(4)
今回は、あとがきに
変換ミスの面白?小話を掲載しました。
よければどうぞ。^^
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――神を、信じる?
たぶん、シーラハンドは『信じない』と答えるだろう。そして俺は『信じる』と答える。
なぜ?
だって神を信じることも信じないことも、特に重要なわけではないだろう?
いても、いなくても。どうにかするのは、自分なのだから。それがわかっているから。
だからたぶん、俺とシーラハンドの答えは、ちがっていてその実、まったく同じ答えなんだろう。
そんな考えを持てたのは、たぶん、俺に名をくれた人がいたからだ。
母ははじめ、俺を名で呼ばなかった。どうしても、というときは『かげ』と言われた。
「どうかしたんですかー?」
まだ随分と幼いときだ。ずっと自分の名前を『かげ』かと勘違いしていた俺が、ようやく自身には名前がないのだと知った日のこと。
無邪気に花と戯れるシーラハンドを、そっと影からのぞいていた。見つかれば叱られてしまう。けれどどうしても、俺は『影』であることが嫌で、ならば『王子』を見ていれば、いつか俺は『影』ではないものになれるのではないかと、そんな幻想じみたことを考えていたのだ。
そんな俺に、声をかけてきたのは、ひとりの青年。
「アハ。お兄さん、楽しそうですねぇ~」
コバルトブルーの目を細め、彼はすこし離れた位置にいるシーラハンドを愉快そうにながめて言った。
俺の心臓はバクバクものだ。だって、見ず知らずの人間にバレたのだから。
けれど男は、ゆっくりと口角を引き上げて、俺の黒髪を心地よさそうに撫でつけた。
「名前がないのですね……ワタシが授けてあげまショウか?」
驚きに目を見開けば、にっこりと笑う青年の顔……
知っているんだ。この人は、なにもかも、知っている! お見通しなんだ!
そう思った瞬間、快感のような、衝撃のしょうな、とにかく凄まじいものがビリリと身体を流れた。
「そうですネェ……おや?」
俺が呆けていると、バタバタとシーラハンドがこちらへ駆けてきた。そしてそのまま、不審者と思われても仕方のない青年に、にっこりと満面の笑みを見せる。
「こんにちは!」
「……シーラハンド王子ですね? そうですねぇ……神サマって、実に残酷なんデスね」
ふふ、と含み笑いすると、男はきょとんとするシーラハンドの頭を撫でる。
「君たちは、神サマがいると思いますか?」
「いる!」
「……いない」
もちろん、このとき「いる」と答えたのはシーラハンドで、我にかえった俺は「いない」と答えた。
すると青年はさらに笑みを深めて口をひらく。
「よく聞いてください。神サマっていうのは、実に気まぐれなんですよ。で、不幸も幸福も与えないんです。つまり、いるともいないとも、信じないとも信じるとも言えないんですよ。なぜかわかりますか?」
さっぱりだ。俺もシーラハンド王子も、顔を訝しげに歪める。
青年は満足そうに喉を鳴らした。
「つまり、全部自分次第ってワケなんです。幸も不幸も、あなたたち次第……」
言うや否や、青年はさっとシーラハンドの額に手をかざした。瞬間、葡萄色の瞳がぼんやりとし、ついには思い瞼にとじられる。
びっくりして、罵る俺を、青年は柔い笑みで見つめてきた。
「大丈夫。ただ、眠っているだけ……そして、あなたの名前は、今日からシダ、ですよ」
「シ……ダ……?」
あまりにその笑みが柔らかだったから、怒ることも忘れて尋ねかえす。青年はどこからともなく、赤い花を取りだして、そっと俺にくれた。
「薔薇……?」
「いえ、アネモネです」
コバルトブルーの目を細め、彼は俺にシーラハンドをたくすと、すっくと立ち上がる。その姿に見とれているうちに、青年は悪戯な笑みを浮かべて言った。
「シダという名前を、忘れないようにしてくださいね? あなたの母君にも、そこの兄君にも、憶えてもらいましたが……まあ、この名が使われるかどうかは、君次第ですよ」
意味が、わからなかった。
まばたきした瞬間に消えた青年。目を覚ましたシーラハンドが、俺を『シダ』だと、教えてもいないのに呼びだしたこと。
すべて、すべて、嘘みたい。夢みたい。
ああ、だけど、名前って不思議だ。あるだけで、俺の存在になるのだから。
たとえ、影であったとしても。
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「あなた、だれ」
ちらちらと、粉雪が空から舞い落ちてくる。春はまだ先だろうか?
