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第三楽章 影者の響き(1)


第三楽章 影者の響き





■/□/■/□/■/□


 暗い、暗い、檻のなかだった。

 歩いて、響く水音は、赤い、赤い、鮮血だ。

 だれか、道を照らしてくれるだろうかとか、そんなあまいことは考えなかった。

 どこまでもつづく、暗い道をひたすらに。蜘蛛の糸は身体を絡めとり、もう逃げれやしなかった。

 つらい、悲しい、寂しい……寒い。寒い、寒い、寒い寒い寒い!

 だれか俺の手をとって。あの太陽を浴びてみたい。


 影だ。おまえは影だと言われつづけて、どうして生きていられるのか?こんなに生に貪欲な俺だから、神にも見捨てられたのだろうか?

 すべては双子だったから。母がその神に執着していたから。


 だから俺は執着することをやめた。欲しがるのは、自分の命だけで充分だ。



「シダ」

 ああ、だけれど。

「シダ、行こう」

 あいつだけはちがった。俺の片割れ。

 あいつこそが、俺の光だった。


 だからどんな罪も、平気だった。


 狂った母親を殺すことも、あいつを護るためなら躊躇しなかった。

 腹違いの兄を殺すことも、あいつの地位のためなら厭わなかった。

 エナーシャをあきらめることも、あいつが愛したなら仕方ないさと思えたんだ。


 だから、俺は執着しない。

 あいつが望むなら、この俺のすべてだった命すら、執着しないでやろう。







■/□/■/□/■/□


 エナーシャには、ほとんど一目惚れだったかもしれない。容姿が好みだとか、そんな単純な理由などではなくて。

 彼女と目があった瞬間、ああ、きっとこの人には気づかれると直感した。そしてその通り、彼女には、俺とシーラハンドの区別ができているようだった。

 奇跡ではないか。運命ではないか。

 影でしかなかった俺を、彼女は見つけてくれたのだ。

 ……あまく、残酷な誘惑だった。


 彼女は俺に気があるのだ。これは自惚れではなく、真実だと知る。

 彼女は聡い。決してシーラハンドに気づいたことを話さない。話せば俺とは会えなくなると知っているかのようだ。あいつが本物で、俺が偽物だと感づいていたのかもしれない。

 それでも、エナーシャが俺に寄せるまなざしは熱かった。

 彼女に迫られたとき、どんなにつらかったか。あいつのものに手は出せない。たとえ俺があいつの代わりであっても。

 あの白い肌に触れたい。薄い桃色の唇は、柔らかで引き込まれてしまいそうだ。うっとりする笑みからも、目が離せずに吸い寄せられてしまう。

 まるで呪縛のように。

「こんにちは」

 そうやって声をかけられるだけで、口元はおもしろいくらい自然に緩んだ。俺が顔にはりついたようなふわりとした偽りの笑顔も、ふとした瞬間には自然なものに変わってしまうときすらある。無論、彼女の前だけだけれど。

 はじめは、こんなつもりじゃなかった。

 たしかに彼女はきれいだし、賢いし、上品な雰囲気も申し分ない。一目惚れなんて、たいしたことじゃないのかもしれない。

 俺だってはじめ、なぜ自分が彼女に惹かれるのだろうかと考えて、結局その美しさに惚れたのだと思った。だけど、ちがった。

 こんなはずじゃなかった。ここまで陶酔するはずじゃなかった。

 俺はシーラハンドとして、彼女の夫となる。それなのに、たとえ代わりでもうれしいと思ってしまう。俺はこんなんじゃない、はずなのに。

 偽りで固めた笑顔が虚しい。いっそさらけ出してしまいたい。

 そう思う。思う瞬間、シーラハンドの顔が脳裏にちらつく。

 身を焦がす想いだった。気を緩めればすぐに欲しいと言いそうになった。

 そうしたら、シーラハンド、おまえはどうする? やさしいおまえは、いったいどうする?








■/□/■/□/■/□


 大臣に言われた。城のなかで、第二王子を暗殺しようと企てている輩がいると。聞けば、第一王子とその周辺が計画しているらしいと。

 自分の地位が脅かされるのを恐れ、弟である第二王子を消してしまおうとする動きがあるのだとか。

 大臣は言った。第一王子・フィリップを殺せと。それが影の役割だからと。

 俺にはどうでもよかった。ただ、第一王子がいなくなれば、シーラハンドが国王だ。その高みはきっとすばらしいものだろう。

 あいつはきっと幸せになれるかもしれない。


 だけど、あいつは第一王子を敬愛していた。だから殺すのはどうしても気が引けたのも事実。

 俺はその日、第一王子を離れの屋敷へ呼び出し、襲った。姿を見られぬように眼を毒薬で射、そして屋敷へ火を放ったのだ。

 とどめは刺していない。第一王子が生きるか死ぬか、運にかけることにしたのだ。

 結果、次期国王へはあいつがなることになったけれど。この手が罪の血で汚れた後悔はまったくなかった。



 シーラハンド、おまえは知らなくていい。この闇の暗さや、影の汚さは知らなくていい。

 生まれたときから、『俺』という存在を認めてくれたのはおまえだから。

 手を引いて花を見せてくれたときも、母を殺した俺に嫌悪しなかったときも、エナーシャに会わせてくれたときも、おまえだけが俺を『シダ』として見てくれた。

 だから、俺はおまえの従順な影に徹する。気づかぬふりをしてみせよう。


 エナーシャはすごく魅力的だった。シーラハンドに嫉妬してしまうくらい、手放し難かった。おまえもそうだったんだろう?


 おまえが俺よりも彼女を選ぶことを、おれは裏切りだとは思わない。思う資格なんてないんだから。


 ああ、滅びの神、リタレンティア――俺は決して不幸ではなかったよ。








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