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第二楽章 孤王の奏で(1)

第二章になります。

結構この外伝も重要になってきました笑

本編ともリンクさせてしまうかもです(ぇ


それではどうぞ、よろしくお願いします。





第二楽章 孤王の奏で





■/□/■/□/■/□


 鏡を見ているようだった。

 父王の瞳を受け継いだのは、僕だけ。数いる兄弟のなかでも、葡萄色の瞳を受け継いだのは、僕だけ――いや、僕らだけだった。

 そいつと僕は、同じように生まれ、同じように育ち、そして同じように恋をした。

 容姿も思考も、ほとんどといっていいほど同じ僕らだったけれど、ちがうもの――完全なる差異が、たったひとつだけあった。

 そしてそれは、いつも僕に有利に働いていた。




「春には妃を迎える」

 僕はある日、そいつに言った。そいつもたぶん、同じ気持ちなんだろうってことはわかってた。わかってたけれど、認めることはしなかった。

 だってそれは、あまりにも残酷。

「わかってますよ」

 葡萄色の瞳を細め、そいつは笑う。僕そっくりの顔だ。ちがいはない……けれど、僕はそんな『表情』はしない。

「エナーシャが城に住めば、すこし慌ただしくなるかもしれないな」

「けれど、あなたが次期国王だということは明白。その知らしめにもなるでしょう」

 やっぱりそいつは柔く笑った。

 窓から見下ろす世界は、いつも寒々としている。ただ、目をとじて思い描くあの心地よい花園……エナーシャのいる庭園へ頭をめぐらし、想いを寄せる。

 彼女は、僕の、花嫁。

「俺が行きますか」

 ハッと我にかえると、深い紺色のマントをはおりかけたそいつが尋ねていた。

 ごくりと唾を飲み込む。

 そいつの手からマントを奪い、僕は自分の肩にかけて歩き出した。譲るつもりなんて、ないんだから。

「――僕が行こう」

 一瞬、そいつの顔が歪んだ気がした――けれどきっと気のせいだ。次に見たときには、いつもの微笑を浮かべていたのだから。

「仰せのままに……シーラハンド王子さま」






■/□/■/□/■/□


 彼女を好いていた。なぜか惹かれた。

 なにもない、狭苦しい世界にのびた、一筋の光だった……けれど、やっぱり、どこか拒絶していた。

 それは僕が彼女に対してでもあり、彼女が僕に対してでもあったと思う。なぜか彼女といると、自分は仮面をつけているような、それでいて彼女にも偽りの笑顔を向けられているような、そんな気がした。

 それなのに、どうしてだろう。どうして僕は、彼女の隣を求めてしまうんだ?


 城は必ずしも、優雅できらびやかですばらしい世界ではない。その奥にひそむ、混沌とした闇を見てきた僕にとって、この世界は嫌悪すべきものに値した。

 たくさんの人間の陰謀が――嫉妬、恨みや妬み、そして果てしない欲望が渦巻くなかで、僕らはただ道具として生かされてきた。いつからか、そんなふうに思うようになった。

 でも、兄上だけはちがった。汚いところがないような、そんなめずらしい人間を兄とできたことが、なによりも誇りだった。母はちがえど、兄上は弟たちみな平等にやさしかった。

 この人が国王になれば――僕らの世界も変わるのかもしれないと、夢みていたけれど。

 所詮、夢だった。

 あこがれの兄の死により、皮肉なことに王位継承権を得た僕は、以前よりさらに世界に光を見い出そうと努めた。息のつまるあの世界で、僕には必要だった――エナーシャを、僕のものだと、実感したかった。



 ――いつからか、本当は、気づいていた。僕はわかっていた。

 エナーシャに会いに行ったとき、影からそっと彼女の様子をうかがった。

 白薔薇に指をはわせ、やさしく笑んで、そうして目をとじている。その横顔は穏やかで、そっと吹いた風が彼女の髪を揺らめかして、僕の心臓はぎゅっと唸った。

 ――わかって、いるのに。



「エナーシャ」

 ふいに呼びかけてやる。すると彼女は僕を見とめ、にこやかに笑いかけてくれる――だけど。

 気づかないわけ、ないじゃないか。引きつった笑顔のなかにある、落胆を、見抜けないわけがない。

「今日はおはやいですね」

 取り留めのない会話。それに僕は胸をときめかせながら、同時に彼女を嫌悪する。『君は僕の花嫁』なのだと苛立ちながら、『君が嫌なら許嫁を解消しよう』とする僕がいる。

 矛盾した気持ちのなかで、僕も顔が固くなるのを感じた。――あいつなら、こんなときでもさらりと言ってしまえるんだろうか。柔い笑みも、浮かべてしまえるのだろうか。

 エナーシャには、他に好きな人間がいる。

 わかってたことじゃないか。


「君は僕の王妃だ」

 そう言ったとき、彼女は一瞬、愕然とした顔をした。

「僕と君は結婚する――それでいいの」

 そう念押ししたとき、やっと……やっと彼女はあきらめた。そう、あきらめた。

「いいわ」

 そう応えながら、彼女はあきらめ、覚悟を決めたようだった。



 傷つく資格なんてない。僕ははじめ、彼女を好きではなかったんだから。だから、彼女の相手を、あいつにさせていたんだから。

 ――いつからだろう。僕は、いつから、彼女が欲しくなってしまったんだろう?


 半ば無理矢理、君にキスをして。その柔らかで白い肌を抱きしめた。

 君は拒絶することなく、僕を、受け入れて……でも、目は固くとじていた。

 まるで本当に僕を愛しているかのように、うわ言のように僕の名を呼びながら。

 ああ、虚しい。そして愚か。

 僕は悲しいと知りながらも、彼女を抱く手を止めはしなかった。

 ――知らしめたかったんだ。君は僕のものであると。僕の妃であると。ゆくは王妃になれる。なに不自由なく暮らしていける。世界一幸せな、妃になるんだ。

 渡さない。彼女がどこの誰を好きになったとて、渡しはしない。彼女は「いい」と言ったのだ。僕の問に、首を縦に振ったのだ。

 政略結婚だなんて、はじめは嫌々だった。仕方のないことだと、強引に自分を納得させた。特に好いている娘もいなかったし、どうでもよかった。


「シーラハンドさま」


 だけど、彼女が僕の名を呼ぶたびに、苦しく胸はうずく。いつしか、いつも頭のなかでは、彼女しかいなくなった。

 そして気づいた――彼女には他に好いている人間がいるのだと。

 きっと祖国にでも、忘れられない恋人がいるのだろう。哀れな僕のエナーシャ。

 許してくれ。どうしても、手放したくはないのだ。

 無意識に君に冷たい態度をとってしまう。他に好いている男がいるくせに、汚れない笑顔を向ける君が憎いんだ。



 エナーシャ。僕はまちがっているだろうか?

 どんなことをしてでも、君を手に入れたいと、そう思ってしまうんだ。









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