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感想(椰雲・一)

 ――どうりで最近、部屋に篭ってたはずだ。

 一はスマホを見て納得した。動画配信サイトの登録済み欄に、「くもぱち」の新曲ミュージックビデオが並んでいる。

 一は椰雲の家にある自分用の部屋へ行くと、無線スピーカーの電源を入れ、スケッチブックを開きながら再生ボタンを押した。彼の新曲を聴く時のルーティーンだ。

 ほぼ居候の身だが、公開前に聞かせてもらう、なんてことはしていない。椰雲から「聞いていい」と言われたこともある。しかし、一は断固たる意志でその提案を断った。


「ファン心理を全く理解していない!」


 と怒りすらした。新曲を待つのはファンの楽しみの一つなのだ。あの時の鼻歌とは訳がちがう。

 曲はイントロが終わり、AメロからBメロへ穏やかに進んでいる。いつもの世界観、いつものリード進行であるにも関わらず、しっかり違う曲だった。それは一がくもぱちの曲を好きな理由でもある。

 夢中になって聞いていれば、曲は終わりを迎えていた。とりあえずリピートボタンを押してもう一度聞く。

 目の前の絵が描き終わるまで――と言っても下書きが終わるまで――リピートし続けた。

 何周したか数えるのもやめた頃、満足のいくものが完成したため集中をとく。その際、部屋の中に自分以外の気配を感じた。


「声かけてくれればよかったのに」


 一が振り向くと、すぐ左後ろで椰雲がベッドに腰掛けて寛いでいたのだ。こんな近くまで来ていて気づかないとは、よっぽど集中していたらしい。

 突然、背後に人が現れたとなれば普通は驚くものである。しかし、もう何度も同じことを体験している一は、今や楽しそうに笑うのみであった。

 一方、椰雲といえばそんな一の顔を通り過ぎ、スケッチブックに視線を向けている。


「なあ、やっぱり公開前に曲聞いてよ。一回でいいから」


 言い終わってから、やっと椰雲は一の方を見た。

 見られた一は、過去の議題を掘り起こされたことに対し、眉間に皺を寄せる。加えて、今度はこちらが顔を逸らしてやった。


「絶対に嫌だね! 前にも言ったけど」

「楽しみが減るから、でしょ?」


 なんだ覚えているじゃないか、と次の言葉は口を閉じてしまってあげる。ついでに横目で椰雲の姿を確認すると、彼の瞳は再びスケッチブックへ夢中になっていた。普段あまり見ない優しい顔で、絵を見つめている。

 自分の描いた絵にそこまでの価値を感じていなかった一は、目を離した隙に「他の絵に変わっているんじゃないか」なんて絵空事を考えながらスケッチブックへ視線を向けた。

 もちろん、そこにあるのは先程まで自分が描いていた絵だ。横で椰雲が愛おしげに見ているのを感じ、少々むず痒くなる。


「一の絵ってさ、しっかり俺の曲聞いて描いてる感じして好きなんだよね」


 感想画は案外難しい代物だ。音楽に限らず、目に見えないものを目に見える形で表そうとすると、目に見える資料を探して描いてしまいたくなる。ファンアートとしては嬉しいが、作品としてどうかとなると……微妙なところだ。

 そこで一の絵である。元のミュージックビデオに出てくる小道具やキャラクターを使用しつつも、その道具が歌詞の中の何を表しているのかが分かる絵だ。言ってしまえば、椰雲が描いて欲しい、伝わっていて欲しいものがそこにはあった。

 椰雲は一の頭を優しく撫でる。一が流石に恥ずかしくなって、文句と共に手を退かそうとすれば、椰雲が見つめてきた。


「俺は、そんな一の絵と一緒に曲を出したい」


 前もそうだったが、一は椰雲から向けられる真っ直ぐな視線に弱い。その根本にある感情は、未知への恐怖と期待に似ていた。まるで宇宙に吸い込まれていくみたいな……そんな感じだ。

 一が感情の整理中でも、椰雲は話を進める。


「描いて欲しいから、先に曲を聞いて欲しい。ちゃんと仕事として頼むよ、お金も出す」


 なるほど、その方法ならファンとしてではない。

 納得する裏で、一の臆病な面が「やめた方がいい」「出来るわけない」と囁いていた。大嫌いな声で再生され、指先が震える。

 ――いっそのこと、断れないようにしてくれればいいのに。


「それでも嫌って言われたら引き下がる」


 一の考えとは裏腹に、椰雲はとにかく下から来た。ベッドに座る椰雲の方が、カーペットに座る一より、頭が上にあったのだ。それすら、ベッドから降りて物理的にも下に来た。


「引き下がる他ない」


 付け足された言葉からは、〈チャイル〉を尊重する意思が伝わってくる。それは、息子を自分の道具にしか思っていないあの〈スタッフ〉と明確に違う点であり、椰雲とこうして一緒にいる理由でもあるだろう。

 ――初めて会った頃の方が威圧的だったな。

 最近でも有無を言わさぬ態度になることはある。風邪を引いた時はそうだったし。

 ではなぜ、今こんなに腰を低くしてお願いされているのかといえば、「お願いだから」なのだろう。椰雲が最優先にする、一のための行動ではない。〈スタッフ〉が〈チャイル〉にすることではないのだ。体質に逆らったお願い。

 正直、一には期待に応えられる自信が全くなかった。それでも、一度くらい、いつも良くしてくれる〈スタッフ〉に恩返しをしたい、自分だって大事に思っているのだと伝えたい。


「分かった、聞くよ」


 決意と同時に口が開いていた。

 目の前の椰雲が目を開き、その中で星を瞬かせる。星の正体が期待だと分かると、「言ってしまった」後悔の横で「本当にできるんじゃないか」という期待が膨らみ始めた。

 ――少し、調子に乗ったって怒られないさ。

 一は椰雲へ両手を伸ばす。小指側が黒く汚れている気がするけど、今はそんなこと気にしている場合じゃない、見ないふりをした。

 わしゃっと効果音付きで、椰雲の頭がかき混ぜられる。衝撃により眼鏡がズレた。魅力的な目に対して、なんと間抜けな状態だろう。

 少し緊張の解けた一は、頬を緩めた。


「今までで一番の絵描いてあげる」


 だから、今までで一番の曲を持ってこい。

 椰雲はその挑戦に受けて立つと言わんばかりに眼鏡を掛け直すと、口角を上げた。

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