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■/□/■/□/■/□


 答えはわかりきっていたから――僕が、自分だけの幸せを望んでいるわけがないから。


 ちらちらと、空から落ちてくる白がある。まるで、むしられた天使の羽根のようだ。

 窓から見える庭には、薔薇がある。小さな薔薇園。咲き誇る時期には、実に様々な色の花弁が広がり、うつくしい光景をあらわにする。

 そして、その薔薇園の近くにある、アネモネの花のスペース。


「……本当に」

 僕はつぶやく。

「馬鹿みたいだな」


 はじめは薔薇と見間違えたアネモネの花。僕の片割れは、あの花が大好きだった。

 今もときどき、ひとりでその花をながめているのを、僕は知っている。あいつの後ろ姿を見て、僕も花が開いたのだといつも知るから。

 あいつはどんな表情カオでそれを見ているのだろう?

 ……僕には知るすべなどないけれど。


 僕は馬鹿だろうか。自分ひとりの幸せなどないと錯覚しているだけだろうか。

 たとえ、エナーシャのもとへシダを行かせたからといって、彼が幸せであるという確証などないのに。それなのに。

 本当に、損な性格をしている。

「見ててよ、母さま」

 でも、不思議なことに不幸じゃないんだ。――窓ガラスにそっと手を這わせ、つぶやいた。

「きっと僕ら、不幸の子じゃないから」

 ――幸せを分けたいと思うことは、決して不幸ではないから。






■/□/■/□/■/□


 一週間後、心を決めた。

 ここ最近は心が荒れていて、なかなか落ち着いて眠ることなどできなかった。あいつの会話を盗み聞いてから、乱された心はなかなか落ち着かなかった。

 僕が聞いたのは――『第二王子暗殺計画』。


 兄上の暗殺には外部組織だけではなく、城の人間も関わっていたらしい。なるほど、どうやら根は深いらしい。

 いったいだれが計画を立てているのかはまだはっきりとわからなかった。ただ、ぼやけた記憶の断片は、それを夢と呼ばせるには実にまがまがしかったのだ。


 ある夜、ふと目を覚ました。こういう経験はなかなかなくて、とりわけてなにかが起こったわけではないのに、どうして目が覚めたのだろうと訝る。

 そのまま身体を起こそうとしたところで、唐突に頭のなかに靄がかかってしまった。途端に手足から力が抜け、なにもできなくなり、怠い身体をそのままに、僕は遠のきそうになる意識をなんとか繋ぎとめていた。

 そこで、声がした。


「なるほど。こちらが第二王子ですね~」

 変に間延びのした声だ。つづいて、くぐもった別の声がする。

「静かにしろ!目を覚ましたらどうするのだ」

 こちらの声はどこか聞き覚えがあった。だれだったろうと思考をめぐらせるが、すぐに白い靄に邪魔される。

「大丈夫。彼にはワタシの魔術で眠っていてもらっていますから。平気ですよお?」

「そ、そうか……だが……しかし……」

「いいじゃないですか。これから死にゆく人間の顔くらい拝ませてくださいよ~」

 ドク、と心臓が唸る。

「ああ。しっかり頼んだぞ」

「了解ー。任せてください」

 声が、耳をつんざく。

 彼らはなにを言っている?なんの話をしている?

「じゃあ、決行は一週間後――エナーシャお嬢さんとの密会の場にて」


 声の気配が消えるとともに、頭のなかの白く霞みがかった靄が晴れた。そして見開いた僕の目に、細められたコバルトブルーの瞳が入ってきた――瞬間、意識を失う。

 もう、なにがなんだか、わからなくなっていった。




 そして一週間後の今日。

 ようやっと僕の心は決まったのだ。

 目が覚めたとき、第一に夢だと思った。そう思いたかった頭は霞みがかってぼうっとしていたわけだし、現実離れしている出来事だったから。

 次に、夢だとは納得できない自分がいた。夢だ夢だと思い込もうとするたびに、僕のなにかが警鐘して拒絶する。

 いったいなにが?僕はおかしくなってしまったんだろうか?夢と現実の区別もできなくなってしまったのだろうか?

 ……いいや、ちがう。そうだ。あの眼だ。暗殺を示唆する声の主であろう、あのコバルトブルーの瞳だ。あれが笑っていたのだ。

 だから、僕はあれが、あの不思議な出来事が現実であると受け入れることにした。もし夢ならば、なにを馬鹿なと笑って片付けられるではないか。


 さっそく僕らの事情を知る大臣に掛け合って、その日のエナーシャと会う屋敷の警備を厳重にしろと命じたところ、彼は難色を示した。ちょうどその日は第四王子の誕生日で、それに伴い城ではパーティーを開くことになっていたのだ。

 愕然とした。そういえば、そんな催しがあった気がする。けれど予定では、僕はエナーシャと会う番で、シダがそのパーティーに出席することになっていたのだ。

 馬鹿だ。暗殺を計画する人間は、城の人間である可能性も否めなくなったと知っていたのに。

 震えが身体中に走る。

 つまり、第二王子を暗殺しようとしている人間は、知っているのだ――僕らが双子であるということを。

 あの夜の会話が、それを物語っていた。暗殺者たちは、『城のパーティーに出席する僕』ではなく、『エナーシャと会う僕』を殺そうとしているのだから。

 黙り込む僕に、見兼ねたようにルドルフ大臣は言った。腕の立つ少年騎士を追加で配置しましょう、それに事情を知る部隊である第二王子直属暗部の半分以上を警備に当てます、いつも以上に警護は万全のはずでしょう、と。

 そして最後に、こう付け加えた――もし、それでもなにか不安でしたら、弟君と役割を交代すればよろしいでしょう、と。


 僕の頭は、心は、白い靄にかかった。大臣の声は脳天に響く。



 そう、そうだ。なんのための影武者か。

 僕は第二王子で、あいつは影だ。

 エナーシャにはいつでも会える。そうだ、万が一ということもあるし、今回はあいつに頼めばいい。

 僕はなにより愛しいエナーシャが欲しいんだ。死にたくない。彼女と幸せになりたいんだ。彼女の隣をいくのは、あいつじゃなくて僕なのだ。


 拳を無意識に握りしめ、僕は目をとじる。


 そう、僕は第二王子・シーラハンド。僕は次期国王。そしてあいつは――僕の影なのだから。









 * * * 



 こういうことは、理屈じゃないんだ。心が勝手に身体を動かしていたとか、そういうレベルの話ではない。

 ただ、最期の瞬間、どうしても頭に浮かぶのはあいつの顔で。

 いつかふたりで幸せになりたいと、笑って一緒に日の下に出たいと願ったことが強く思い出されて。

 アネモネとバラが咲き乱れる庭をながめた日とか、暗い道も星の光を頼りにしたときとか、とにかくいつもあいつがそばにいた。

 失うなんて、考えたことがなかったから。


 だから。


 消える命を、惜しんで。

 僕はおまえを裏切ったことを泣いた。

 だけど、そうだ。

 言いたいことは、ある。




 ああ、そうか。



 僕はずっと――。










これにて第二章は終わりです。

お付き合いくださり、ありがとうございました。


お次は第三章。

そろそろ物語も佳境に入って参ります。


よろしくお願いします!


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