どこか会社に騙されたような、搾取されたような、釈然としない気持ち
令和七年一月三日(金)
うちのボスは、昔から平素のこまごまとした決定事項については、基本的に社員に相談することなく、トップダウンでさっさと決めてしまう人だ。ただし、新しい期が始まる際に立てる年間売り上げ目標や行為計画については、各営業マンや工事監督に先ずは発信をさせ、その内容を精査し、一年の見通しを立てるという、いわゆるボトムアップ方式を採用している。その内容がよほどトンチンカンなものでない限り、基本的に社員の立てた計画を否定しない。先ずはやってみろという寛容なお考えなのであろう。
そんなボスが我々社員に明確に発信する経営方針といえば『現状維持』これだけである。僕は今の会社に勤めて、はや二十数年になるのだけれど、昔からボスのこの方針は徹底している。ボスは、起業した人ではなく、親戚のおじさんであった先代社長から会社を引き継いだ人なので、長年ボスの右腕として彼の近くにいる僕が見る限り、全ての起業家が共通して有する『根拠なき確固たる自信』のようなものは無い。何ごとにも慎重で、滅多な冒険はしないタイプだ。そして、社員たちもそれに習ってか、高い売り上げ目標やおのれを鼓舞する行為計画を立案する者は少なく、自分の身の丈にあった目標を無理なく立てる風潮が定着している。
確かに、我が社はこの二十数年間、ずっと5億円の売り上げを行ったり来たりしている状態で、社員が少し気を抜けば簡単に目標を下回ってしまう。「景気が後退しているこの国においては、現状維持は言わば前進に等しい。兎にも角にも先ずは現状維持」というボスの方針は的を射ているのかもしれない。
しかし、ボスには悪いが、高齢化の進む社員たちのこれからを考えると、一途に現状維持だけを続けるのは非常に危険だと僕は考えている。現状維持を続けるということは、要するに五年後も十年後も、社員は同じ部署の同じ場所で同じ業務をしていると言うことだ。現にこの二十年がそうだった。飛躍的に成長を遂げた社員と言えば、手前味噌だが僕ぐらいのものだ。更にこの先は、社員が歳を取り心身は衰えるにもかかわらず、ノルマだけは若い時と変わらず、いや、むしろ若い時より高いノルマを課せられるという苦しい反比例を迫られることになる。
その時になったら、ボスは恐らくこう言うのだ。「この未来は経営者である私が強制したものではない。すべては君たち社員一人一人が計画し、会社に発案し、実施してきた結果である。私の責任ではない」と。仮に僕が全社員の人生を背負わなければならないトップの立場なら、このような言い訳は巧妙に準備しておく。
本当は社員の誰もが薄々気が付いているのだ。同じ会社に長く勤め、愚直に同じ業務を続けていれば、会社が明るい未来を用意してくれて、なんとなく昇格をして、なんとなくお給料も上がって、気が付いたら机に座って部下に指示を出せばよい立場になっている、なんてことが甘い幻想であると言うことを。その時になってから、どこか会社に騙されたような、搾取されたような、釈然としない気持ちになっても、もう手遅れなのだ。
では、そういった悲しい未来を回避するために、社員一人一人が実施すべきことは何か?
それは、業務の組織化を図ることである。(明日へ続く)