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■/□/■/□/■/□


 彼女は俺たちを狂わせる。



 キスをしてくれとせがまれたときも、その唇に自分のそれを重ねたときも、気分は彷彿としていたのだ。

 だけれど同時に、いいようのない、罪深いなにかがのしかかってきて、俺の首を締めつける。息をすることが罪のよう。その罪悪感から逃れることは、とうとうできなかった。

 だって彼女は、俺のものではないのだから。



 シーラハンドが無意識に俺を影として使うことが増えた。

 そして俺自身も、俺が影であることを忘れたがった。

 危ない誘惑に、幾度翻弄されそうになったことか。


 彼女を抱きしめ、名を呼んでくれと懇願する。そうすれば彼女は知っている『シーラハンド』しか口にできない。そうすることで、俺は自身に『影』の認識を再確認させるのだ。

 彼女が見ているのはシーラハンド。俺は影。大事なのは彼女よりもあいつの幸せ。だから狂っちゃいけない。見失ってはいけない。

 嫉妬しそうになる日もある。それでも俺が影をつづけてこれたのは、たぶんシーラハンドのなかにちゃんと『シダ』を気にする心があったからだ。

 シーラハンド。嫉妬するくらいなら、俺を完全に影として使い、自分自身は彼女に会いに行けばいいのに。

 あいつは俺の彼女に対する気持ちを知ってか知らずか、生真面目に『婚約者に会いに行く王子』の役を俺にもやらせているのだ。つくづく損な性格にちがいない。



 でもあいつはとても嫉妬深い。

 まったく面倒な性格をしている。

 「エナーシャが好きなのか」と聞かれれば、俺はなにも言えなくなるというのに。

 今更だろう?

 俺がおまえからなにを奪うというんだ。

 そんな願望なんて、とっくの昔に捨てたというのに。

 だからイライラして、つい「答えなど、俺には選べない」なんて意地悪を言ってしまった。

 馬鹿だな、シーラハンド。

 俺はおまえを不幸にするくらいなら喜んで消えてやるのに。


 おまえから笑顔を奪ったのはなんだろう?

 俺か? 母か? おまえのそのやさしい心だろうか……?

 あんなにキラキラした笑顔でいたシーラハンドは、いつしか冷たい仮面をつけることを覚えた。そう、まるで俺みたいに。

 でも、知っている。その葡萄色の瞳は、腐ってない。冷たい刃で敵から隠しているだけで、その下には昔と変わらないあいつがいつんだ。

 わかってる。わかっているからこそ、俺はまだシーラハンドの影を徹底しているんだから。

 言葉は交わさなくとも、たしかに、俺たちの間にはなにかがあったのだ。









■/□/■/□/■/□


 リタレンティア――その悪魔の本を手にとったとき、妙に心はざわついた。

「呪われてしまうのよ。もう、読むのはやめたらいいわ」

 彼女はまるでなにかを恐れるように、俺がその赤い本を読むことを拒んだ。

 そういえば、はじめから彼女がこの本を見る目は嫌悪感をあらわにしていた。いや、嫌悪というよりは……麻薬のような、その甘美さに自らが引き込まれるのを恐れているようだった。

 だからつい、「まださわりしか読んでいない」などという偽りで包み込んだ。「父の書斎から持ってきた」と言って、シーラハンドとの関わりは隠したけれど。

 エナーシャは、その本の冒頭をそらんじることもできた。結末を知っているようだった。


 リタレンティアは悪魔の唄。滅びの唄だ。

 双子神を、すべてを呪い滅ぼす最悪なる唄。


 俺はこの本に、正直惹かれていた。シーラハンドはあまり興味を示さなかったし、俺だって聖書じみた内容に心を奪われるはずもなかった。それになんだか、最後まで読んではいけない気がして……はじめてその黒みがかった紅い本を手にした子供のころ、幼心にそう直感し、途中でやめたのだ。

 エナーシャに出会ってから、なぜかこの本が頭からしきりに離れなくなり、とうとう手をつけたというわけだが……。

 なぜか彼女は、俺がこの本を読むことを拒むのだ。

 たぶん、それは彼女のやさしさなのかもしれない。双子が忌み嫌われる世界で、双子神の憎しみの劣情や滅びの唄など、たぶん酷なことであるはずだから。



 本は最後、こういう結末で終わるのだ――









  はじめそれらは互いを憎んでいたのだ

  はじめからわかっていたのだ

  そして終わりも

  互いは互いを憎んでやまなかったのだ……


  最愛なる片割れを奪われ

  双子の片割れは歎き悲しむ

  されどされど

  もはや己に力なぞ残ってはいないから

  涙を流す他方法はない


  滅びの神は哀れみを

  慈愛の女神は情けを

  すべての悪魔は微笑みを


  双子の片割れはそれに縋り付き

  亡くした片割れを取り戻さんとす


  ああ

  されど悲しきかな

  力はとうに滅びたのだ

  罠だと知らぬ片割れは

  そうして自ら滅びてゆくのだ


  双子の片割れは亡き片割れを

  自らの身体に取り込み力と為し

  悪魔のようにほほえんで

  あとはなにも謂わなかった


  ああ

  何処へ行ったのか

  片割れを悲しんだ心は

  何処へ消え失せてしまったのか


  それはだれの悪戯か

  それはだれの狂言か

  それはだれの偽りか


  罠だ罠だと知りながら

  ついに滅びゆくさだめ


  だが双子は知らなかった

  ひとりなしには生きてゆけぬことを


  ああ

  滅びゆくのはどちらなのか

  亡き片割れの身体なのか

  双子の片割れの心なのか


  だれにもわからぬ

  だれにもわからぬ


  ただただ

  滅びの唄が聖歌のように


  ただただ滅びの神が

  リタレンティアが嘆く


  ただただ

  悪魔が微笑うだけ――




  そしてふたつの魂は安らかなることなく、今もさ迷い、果てを探す。









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