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短編集

マンボー・極

作者: 汐見かわ


 珍コロウィルスによる第36波が日本を襲った。人口1,400万人の首都東京ではまん延防止等重点処置、略してマンボーが実施されることとなり、昨日より飲食店を含む全ての施設で営業時間短縮が求められている。『華陽飯店』 俺は今、火鍋を提供する超有名店、華陽飯店へと来ている。

 マンボー……いや、何度も改訂されたもはやマンボー・極と言える恐ろしい程の時間短縮を余儀なくされた都内全ての飲食店は、昼時の11時から13時までの2時間のみ営業可能となっている。その2時間の中で客の回転数を上げる為、ひと組が店内に滞在できる時間はわずか15分。


「海鮮火鍋、ゴヨウイシマシッター」


 ぐつぐつと煮えたぎる真っ赤な鍋が目の前の台に置かれた。店員がテーブルのスイッチをかちりと回すと鍋の下からは勢い良く炎が噴き出した。鍋の中のスープはより一層ぐつぐつと煮立っている。目に染みる程の刺激臭が湯気と共に立ち上り、血のように赤いスープは地獄を連想させた。

 店に滞在できる時間は15分。料理が運ばれてくるまでに既に5分は経過しただろう。残りは10分。俺は少ない残り時間でこの地獄を完食しなければならない。 本来は自分の食べたい具材をスープに入れ火が通ってから食す料理だが、なにせ時間がないので具材は最初から鍋の中に全て入っている。スープの中では海老が頭だけを出していた。地獄の釜で茹でられたのだ。こいつは生前にどんな行いをしたのだろうか。生気の宿っていない黒い瞳が俺の頭の中に語りかている気がした。


 タスケテ……アツイ。アツイヨ……


 早く海老を引き上げてやらなくては。楽にしてやろう。俺の血肉となる為に。

 ふと目の前の火鍋から意識を離すと周りからは「アッツ!」などとスープを食す猛者達の奏でる音が聞こえている。はふはふ、あっつ、あっち、うわっ、辛っ……あっつ。

 猛者達が顔を真っ赤にしながら地獄を食らわんと今、まさに戦っているのだ。俺も今からそっち側の人間になるぜ。マンボー・極には屈しない。

 

いざ、実食っ!




・・・




 無理だった。

 風が吹く度にひりひりと痛む唇を開け、冷たい空気を口の中に取り入れ、食事で満たされなかった腹の中に空気を送り込んだ。空気は何の味もしやしない。

 そして唇が痛い。辛いを通り越して口の中は痛かった。火傷をしたような気もする。火傷をしたところに、激辛スープを流し込んだものだから、口の中と食道は火事を起こす寸前だった。火鍋は痛い食べ物だったのだ。生まれてこの方今まで知らなかったが、火鍋は痛い食べ物なのだ。負傷覚悟で挑まなくてはならない。肝に銘じておこう。

 海老だけは何とか食べることができたが、完食はとうてい無理だった。なぜなら激辛スープは常に煮えたぎり、辛い上に熱い。15分で煮えたぎる火鍋を食べるなんて正気の沙汰じゃない。どうかしてる。上手いとか不味いとか、そういう次元ではない。味はよくわからなかったし、最後の方は鼻も麻痺していたような気がする。汗なのか涙なのか鼻水なのかもわからない液体が顔から滴っていたし。自分もそうだったが、周りの客も客で揃いも揃って全員が汚い絵面だった。どうりで情報バラエティー番組が店に取材に来ないわけだ。放送事故を起こすからだ。この店では客観的に物事を見てはいけないし、捉えてもいけない。勉強になった。そして自分も汚い絵面の一部なのだ。親が見たら泣くだろう。

 しかし、海老はぷりぷりとしており歯応えは良かった。もっと時間があれば……時間さえあれば完食もできたし、もっと味わうことができた。これじゃあ赤い汁の匂いを嗅ぎに来て、ただ口の中を火傷しただけの客だろうよ。情けない。金を払って怪我をした客、簡単に説明するとただの負傷者だ。

 負けた。完敗だった。

 俺は天を仰いだ。涙は出ない。いや、出さないようにしていた。なぜならリベンジに来てやると、その時心に誓ったからだ。その時まで涙はとっておくのだ。 華陽飯店には呆然と立ち尽くす俺を素通りし、次から次へと客が入って来る。さすが激辛火鍋を出す客で一躍有名になった店だ。15分という短時間で火鍋を完食してやろうと新たな猛者達が集まって来る。マンボー・極には屈しないと、屈強な馬鹿共が。どいつもこいつも良い面してやがる。見てろよ。俺もいつか必ずこの火鍋を時間内に完食してみせる。

 マンボーには屈しない。 俺は拳を握りしめ、まだひりひりと痛む唇を噛んだ。




気に入りましたら高評価&ブックマークいただければ幸いです。(2022年3月作成)

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