明日、エナーシャを王宮へ迎え入れると報告した。城では極秘、ということになっているけれど、いずれシーラハンドが冠を戴けば、晴れて彼女も本格的に王妃となれるのだろう。
時代はまだ厳しい。それでも、それでもシーラハンドはきっとよき時代を築いていくだろう。この俺も、その姿を影として、時には王子に扮して見届けるのだろう。
諦め――そんな気分とはちょっとちがうけれど。でも、この決心が揺らがぬように、俺はいつものごとく、彼女に「名を呼んで」と願ったのだ。
するとどうだろう、エナーシャの水色の瞳に影がさし、くすんだ色を帯びる。
おかしい。いつもの彼女なら、やや戸惑いがちにでも、「シーラハンド」と呼んでくれるのに……。
そうだ、今日は最初からおかしかった。
今、城では第四王子の誕生日に伴いパーティーを開いている。本当は、俺がそのパーティーとやらに出席するはずだったのだが、今日になってシーラハンドに代わってくれと言われた。
なぜだろう? パーティーよりも、エナーシャと密会するほうがそそると思うのは、おかしなことではあるまい。
俺が怪訝な顔をしつつ、「では、王宮に迎えることもお伝いしましょうか?」と尋ねれば、やはりシーラハンドはどこか苦しそうに顔を歪めてこちらを見てくるのだ。
ああそうかと、「王子自身がお伝えしたいですよね」と苦笑すれば、「ちがう!」と吠えるように否定するものだから、俺はとうとう困ってしまった。
そういえば、だ。特にここ一週間、シーラハンドの様子はおかしかった気がする。俺と目を合わせようとしないし、どこか罪悪感に苛まれているような……
俺はそういった感情を隠すのは得意だけれど、シーラハンドはそうじゃない。いや、一見うまそうに見えるし、大概は騙せるけれど、俺の前では無に等しい。
俺は「では、いかがしますか」と様子をうかがう。しばらく待っていると、ようやく決心したのか、それでも眉間に皺を寄せて、「エナーシャには、伝えていい……」と王子は応えた。
あいつの様子の変化が尋常じゃないってことくらい、すぐにわかった。
わかったけれど、あいつはなにも言わない。だから俺は、いつものごとく柔らかい笑みを口の端にたずさえて、了解とばかりに頭を下げるだけなのだ。
去り際、扉を開けて出ていく俺に――「気をつけて」という声が聴こえたのは、空耳であったのだろうか?
ましてや、扉を閉めたあとに、かすかに中から「ごめん」と言ったシーラハンドは、俺の勝手な妄想ではなく、現実だったのか?
おかしい、そういう気はしていた。
たぶん、肌で感じる、吐き気がするほどの悪い胸騒ぎ。予感。
だけど、できるだけ、顔をそむけていたかった。直視するのは、やはり、勇気がいることだから。
「あなたは、だれ」
再び、エナーシャは問うてくる。その声は、心なしか冷たい。
俺? 俺はシーラハンドだ。
――いや、シダだ。
俺は、影だ。
――ちがう、シダだ。
俺は、影。あいつの、影。影、カゲ、かげ……
『 か げ 』
ドクン、と心臓が唸る。名を失くしていた俺が、泣いている。
「やだな、僕はシーラハンドだよ?」
声はにわかに震えている。
「君は僕の妃だろう? それとも、なにか不安があるの?」
ああ、うまく笑えない。顔が引きつる。
知っていた。彼女が僕らが双子だということに気づいていると。彼女は僕らを見分けられるのだと。
でも、だれにも言わなかった。シーラハンドにさえ、言えなかった。
エナーシャ、君もわかっているんだろう? あいつはとってもやさしいから。そんな心につけ込むことなど、俺にはできないのに。
「僕は――」
「あなたは、シーラハンドさまではないわ」
響いた声は、はっきりとしていた。
「はじめて会ったとき……わたしは、あの人に黒い翼を見たわ。でも、あなたには白い翼――そう、似ているようで、ちがう色の翼を見たのよ」
そうつぶやいた声は苦しそうで。思わず見つめれば、みるみるうちに、彼女の水色の瞳から大きな粒がこぼれてきた。
「わたしは、あなたが好きなの。……わかっているわ。ずるいってことくらい。でも、もう嘘をつくのは嫌なの。あなたの隣で笑っていたいの……これ以上の偽りは、つらすぎるわ」
ぽろぽろと涙を落とす、エナーシャ。風が吹いて、彼女の淡い茶色の髪を巻きあげては揺らしていく。
寒さのせいか、白い頬にさっと赤みがさしている。つられるように手をのばし、瞳からこぼれる涙をそっとぬぐってやった。
びくり、と一瞬身をすくめたが、エナーシャはすぐに安堵したように頷いた。
「あなたの……本当の名前を、教えて……?」
引き込まれるように、俺は目が離せない。
そして気がつけば、口は勝手に動いていた。
「――シダ」
ごめん、シーラハンド。
でも、これ以上は望まないから。
目をつぶる――気配が、した。
幾人もの――いや、ちがう。いくつにも分散された気配……殺気、だった。
キリリ、と弓弦を引く音を、耳はとらえた。シーラハンドにならって、いろいろな武術をがんばったかいがあったというものだ。シーラハンドのほうも、今では『学問に優れた賢王子』と言われるほどに、書物を読みふけっていた。
互いに、よくやっていたものだ……。
そんな場違いな思いが頭をかすめたため、ふいに笑みがこぼれる。
ああ、いいよ、シーラハンド。
やっと影らしい仕事ができるんだ。
ああ、またやってしまった……orz
以下、ちょっとした変換ミスによる、
笑えそうなお話(笑
正しい≫
「大丈夫。ただ、眠っているだけ……そして、あなたの名前は、今日からシダ、ですよ」
「シ……ダ……?」
あまりにその笑みが柔らかだったから、怒ることも忘れて尋ねかえす。青年はどこからともなく、赤い花を取りだして、そっと俺にくれた。
「薔薇……?」
「いえ、アネモネです」
誤≫
「大丈夫。ただ、眠っているだけ……そして、あなたの名前は、今日からシダ、ですよ」
「シ……ダ……?」
あまりにその笑みが柔らかだったから、怒ることも忘れて尋ねかえす。青年はどこからともなく、赤い花を取りだして、そっと俺にくれた。
「ばか……?」
「いえ、アネモネです」
***
そう、『ばら』を『ばか』とうち間違えて、
花を差し出したら「バカ?」なんて罵倒を浴びせられるという、
なんだか青年がかわいそうな図に(笑
ちょっと自分でふいてしまいました。
このお話もそろそろ佳境。
では、引き続きよろしくお願いします!