両手を合わせ、ウィンクをしていた。

 ――頼む、ってか。

 ちょっと悔しい気持ちになる。〈スタッフ〉が〈チャイル〉の願いを断れるわけない。


「俺でよければ、やりますよ」


 答えを聞いた先輩は、顔を上げたかと思うと、出海の手を取り上下に振った。何度もありがとうと繰り返し、頭も下げている。

 思った以上の感謝のされ方にどうしたものかと思っていれば、予鈴がなった。

 先輩はそれを聞くと「時間もらってごめんね!」と手を離す。それからもう一度頭を下げ、手を振って帰って行った。

 出海はその背中を見送り、それから麦晴をジロリと睨んだ。


「で、何で先輩がハンカチのこと知ってんだよ」


 尋ねれば、麦晴はポケットに手を伸ばしハンカチを取り出した。どうやらいつも持ち歩いているらしい。

 偶然、取り出したか、落としたところを先輩が目撃したのだろう。

 持ち歩いていることに対して「なぜ」と出海が視線を送る。麦晴はハンカチをパタパタ振りながら応えた。


「せっかく出海がくれたし。あ、使ってはねえよ? お守りとして持ち歩いてるだけだから」

「それはそれで恥ずいんだけど……」


 頬を赤らめる出海に対して、麦晴はなぜ? と言わんばかりのキョトン顔を向ける。

 ――そういえば、前も俺があげたやつ持ち歩いてたんだっけ。

 なんなら殆どのものは部屋に飾られているはずだ。〈チャイル〉の習性なんだろうか……、なんて考えていると、廊下にチャイムの音が響いた。

 二人は大慌てで教室へ戻る。


 休日、部活が休みだった麦晴は出海の家を訪れていた。元々遊ぶ予定があったのだが、デザイン案を見て欲しいと言われ、やってきた次第だ。

 だからといって、今の状況はどうなのだ、と麦晴は思う。部屋に通されてからというものの、出海は机に向かったまま麦晴へ背中を向けていた。

 頬を膨らませ始めたところで、出海から声をかけられる。


「これって麦晴も着んの?」

「ううん、頼みに来た先輩のグループだけ」

「そっか、なら良かった」


 やっと出来た会話はすぐに終わった。嬉しくて咄嗟に答えてしまったのだ。

 いや、それよりも……。


「え」


 思わず出てしまった声を戻せればと、麦晴は口を両手で塞ぐ。聞こえてしまっていないか出海を見るが、彼は机に向かっていた。平気だったらしい。

 麦晴は手を退けると深く呼吸をした。

 ――落ち着け、大丈夫。多分、勘違いだ。

 ここで小さくなっては意味がない。不安を取り除こうと、ポジティブに思考を働かせた。

 普段の出海なら真っ先に麦晴へ着せようとするはずだ。今日だって、先輩からの頼み事がなかったら古着屋巡りをする予定だった。目的は当然、麦晴に服を当てて出海が楽しむこと。

 ――なのに、自分が……省かれた?

 そう思ったらもうダメだった。鼻の奥がツンとして、目の前が歪んでいく。再度両手に力を込めて口から嗚咽が漏れ出すのを防いだ。

 ああ、でもそれも無駄かもしれない。だって、麦晴が泣くのなんて、近年じゃ小さくなった時だけなんだから。

 麦晴の努力は出海が振り向くまでの時間稼ぎという点で無駄にならなかった。出海は満足いくデザイン案を書き上げ、そうしてやっと回転椅子を回す。

 そこには両手で口を塞ぎながら、目から涙を流す小さな麦晴がいた。口から溢せない分まで目に回っているのではないかと思うほど、ボロボロと涙を流している。

 慌てて麦晴に近づき、抱きしめた。なのに、いつもすぐに回される腕が、手が口から離れない。優しく外そうとしても嫌だと首を横に振られてしまう。


「麦晴、ごめん。ほっといた俺が悪いよな、ごめん……」


 〈チャイル〉を放っておいてしまった罪悪感からなのだろう、指先に変な力が入る。

 一方、麦晴はまた首を横に振った。

 このままでは埒があかない。とにかく、出海は麦晴を抱きしめることに集中した。

 暫くして、まだ赤みのひかない腫れた目を伏せ、麦晴は口の錠を解く。身体が戻ると同時に涙を止めた麦晴は、小さくなった経緯を話した。


「俺のこと飽きたんだと思ったら、なんか、ダメで」


 出海の隣は自分じゃなかったのかと、思っただけで……麦晴が言えるのはそれだけだ。

 それを聞いた出海は「しまった」と思った。これはしっかり話さなければ、また麦晴を不安にさせてしまう。デザイン案をかいた紙を持って来て、麦晴に見せる。


「考えるの楽しくて、気づいたらかなり可愛い寄りになっちゃったから……お前のダンスには合わないと思ったんだよ」


 紙にかかれていたのは、ウサギを中心に、リボンやレースを散りばめたイラストだった。殆どの人が「かわいい」と表現するだろう。

 麦晴が得意とするのは、テンポが早くてアクロバティックなものである。確かに、このデザインとイメージがかけ離れていた。

 ストンと、納得が落ちてくる。肩の力も抜けて、ストンと落ちた。


「良かったあああ」


 麦晴は出海の肩へ頭を乗せる。その表情は安堵で満ちていた。

 ――そんなに嫌だったんだ。

 いつも特に買うわけでもない服を見て回らせては、麦晴に文句を言われていたのだ。良い加減嫌われるんじゃないか、なんて不安がよぎったこともある。

 そんな心配は全く無かったと、自分に非がある状況から始まったこととはいえ、「分かったならまあいいか」なんて。棚に上げるとかそういうことではなく。

 言い訳が止まらない脳内から逃げ出すように、出海は麦晴を揶揄うことにした。


「麦晴くんってば、俺のこと大好きか」

「うん」


 あまりに即答。恥ずかしげもなく堂々と。

 出海が赤面する隣で、やはり麦晴はキョトンとしていた。

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