第二楽章 孤王の奏で(1)
第二章になります。
結構この外伝も重要になってきました笑
本編ともリンクさせてしまうかもです(ぇ
それではどうぞ、よろしくお願いします。
第二楽章 孤王の奏で
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鏡を見ているようだった。
父王の瞳を受け継いだのは、僕だけ。数いる兄弟のなかでも、葡萄色の瞳を受け継いだのは、僕だけ――いや、僕らだけだった。
そいつと僕は、同じように生まれ、同じように育ち、そして同じように恋をした。
容姿も思考も、ほとんどといっていいほど同じ僕らだったけれど、ちがうもの――完全なる差異が、たったひとつだけあった。
そしてそれは、いつも僕に有利に働いていた。
「春には妃を迎える」
僕はある日、そいつに言った。そいつもたぶん、同じ気持ちなんだろうってことはわかってた。わかってたけれど、認めることはしなかった。
だってそれは、あまりにも残酷。
「わかってますよ」
葡萄色の瞳を細め、そいつは笑う。僕そっくりの顔だ。ちがいはない……けれど、僕はそんな『表情』はしない。
「エナーシャが城に住めば、すこし慌ただしくなるかもしれないな」
「けれど、あなたが次期国王だということは明白。その知らしめにもなるでしょう」
やっぱりそいつは柔く笑った。
窓から見下ろす世界は、いつも寒々としている。ただ、目をとじて思い描くあの心地よい花園……エナーシャのいる庭園へ頭をめぐらし、想いを寄せる。
彼女は、僕の、花嫁。
「俺が行きますか」
ハッと我にかえると、深い紺色のマントをはおりかけたそいつが尋ねていた。
ごくりと唾を飲み込む。
そいつの手からマントを奪い、僕は自分の肩にかけて歩き出した。譲るつもりなんて、ないんだから。
「――僕が行こう」
一瞬、そいつの顔が歪んだ気がした――けれどきっと気のせいだ。次に見たときには、いつもの微笑を浮かべていたのだから。
「仰せのままに……シーラハンド王子さま」
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彼女を好いていた。なぜか惹かれた。
なにもない、狭苦しい世界にのびた、一筋の光だった……けれど、やっぱり、どこか拒絶していた。
それは僕が彼女に対してでもあり、彼女が僕に対してでもあったと思う。なぜか彼女といると、自分は仮面をつけているような、それでいて彼女にも偽りの笑顔を向けられているような、そんな気がした。
それなのに、どうしてだろう。どうして僕は、彼女の隣を求めてしまうんだ?
城は必ずしも、優雅できらびやかですばらしい世界ではない。その奥にひそむ、混沌とした闇を見てきた僕にとって、この世界は嫌悪すべきものに値した。
たくさんの人間の陰謀が――嫉妬、恨みや妬み、そして果てしない欲望が渦巻くなかで、僕らはただ道具として生かされてきた。いつからか、そんなふうに思うようになった。
でも、兄上だけはちがった。汚いところがないような、そんなめずらしい人間を兄とできたことが、なによりも誇りだった。母はちがえど、兄上は弟たちみな平等にやさしかった。
この人が国王になれば――僕らの世界も変わるのかもしれないと、夢みていたけれど。
所詮、夢だった。
あこがれの兄の死により、皮肉なことに王位継承権を得た僕は、以前よりさらに世界に光を見い出そうと努めた。息のつまるあの世界で、僕には必要だった――エナーシャを、僕のものだと、実感したかった。
――いつからか、本当は、気づいていた。僕はわかっていた。
エナーシャに会いに行ったとき、影からそっと彼女の様子をうかがった。
白薔薇に指をはわせ、やさしく笑んで、そうして目をとじている。その横顔は穏やかで、そっと吹いた風が彼女の髪を揺らめかして、僕の心臓はぎゅっと唸った。
――わかって、いるのに。
「エナーシャ」
ふいに呼びかけてやる。すると彼女は僕を見とめ、にこやかに笑いかけてくれる――だけど。
気づかないわけ、ないじゃないか。引きつった笑顔のなかにある、落胆を、見抜けないわけがない。
「今日はおはやいですね」
取り留めのない会話。それに僕は胸をときめかせながら、同時に彼女を嫌悪する。『君は僕の花嫁』なのだと苛立ちながら、『君が嫌なら許嫁を解消しよう』とする僕がいる。
矛盾した気持ちのなかで、僕も顔が固くなるのを感じた。――あいつなら、こんなときでもさらりと言ってしまえるんだろうか。柔い笑みも、浮かべてしまえるのだろうか。
エナーシャには、他に好きな人間がいる。
わかってたことじゃないか。
「君は僕の王妃だ」
そう言ったとき、彼女は一瞬、愕然とした顔をした。
「僕と君は結婚する――それでいいの」
そう念押ししたとき、やっと……やっと彼女はあきらめた。そう、あきらめた。
「いいわ」
そう応えながら、彼女はあきらめ、覚悟を決めたようだった。
傷つく資格なんてない。僕ははじめ、彼女を好きではなかったんだから。だから、彼女の相手を、あいつにさせていたんだから。
――いつからだろう。僕は、いつから、彼女が欲しくなってしまったんだろう?
半ば無理矢理、君にキスをして。その柔らかで白い肌を抱きしめた。
君は拒絶することなく、僕を、受け入れて……でも、目は固くとじていた。
まるで本当に僕を愛しているかのように、うわ言のように僕の名を呼びながら。
ああ、虚しい。そして愚か。
僕は悲しいと知りながらも、彼女を抱く手を止めはしなかった。
――知らしめたかったんだ。君は僕のものであると。僕の妃であると。ゆくは王妃になれる。なに不自由なく暮らしていける。世界一幸せな、妃になるんだ。
渡さない。彼女がどこの誰を好きになったとて、渡しはしない。彼女は「いい」と言ったのだ。僕の問に、首を縦に振ったのだ。
政略結婚だなんて、はじめは嫌々だった。仕方のないことだと、強引に自分を納得させた。特に好いている娘もいなかったし、どうでもよかった。
「シーラハンドさま」
だけど、彼女が僕の名を呼ぶたびに、苦しく胸はうずく。いつしか、いつも頭のなかでは、彼女しかいなくなった。
そして気づいた――彼女には他に好いている人間がいるのだと。
きっと祖国にでも、忘れられない恋人がいるのだろう。哀れな僕のエナーシャ。
許してくれ。どうしても、手放したくはないのだ。
無意識に君に冷たい態度をとってしまう。他に好いている男がいるくせに、汚れない笑顔を向ける君が憎いんだ。
エナーシャ。僕はまちがっているだろうか?
どんなことをしてでも、君を手に入れたいと、そう思ってしまうんだ。