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(2)


一応大丈夫だと思いますが・・・

表現はオブラートに包んだつもりです。


よろしくお願いします。






■/□/■/□/■/□


 今日は彼がやってきた。

「お久しぶりね」

 きゅっと唇を引き結び、なるべく柔らかな笑みを浮かべる。

 今日は風が強い日で、彼は庭ではなく、屋敷にある彼の部屋にいた。空にも厚い灰色の雲が立ち込めており、遠く彼方では雷鳴がかすかに轟き、暗嘆な気配を運んでいるみたい。

 彼はやや眉間に皺を寄せて、怪訝そうに口をひらいた。

「久しぶりって、ついこの間も来たじゃないか」

「え? ああ、そうね。ごめんなさい。あなた以外、この屋敷にはあまり人が来ないものだから……」

 あわてて顔をふせる。なんだか彼は不機嫌だ。声にトゲがあるもの。いやなことでもあったのかしら。

 彼ははっと短く息を吐くと、そのままぼんやりと窓から外をながめた。わたしもつられてそれを追う。

 ゴオッと唸る風は窓ガラスを揺らし、急き立てるように音をたてている。


「……君はいいの」

 出し抜けに彼は言った。葡萄色の瞳は外へ向けたまま、どこか冷たい調子で。

「なあに?」

「だから……君はいいのかって。そういう人とか、他にいないの?」

 うまく言葉が出てこないのか、それとも単に億劫なのか、彼はどうも歯切れが悪い。それでも辛抱強く、「どういうこと?」と尋ねると、彼はちょっとこちらに目を向けてから、口ごもる調子で言った。

「だから……結婚してもいいの? 他に……愛していた人はいないの」

 ちょっと驚く。けれど同時に傷ついた。

 わたしは一旦唇を噛み締めてから、なんとか平常心を取り戻して応える。

「あなたは、どうなの」

 そう、あなたは? 他に妃にしたい人がいるの?

 彼はやや苛々した調子になる。眉根を寄せ、目を合わせた。

「僕はいないよ。君は?」

「わ、わたしもいないわ」

 ああ、そうか。彼は質問を返されるのがいやな人だった。

 そうよ。わたしは傷つくべきじゃなかった。

 彼は彼じゃない。彼が彼であって彼でないように。


「わたしは、あなたの許嫁と言われて育ってきたわ。ずっと、あなたの妃にとしか、考えていないわ」

 本当のことよ。たとえわたしがあなたではない人間を好いたとしたら、それは裏切り? ちがうわ。あなただってそうでしょ。むしろ、あなたが仕向けたことよ。

 彼はその葡萄色の瞳を歪め、漆黒の髪をかきあげた。


 次に彼の口から出た言葉は、予想もしていない、ことだった――。


「兄上が死んだよ」

 風が細く長くうそぶいた。ガタガタと窓を揺らす。

「殺されたんだ――」


 いつしかポツポツと降りはじめた雨。窓ガラスに激しく当たっては跳ねていく。

 雷鳴が響いた。地を、震わせるような。

 葡萄色の瞳に射すくめられ、身体がこわばる。わたしは知らぬうちに指先が震え、目は見開かれていた。

 第一王子の暗殺――驚愕の事実に、言葉もない。だってそれはいろいろな意味を指しているから。

 王国では派閥はなかったはず。たくさんの王子がいるにも関わらず、継承権で争い事を聞いたためしはない。そんな王子の暗殺――それはなんのために?

 可能性はふたつ。内部か、外部か。内部の犯行ならば、第二王子である彼側の人間の仕業。外部の犯行ならば、次に命を狙われるのは――彼。

 ああ、そんな。そんなことってないわ。

 どちらにしろ、次に王位継承権を得たのは、他のだれでもない、彼なんですもの……。


 クスッ、という声が聞こえた。ハッとして我にかえると、彼がこちらをじっと見すえていた。

「僕は兄上を退いてまで王になりたいと思ったことはない……暗殺はあきらかに外部の犯行だ」

 きっぱりと言い切り、彼はいつしか笑みを浮かべる。やや自嘲的な笑みを。

「次に刺客に狙われるのは、僕だろう」

 ぱっと見開いた目に、揺るぎない彼の眼をとらえる。決して奥を見せない、神秘的とも呼べる眼――……。

 次の瞬間、わたしは彼の腕のなかにいた。


「シーラハンドさま……?」

「僕は王になる」


 ぎゅっと抱きすくめられた腕に力が込められ、わたしはそれ以上ものも言えなかった。ただ、この抱きの理由に戸惑う。

 彼はそっと笑う。

「君は王妃……君と僕の子が、次の王だ――それでいいの?」

 ぞく、と背筋に寒気が走る。見透かされているような錯覚を覚える。

 けれど。

「いいわ」

 その葡萄色の瞳を見つめて、ささやいた。半ば自分にいい聞かせるようにして。

 ――彼の、思いの外やさしい、口づけを受けながら……。






■/□/■/□/■/□


 朝日がまぶしい。白い布地のシーツが乱れているなか、淡い光の線に照らされる。

 隣では静かな寝息をたてている彼。その闇色の髪に指を滑らせれば、柔く弾き返される。

 わたしは眠る彼を起こさぬよう気をつけながら、そっと手で顔を覆ってため息をこぼした。

 ――悲しみなんて、感じる資格などないのに。

 たぶん、彼は察していたのだ。けれどきっと、気づいてはいないだろう……わたしが彼に彼を重ねているということには。

 虚しさだけが残る。いつも。


「……エナーシャ……?」

 ふいに呼ぶ声。あわてて顔をあげると、目を覚ました彼がこちらに目を向けていた。

 どうしてだろう? なぜ、この人はこんな表情をするの? 昨夜は半ば無理矢理だったくせに。

「……もう、後戻りはできないよ」

 しかし、そう言った声音は冷たかった。

 わたしはぐっと力を込め、窓から入ってくる光に目をとめて口をひらく。

「あなたの妃になるわ。……そういう覚悟は、ずっとしてきた」


 大丈夫。後悔なんてしない。わたしは、しないわ。

 いつだって、彼のそばにいたいから。







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